1. すべて、わたくしの仕組んだことですわ
「――以上が、この女の仕組んだ企ての、一部始終にございます」
家令の声が、大広間の天井へまっすぐに昇っていく。ヴァルデック侯爵家の家令は声の良い人で、罪状の朗読がうまい。大広間の光は蜜色で、影が深い。燭台の多い家は、断罪の夜によく映える。今夜の客の入りはおよそ八分、燭台の蝋燭は替えたばかり、楽が止まって四半刻――断罪の舞台として、申し分のない夜である。
満座の視線が、一斉に私へ集まる。
壁際の令嬢は扇を握りしめ、年配の紳士は眉間に皺を刻み、給仕は盆を抱えたまま柱の陰で固まっている。私は数える。軽蔑が七割、好奇が二割、残る一割が、怖いもの見たさ。……良い配分だ。ここに同情が混ざると、幕は湿る。
「イルマとやら。申し開きが、あるか」
侯爵さまの声は少し震えている。無理もない。この方は、今夜が初舞台なのだ。
私は一拍だけ間を取り、広間の空気が薄くなるのを待って、口の端で笑ってみせた。
「……ええ。すべて、わたくしの仕組んだことですわ」
ざわめきが、波になって走る。胸は張りすぎない。悪女は俯かない代わりに、反り返りもしないものだ。罪状にいわく――南方から流れてきた男爵家の遠縁イルマは、シュタインフェルス公爵とこの家のエルネスタさまの文を偽り、三年越しのお二人の仲を裂こうと図った。文面の細工に、日取りへの横槍。数え上げて、七つの企て。
ちなみに、その文とやらの現物は、この世のどこにもない。
「出ておゆき。二度と、王都の土を踏むことは許しません」
「仰せのままに。……皆さま、ごきげんよう」
裾を軽く払って、身をひるがえす。歩幅は普段より半歩広く、顎は水平、視線は扉の錠前へ。扉の前で半歩ぶん立ち止まり――振り返らない。振り返らない背中だけが、悪女を悪女のまま、皆さまの記憶に仕舞ってくれる。
背中の向こうで、侯爵さまの宣言が響く。
「盟約の根は、外患より損なわれ申した。よって両家、双方に咎なく、この縁組を仕舞いまする」
楽が戻る。私の仕事は、ここまでである。
――――。
路地に停めた箱馬車が、今夜の楽屋になる。
鬘を外すと、頭の重さが半分になった。編み込みの下の地肌に、春の夜気がしみて心地よい。南方訛りも一緒に外し、化粧の下から素の顔を呼び戻す。御者台のカスパルが、覗き窓ごしに帽子箱を寄越してくれる。
「お嬢、今夜の裾さばき、九十点で」
「あら、辛口ですのね」
言い遅れたが、私の家業は悪女である。
正しくは、詫び役という。三百年前の宮廷にあった役目で、家と家の争いを、恥を一身に負って退く者が収めたのだそうだ。いまは絶えたことになっている。……表向きは。
貴族の婚約は家と家の盟約である。ただ別れれば「両家の不和」と呼ばれ、以後の縁組にも商いにも障る。けれど外からの悪意で信頼が損なわれたのなら、双方に咎なく仕舞える――礼法書の片隅のその一行が、私どもの商売の土台になる。誰のものでもない罪を仕立てて、着る。掟の一と二だけ、先に明かしておこう。一、着るのは誰のものでもない罪だけ。二、幕は、両家の当主の合意がなければ引かない。
馬車の戸が、遠慮がちに三度叩かれた。
「……イルマ、さん」
外套のフードを目深にかぶった令嬢が、隙間から滑り込んでくる。エルネスタさま。今夜の被害者の、片割れである。目のふちが赤い。
「あなたの悪口を、生涯、申し続けますわね。あの憎らしい悪女のせいで縁組が壊れたのだと、騎士の妻になっても、おばあさまになっても、ずっと」
「ええ、どうぞ。それが、わたくしどもへの供養ですの」
「……ほんとうに、それだけで、よろしいの?」
「ええ。あなたが幸せにおなりになるほど、わたくしの悪名は上等になりますのよ」
三年、お付きの騎士どのと想い合って、言い出せずにいた方である。誰かに見られるとマズいですわ、と膝掛けごと送り出す。被害者は、悪女と親密ではいけないのだから。
――さて、と。
馬車を降りて裏通りへ抜けたところで、足が止まった。
石段の下に、人影がひとつ。夜会服のまま、壁にも寄りかからず、まっすぐ立っている。今夜の被害者の、もう片割れ――シュタインフェルス公爵、その人である。
逃げ道の見立てが、癖で先に立つ。塀は高い。路地は袋。悲鳴は論外。……詰んでいる。
「……見事な幕でした」
公爵は、衛兵を呼ばない。名も聞かない。代わりに、観客の顔で続ける。
「文の一通も出さず、満座に文面まで聞かせる。あの七つの企て、聞いているだけで紙の折り目が見えるようでした。――どちらで学ばれた芸ですか?」
「人違いですわ」
「では、人違いのまま」
彼は胸の前で、一度だけ、小さく手を打つ。拍手というものを、私はこの稼業で初めてもらった。胸の奥で、何かが半拍遅れて鳴る。軽蔑なら千も浴びてきたけれど、拍手の音は、存外、肌に残るものらしい。靴音が遠ざかり、角を曲がって、消える。
◇
帽子店の裏口をくぐると、茶の匂いがした。
師匠のテオドラが、売り台の脇で湯呑みをふたつ並べている。膝の悪い人が、今夜は起きて待っていたらしい。
「あんた、見られたね」
「……ええ。観客に」
「厄介なのは、衛兵より観客だよ」
湯呑みの茶は熱く、指先の芯までしみる。見られた。それも、とびきり目の良いのに。どうするかは――明日の私に、任せることにする。




