ノートパソコン
パソコンという装置がある。
それは主に「大きな箱」だった。 机の上のブラウン管式モニタを並べたり乗せて、太いケーブル類が背面を這う。 そうまですることが必要な専門職や大掛かりな趣味のための道具であり、標準的な一般人が触れるような機械群ではかった。
だが電子技術というものの進歩はいつしか箱の形を何度か大きく変えていく。 部品の小型化、消費電力の低減、液晶画面の普及など。 幾つものそうした要素が積み重ねられたある時、パソコンは「持ち運べる板」になっていた。 ノート型と呼ぶには相変わらず板状の箱だったが、折り畳んだり立てかけたり使う時には2つに開く様子から「ノートパソコン」という呼ばれ方が主に定着していった。
いつからかパソコンは、仕事にも趣味にも一般家庭にも使える万能の道具となった。 メール、写真、動画、ゲーム、買い物、調べ物。 人々はその便利さが手放せなくなる。中でもノートパソコンはカバンに入れて持ち運べるため、自宅で開き、職場で開き、カフェで開き、ベッドで開き、旅先でも開くことができる。その時代の人々の生活に当然かのように溶け込んでいた。
そんな必需品だったはずの俺のノートパソコンは、最近は畳まれたっきりで押し入れの中に仕舞われていたんだ。
自分の家に、ノートパソコンのキーを叩いている嫁がいるというのは悪くはないものだ。
「必要なデータはルーム・スクリーンに全部吸い上げたし、処分しても困らないんだよ。どう? トゥルミナから見て何か使い道はある?」
俺が中古査定のための確認をお願いしたのがきっかけだった。押し入れから引っ張り出して開いたノートパソコンをトゥルミナの10本指がキーボードを叩き始めたその時、ちょっと様子が変わったんだ。
「ダーリン、このような宝物を手放すなんてもったいないですわ。」
意外だ。 中古買取に売ろうとしているのだから、いつものトゥルミナなら新品パソコンのセールあたりをお喋りしてくるはずなのに。
「宝物って言ってもだいぶ旧式だからな……もう使ってないし、ネットと映像はルーム・スクリーンで全部できるし。」
「少々お待ちくださいませ、ダーリン。順番にお出ししていきますからね。」
1本あたり2~3分だったと思う。トゥルミナの指がキーボードを叩き続け、新しい画面の中に確かプログラミングコードと呼ばれる異言語が画面を流れて変換されて、新しいアイコンが1つずつ並んでいく。
① 俺の食事パターンから俺に必要な運動量を計算してくれる家計簿アプリ
② 俺の鼻歌に伴奏を付けてくれるBGMアプリ
③ 天体観測シミュレーターか、と思ったら惑星上に生物の進化を眺められるゲーム
④ 時間を忘れられる時計アプリ
⑤ 野鳥の姿と啼き声を言い当てると繁殖していくゲーム
⑥ 気が遠くなるような話を3分で終わらせるアプリ
⑦ 衣服選びのセンスで俺の感覚年齢を正確に言い当てるシミュレーター
そう、トゥルミナはこの古いパソコンを駆使して、 次から次へとソフトウェアをを生み出していく。
「うわぁ、それ全部……トゥルミナが今、作ってたのかい?」
「ええ、パソコンってこういう自由なソフトウェアを作っていけるのよ。さあダーリン、ご自身でもお試しくださいな。」
……やっぱりおかしい。
いつものこういう場合のトゥルミナなら、お喋りの合間に色々な有料ソフトウェアの広告を喋ってくれるはずだ。急に舌足らずになって不安になる。
「本当に面白そうなアプリばっかりだね。どれどれ、これのキーボード操作が久しぶりだよ。……あ、」
そしてノートパソコンの画面のアプリには、1/3くらいを占有する 広告 が何度も何種類も表示されてくる。
おかしい、なぜ俺はこの広告を邪魔に思えるんだろう。




