表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第1話:止まった時計、砂の猶予

カクヨム様に初稿版を投稿してます。

よろしくお願いします。

 静まり返った法廷に、乾いたガベルの音が響いた。


「被告人、奏坂悠真、29歳。本法廷は貴殿に対し死刑を求刑する。執行猶予は一年とする」


 傍聴席がざわめく。獲物を囲う野次馬のようなシャッター音が、鼓膜の奥を執拗に叩く。


 僕は椅子に深く腰掛けたまま、一度も顔を上げることはなかった。


――それは、今から四年前のこと。


 夜の街はいつも通り鮮やかだった。


 空を覆うほどの高層ビル。極彩色に飾られた、きらびやかなネオン。


 行き交う人の群れ……。


 その隣にはアンドロイドが当たり前のように肩を並べて歩いている。


 彼らが身に着けているのは、個性的なアクセサリー――『リンクシステム』だ。


 人間を観察し、感情や行動を記録し、共有することが目的。


 だけど僕には、それらすべてが遠い世界の出来事のように感じていた。


 街角では、疲れ切った表情の男がアンドロイドの肩に顔を埋めている。


「ありがとう……」


 縋るような男の声に、アンドロイドは穏やかに微笑みを返した。


 別の路地では、怒鳴り声が響いている。


 床にひざまずいたアンドロイドが、頭を下げ続ける。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 こんな光景は日常茶飯事だ。


 僕は目を逸らして、ただ足を速めた。


――眩しい照明。割れんばかりの歓声。


 ここは音楽番組のステージ。


「今夜も第1位! 誰もが認める不動の名曲――『エターナルラブ』!」


 スポットライトの真ん中で、僕は歌っている。


 人間同士の興味が薄れ、アンドロイドへの依存が深刻化し、少子化が進む時代。


 そんな時代にこの曲は、奇跡みたいなヒットを飛ばした。


『この地球が生まれ幾年月……なぜ貴方と私は出会ったのでしょう……』


 歌いながら見つめる先には彼女がいた。


 久遠美咲。僕の恋人。


 拍手をする彼女の指先が、幸せそうに震えていたのを今でも鮮明に覚えている。


 番組の収録後に、僕は美咲を少しだけ高級なレストランへ連れて行った。


「最近、お義父さんに全然会えてないね」


「今はアンドロイドの研究だけじゃなくて、考古学の研究も進めてるみたい」


 美咲のお父さんは、アンドロイド研究の権威のうちの一人だ。


 アンドロイド研究の権威でありながら、考古学にまで手を出すとは。お義父さんの忙しさは相当なものだろう。


 その時、テーブルのタブレットと僕のスマートウォッチが同時に震える。


『本日アンドロイドの拉致被害がありました――』


 物騒な話題だ。最近かなり耳にするようになった。


『国際法・人口維持法により、また一名が死刑判決となりました――』


 またこの話題だ……。


 医療が発達し、望めば誰もが子供を持てる時代。

 

 それでも――


 30歳までに子を持たなかった者は、少子化対策への違反として、国際法により裁かれる。


 僕はそれらを遮るように、ポケットから小さな箱を取り出した。


「……ごめん。こんなニュースの後で渡すもんじゃないとは思うけど」


「婚約指輪……悠真、ありがとう……」


 彼女は声を詰まらせ、涙をこぼした。


 震える指で指輪をはめ、何度も何度も愛おしそうに眺めていた。


――


 幸せな時間は、あっという間に過ぎていく。


 ふいに、僕のスマートウォッチにメッセージが入る。


『明日からの東京公演で機材トラブルが発生。至急打ち合わせがしたい』


 翌日の公演を皮切りに、全世界ツアーが始まろうとしていた矢先の緊急事態だ。


「ごめん、行かなきゃ」


「うん、大丈夫だよ」


 美咲は微笑みながら手を振って見送ってくれた。


 少し走ると、すぐにタクシーは捕まった。


 しかし――あいにくの渋滞。


 けたたましいサイレンの音。


 すれ違う救急車とパトカー。


 渋滞の隙間を縫うように、赤いランプが糸のように通り過ぎていく。


 ……胸騒ぎがした。


「家に着いたら連絡して欲しい」


 渋滞が解け、タクシーは進みだした。


 だけど……僕の願いは叶うことはなかった……。


――


「悠真クン、君のせいじゃない」


 義父は僕の肩に手を置いて、優しく語りかけてくれた。


「これは不慮の事故だよ。もう自分を責めるのはやめなさい」


 そう優しく声をかけられても、顔を上げることはできなかった。


 あの時、美咲を送り届けていれば……。


 後悔だけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。


 しばらく世間は僕の話題で持ちきりだった。


『全世界ツアーキャンセル』『芸能界引退』


 メディアはこぞって僕を叩き潰した。


 失意の中、家に帰れば旧式のロボットだけが僕を出迎えてくれた。


『長く留守にするご予定でしたが、何かご入用ですか? なんなりとお申し付けください』


 人型ですらないソレが、スマートウォッチにメッセージを送ってくる。


 それらに目をくれることもなくただ、ベッドに倒れ込んだ。


 それから一年。


 そしてまた一年。


 時間だけが過ぎていく……。


 テレビの中では、また死刑のニュース。


 アンドロイドによる戦争が始まったとも報じていた。


 だけど正直、どうでもよかった。


 美咲のいない世界に、なんの魅力も、なんの未練もない。


 僕の心は、あの日から死んだままだった。


 そして28歳を過ぎた頃には、世間も僕を忘れていた。


 そんなある日、インターホンの音が鳴った。


 恐る恐るモニターを覗く。


 映っていたのは――美咲の父親だった。


「久しぶりだね。悠真クン」


 後ろにも誰かいるようだけど、暗くてよく分からなかった。


「すみません……なんの御用……ですか?」


 美咲の父親……お義父さんは僕のボサボサの頭と伸びきった髭を見て呆れたように言った。


「いつまでそんな生活を続けるつもりだね」


 義父の言葉は重く冷たかった。


「もう……よしてください。僕に何も期待しないでください……僕のせいで美咲は……」


 自分の肩が震えているのがわかる。


「娘の命日。毎年来てくれてたはずだが、今年は来なかったそうだね」


 その指摘に胸が締め付けられる。


「……生きることを諦めちゃいかんよ」


 その静かな一言に、僕は膝から崩れ落ちた。


 義父には何もかも見透かされていたのだ。


 生きる事をやめようと思っていたことさえも。


「僕は……僕は……」


 堰を切ったように、涙が溢れ出す。


 その時だ。


 義父の後ろにいた影が僕の前に立った。


「なぜ……泣いているのでしょう?」


 聞き覚えのある声。


 鼓動が高鳴る。


「お父様、この方が私のご主人様ですか?」


 ……まさか。


 震える体を抑えながら、ゆっくりと顔を上げる。


 そこにいたのは――


 不思議そうに僕の顔を覗き込む……


 美咲の姿が、そこにあった。


(第1話・了)

この物語の約100年前に、アンドロイドの技術は確立されています。

人型になるのはそれから大分後の事です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ