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アルス未踏旅記  作者: chiroru
学園の国 ルクテリオ

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第20章 仕組みを越えた先

廊下はまだ静かだった。

長期休暇に入った学園は人の気配が薄い。


階段を下り、一階の入口へ向かう。


扉を押し開けた瞬間、朝の風が頬を撫でた。


「おはよう」


ニーナが入口の脇に立っていた。


ノートも、ペンも何も持っていない。杖だけだ。

ただ、見送りに来ているというだけの姿だった。


「お待たせ」

「時間通りね」


ニーナは少し笑った。


ユンとリアナとはもう別れを済ませている。

ユンは「頑張れよ」と短く言い、リアナは抱きつかんばかりに別れを惜しんでくれた。


二人で校舎を出て、ゆっくりと正門の方へ歩いた。


朝の中庭は静かだった。

噴水だけがいつも通りに音を立てている。


「ヴァルドとジーク、来てるんだよね」

「うん。門の外で待ってるって」

「久しぶりに会うわね」


ニーナは少し笑った。


「私達が学園に入る時、急に別れたもんね」

「うん、あの時は焦ったぁ」


「元気かな?」

「まあ元気なんじゃない?」


「あははそうね」


2人の姿を思い出して、アルスも少し笑った。


正門が見えてきた。

学園の門は朝の光を受けて、いつもより少しだけ大きく見える。


ニーナが門の手前で立ち止まった。


「はぁ〜。外に出るのはホントに久しぶりね」


そう言って、両手を後ろに組む。


「なんか緊張するね」


アルスも立ち止まった。

正門の向こうに、人影が見えた。


二つ。


一つは大柄でもう一つはそれより少し小柄。


(……ヴァルド、ジークさん)


胸の奥がふわっと温かくなった。

ニーナがアルスの隣で少し背伸びをした。


二人は顔を見合わせて、少し笑った。


それから、並んで正門をくぐった。


門をくぐった瞬間、よく知った声が聞こえた。


「よぉ、アルス!ニーナ!」


ジークが片手を振りながら立っていた。


軽い笑顔。


その隣にヴァルドがいた。

腕を組み、無言で立っている。

でも、目はちゃんとアルスを見ていた。


そしてジークがふっと笑った。


「久しぶりだな」

「久しぶり、ジーク」


「元気そうだな」

「うん。そっちも変わってないね」


「俺らが変わるほどの時間は経ってねぇだろ」


ジークが肩をすくめる。

ニーナはそれからヴァルドを見た。


「ヴァルドも、久しぶり」


ヴァルドは小さく頷いた。


「……ああ」


それだけだった。


「ずいぶん背が伸びたんじゃねぇか?」


ジークがアルスに向き直って軽く言う。


「そんなに伸びてないよ」


「いや、伸びてる伸びてる。なあヴァルド」


ヴァルドは小さく頷いた。

ニーナが横で笑った。


「ヴァルドって、本当にこういう時もそういう感じなのね」


ジークが肩をすくめる。

ニーナがケラケラ笑う。

ヴァルドは何も言わなかったが嫌そうな顔もしなかった。


──────────


ジークが少しだけ真面目な顔になる。


「でニーナ。お前、荷物は?」


ニーナが軽く首を振った。


「私はここに残るわ」

「お、そうなのか」


「演術を極めるのが目的だったから。学園で勉強するわ」


ジークは特に驚いた様子もなく頷いた。


「いいんじゃねぇか、それぞれで」


ヴァルドも短く頷いた。


それだけ。

余計な感慨も、余計な慰めもない。

二人ともあっさりしていた。


ニーナはそれが嬉しかったのか、少し笑った。


「ありがと」


「礼を言うことじゃねぇだろ」


ジークが手を振る。


ヴァルドもジークさんも、ニーナの目的をずっと知っていた。

ルグーナで合流してから学園まで一緒に旅をしてきたのだ。

驚くようなことではない。


ジークが伸びをした。


「でこれからどうするんだ?」


「学園長から次に行く国を勧められたよ。ミランヴェルってところ」


「ミランヴェル?」


ジークが眉を上げた。

その目が少し輝いた。


「あー、あれだ。建国祭が開かれる国だろ?」

「知ってるの?」

「名前はな。ちょっと前に酒屋で聞いた」


ジークは満面の笑みになった。


「祭りだろ?」

「うん。色々あって学園長が感謝のしるしに招待状の手配をしてくれて、祭りの中心になる場所にも入れるらしい」


「……マジか」


ジークが目を見開いた。

それから、にやりと笑った。


「ルグーナみたいなやつかな!」


ニーナが横で吹き出した。


「ジーク、絶対そう言うと思った」

「分かる人には分かるだろ?」


ジークが何かを飲む仕草をする

ニーナはくすくす笑った。アルスも笑った。


ルグーナの祭りの夜、ジークは地元の親父たちに囲まれて、屋台の酒を浴びるように飲んでいた。

あの時の、満面の笑み。


「あれよりすごいかもね。国を挙げての建国祭らしいから」


「最高だな!」


ジークが拳を握る。


「美味いものもあるかな」

「たぶん、たっぷりあると思うよ」


ヴァルドが軽くため息をついた。


「……面倒は見ないぞ」


「大丈夫だ。自分の面倒は自分で見るさ」


アルスとニーナがルグーナの夜を思い出してまた笑った。


「変わってないなぁ、二人とも」

「お前もな」


ジークが肩をすくめる。


(……戻ってきたな)


アルスは胸の奥が温かくなった。


この空気だ。

学園に入る前は四人で毎日聞いていた、この空気。


それが今、束の間でもまた揃っている。


ニーナが尋ねる


「でジークさんはどうするの?」

「俺か?別に何か目的があるわけでもないし、当分はアルス達に同行するかな」


ジークは肩をすくめた。


「行きたいところもないし、急ぐ用事もない」


ジークはあっさり言った。


「お前たちの旅、けっこう面白いしな」


アルスは思わず笑った。


「いいの?」


「いいの、ってお前が誘ったわけじゃないだろ。俺が勝手についていくんだから、いいんだよ」


「やったー!」


ヴァルドは何も言わなかった。

でも、止めるそぶりもなかった。

その後、少し他愛のない会話を楽しんだ。


───────────


ジークが空を見上げた。


「いい朝だな」


朝日が正門の向こうに低く差している。

学園の壁が長い影を地面に伸ばしていた。


「そろそろ行くか」


ヴァルドが軽く荷物を肩にかけ直した。


「うん」


アルスはニーナの方を向いた。


「じゃあ、行くね」


「うん。気をつけてね」


ニーナはそう言って、ちょっと笑った。


「またいつか会えるわ」

「もちろん!」


「ヴァルドもジークも!」


ジークが軽く手を挙げる。


「元気でな!」


ヴァルドも短く頷いた。

ニーナは満足そうに笑って、それから一歩下がった。


「じゃあね」


アルスは前を向き、ヴァルドとジークと並んで歩き出した。


数歩進んでから、もう一度だけ振り返る。


ニーナはまだ門のところに立っていて、大きく手を振っていた。


アルスも大きく手を振り返した。


ミランヴェルへの道が朝の光の中でまっすぐ続いていた。

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