第55話「途中のまま」
午後三時。
店内は、昼と夕方のあいだの静けさに包まれていた。
ドアが開き、若い女性が入ってくる。
肩からトートバッグを下げ、少しだけ疲れた顔。
「いらっしゃいませ」
「……コーヒー、お願いします」
席に座ると、彼女はバッグの中から一冊のノートを取り出した。
端が少し折れている。
開いたページには、途中で止まった文章。
「書いてたんですけど」
ぽつりと言う。
「途中で、止まっちゃって」
「はい」
「何を書きたかったのか、
わからなくなって」
運ばれてきたコーヒーの香りが、わずかに空気を和らげる。
「完成させなきゃって思うほど、
書けなくなるんです」
「そういうこともあります」
「途中のままって、
気持ち悪くて」
彼女は苦笑する。
「投げ出したみたいで」
「終わらせることだけが、
答えとは限りません」
「でも、途中って……」
言葉が止まる。
ノートのページをめくる。
どのページも、どこかで止まっている。
「全部、中途半端で」
「それでも、
ここまでは書かれています」
静かにそう言う。
「……」
「途中で止まるのは、
そこまで進んだからです」
彼女は少しだけ顔を上げた。
「進んだから、止まる……」
「何も始まらなければ、
途中もありません」
コーヒーを一口飲む。
少しだけ、表情が緩む。
「このノート、
どうしたらいいですかね」
「閉じてもいいですし、
別のページから始めても」
「別のページ……」
「続きでなくても、
いいかもしれません」
彼女はしばらく考え、
ノートの真ん中あたりを開いた。
白いページ。
「ここからでも、いいですか」
「ええ」
ペンを取り出す。
少しだけ迷いながら、最初の一行を書く。
「……書けました」
小さく笑う。
「さっきまで、書けなかったのに」
「場所が変わると、
始まりも変わります」
彼女は何行か書き進めてから、ペンを置いた。
「今日は、ここまでにします」
「はい」
「途中ですけど」
「途中のままで」
ノートを閉じる音が、やわらかく響く。
「また、続きを書きに来てもいいですか」
「いつでも」
彼女は軽く会釈し、店を出た。
喫茶リセットでは、
途中のままのものも、
そのまま置いておける。




