第13章 仕掛けて、待って
その次の日から、ニーナは“成績不良で元気がない子”になった。
もとから途中入学ということで注目を浴びていたこともあり、その噂はあっという間に広がっていった。
最初は小さな違和感だった。
講義中、ほんの少し反応が遅れる。
答えを求められて、一瞬だけ言葉に詰まる。
それだけ。
だが、それで十分だった。
「……あれ、話題の子じゃない?」
「なんかいつもと違うよな」
「やっぱ途中からだと厳しいのかな」
そんな声が、教室の後ろから漏れる。
ニーナは振り返らない。
ただノートに視線を落としたまま、静かにペンを動かす。
(このくらいでいい)
やりすぎない。
“少し調子が悪い人”くらいが一番自然に広がる。
────────────
昼休み。
食堂のいつもの席。
リアナはパンを頬張りながらニーナを見る。
「ニーナ、今日なんか静かじゃない?」
ニーナは少しだけ間を置いてから答える。
「そう?」
「うん。ぼーっとしてる感じ」
リコも心配そうに覗き込む。
「大丈夫?」
ニーナは軽く笑った。
「大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけ」
自然な嘘。
リアナは「そっか」と納得したように頷く。
その横でアルスがニーナを見ながら小さく笑った。
「寝不足ねえ」
ニーナがちらりと睨む。
「なによ」
「いや、“設定”ちゃんとしてるなって思って」
「うるさいわね」
小声で言い返す。
ユンは何も言わずにスープを飲んでいる。
だが、周囲の会話には耳を向けていた。
「……あの子でしょ」
「急に元気なくなったって」
別のテーブルからそんな声が聞こえる。
アルスはそちらを見て、苦笑した。
「学生はみんな噂が好きなんだなぁ。それはどこでも一緒だね」
ユンがやれやれといった様子だった。
────────
午後の回廊。
すれ違う視線が少しだけ変わる。
露骨ではないが、確実に見る側の意識が変わっていた。
ニーナは気にした様子もなく歩く。
その隣でアルスがぼそっと言った。
「人気者だね」
「悪い意味でね」
「でもさ」
アルスは肩をすくめる。
「ちょっと演技上手すぎない?」
ニーナは前を向いたまま答える。
「でしょ」
少しだけ得意げだった。
ユンが後ろから補足する。
「違和感がないのがいい」
アルスが振り返る。
「褒めてる?」
「ああ、もちろんだ」
──────────
その日の夕方以降、三人は行動を変えた。
ニーナはある時間までは部屋で寝たフリをしている。
それ以降は──
「交代で見る」
ユンが簡潔に言う。
アルスが頷く。
「分かった」
「一人にはしない」
ニーナはベッドに腰掛けながら言った。
「そこまでしなくてもいいのに」
「するよ」
アルスが即答する。
「一応、作戦だからね」
軽い言い方だったが目は真剣だった。
ニーナは小さく息を吐く。
「……はいはい」
昼間もニーナは隙を見せ続けた。
教室の机に突っ伏して寝る。
食堂の端でぼんやりと視線を落とす。
人目のある場所であえて無防備を見せる。
「……ほんとに寝てる?」
アルスが小声でつつく。
ニーナからの返事はない。
「え?ほんとに寝ちゃった?」
「起きてるわよ」
ユンは肩をすくめた。
──────────
数日。
噂は完全に定着した。
ニーナは“少し調子の悪い生徒”として認識されている。
それでいい。
それが狙いだ。
夜。
部屋の灯りが落ちる。
ニーナはベッドに横になる。
呼吸を整える。
アルスとユンは、それぞれ位置につく。
誰も「今夜来る」とは言わない。
ただ、
「……そろそろだね」
アルスが小さく呟く。
ユンは短く答える。
「ああ」
確証はない。
だが、準備は整っている。
静かな夜の中で、
三人は同じ方向を見ていた。
“来るかもしれない”その瞬間を。




