第18章 終章 継承―2③
「転んだのかな……でも、すごく楽しそうだよな」
玲央と翔大は市の宿泊体験に参加していた。
「なんか、2人がいない夜なんて初めて。この家、こんなに広かったっけ」
門亜は音環に寄りかかったまま言った。
「ホントだな。いつもだったら、向かいのソファーで寝ているのにな」
ぽろん、と音環はギターを弾き出した。
「この曲、ボク好きだな……ねえ、玲央と翔大、ずっとギターとか……弾くのかなぁ」
防音室に並ぶ2人のギターとベースを見ながら門亜は言った。
「……どうだろうな。でも、音楽は続けるんじゃないか?」
颯が大河からギターを習いだしたと聞いた。何となくだが……バンドを組んでくれたらなんて気持ちもあるが……始まったばかりだ。
「ねえ、玲央と翔大が巣立ったら……ボクたちはどうなるんだろうね」
ピタリ。音環のギターを弾く手が止まった。
「それでも一緒にいてくれる?」
「ああ……どころじゃない。玲央と翔大の大学のローンを返さなくちゃいけないし、多分、カズヤの介護が入ってくると思うぞ」
あはは……門亜は笑い出した。
「カズヤの介護?!」
「ああ。あいつは1人暮らしして食事内容も悪いみたいだから早くに介護が来るぞ」
あはははは……門亜の笑いが止まらなくなった。……そう言えば、門亜もよく笑うようになったな。音環はふっとほほ笑んだ。
「ボク、今日はここで寝ちゃおうかな」
門亜はそう言うと、向かいのソファーに座ってごろん、と横になった。
「待て待て待て……ここじゃ冷えるぞ。仕方ないなあ……門亜、掛布団持ってくるから、部屋に入るぞ」
門亜はうなずいた。
音環は門亜の部屋に入った。門亜の部屋を用意してから初めてだった。電気をつけると、さっと周りを見回した。
ベッドの上には音環が約束通りプレゼントした、大きなサメのぬいぐるみが乗っていた。そして、多分門亜が買ったのだろう。ペンギンだ、イルカだと言ったぬいぐるみが並んでいた。
棚の上には、7月に行った旅行の写真や自分へのお土産に買った小物が飾られていた。
そして棚の端には……大きな錨をつけた船のぬいぐるみが乗っていた。
アンカー。だいぶ前に門亜に言ったことをぬいぐるみに託したのだろうか。忘れないように見えるようにしたのだろうか。
……まいったな。もう。いい加減、ここがお前のうちだと信じろ。
布団を持って防音室に戻ると、門亜はもう眠っていた。仕方ないな。俺も今日はここで寝るか。
下から掛布団を持ってくると音環はさっきまで座っていたソファーの足元に置いた。そして、寝る前に門亜の頭をくしゃり、と頭をなでると、ソファーに戻って布団をかぶった。
翌日昼過ぎ。玲央と翔大が電車に乗って帰ってきた。音環は駅まで車で迎えに行った。門亜が先に玲央たちを見つけると大きく手を振った。
玲央たちは駆け寄ると、我先にとあったことを話した。
みんなでカレーを作ったこと。山の中でスタンプラリーをしたら、翔大が滑って転んだこと。助けようと手を伸ばした玲央も一緒に転んだこと。初めて子どもだけで寝たこと。
星がきれいだったこと。
ほんの少しだけ、2人の横顔が大人になったように見えた。
家への帰りがけ、新しくリンゴ園が出来たから行ってみない、と門亜から誘われた。
音環が門亜の指示するまま、路地を入ると……見たことのある風景が広がった。広い駐車場が出来ていたので車を止めると、売店まで少し歩いた。
「東京のほうで、耕作放棄地再生プロジェクトとかですべっタローのリンゴ園、買い取って再生したんだって」
門亜は言った。行ってみたかったけど、気持ちが乗らなくて……と続けた。
納屋も自宅の建屋も無くなっていた。その代わりに、直売所らしき売店が出来ていた。
売店の前に立つと……後ろには何度かすべっタローの家に遊びに行った時に見た、リンゴ園の風景が広がっていた。
すべっタロー……。そう、つぶやいた時、リンゴ園の管理者らしい男性が近づいてきた。
「ご来園ありがとうございます」
あちらに試食と販売があるからどうぞお立ち寄りください、と言った。
「ここは、大分前から整備されていたんですか?」
「はい。奥のほうの木は半分枯れていたので植え替えをしました。手前側はまだ、枝打ちや手入れで息を吹き返しましたので様子を見ていますが……」
音環はもう一度振り返った。何度も見た、すべっタローのリンゴ園そのものだった。
隣の門亜も、驚いて立ち止まったままだった。玲央と翔大だけが、リンゴを食べたくてうずうずしていた。
「三日月だ」
ガレージの前で門亜が空を見上げて言った。
玲央と翔大も空を見上げると門亜は続けた。
「アースシャイン、肉眼でも見えるかな」
「ん-。肉眼だと真っ黒だな」
音環は答えながら、思い出していた。
6年生の時にすべっタローの家で見た月と……地球照。
「すべっタロー、カズヤに『もう生まれていて育っている。そのうち会いに行く』って言っていたらしいけど……来るのかな……」
音環はぼそっと言った。
「んー。分からないけど……すべっタローが幸せならいいかなって思った。会いたいけど、すべっタローでありながらすべっタローじゃないもんね」
門亜はそう言うと、ボクたちも幸せになるからさ。と続けた。
「そうだな。すべっタローが幸せなら、俺もいいや。あいつがいた時間、楽しかったし。幸せだったし。俺も今幸せだし」
そして玲央と翔大に軽く抱きつくと、家に入るぞーと言った。玲央と翔大は笑い出すと家に入った。
またね……すべっタロー。ボクたちの思い出にはやってきてね。
門亜はそう呟くと、家へと入って行った。
終
読んでくださりありがとうございます。
第18章はこのエピソードで終わりです。そして完結になります。
ラストまでお付き合いをくださりありがとうございます。
また改めて活動報告でお礼を伝えさせていただきたいと思いますが、あとがきを書いている今、とても感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
群青ひら




