終わりの章 (エピローグ)
「お願い、カナちゃん! その唐揚げ、一個頂戴っ!」
――私の切実な願いは、天に届かなかった。
カナちゃんは、いつもの天使のような笑みを一度浮かべた後、ピンクの弁当箱に残った最後の唐揚げをプラスチックのフォークに突き刺し、自分の口へと運んだのだ。
「か、カナちゃーん……」
教室に、私の声が、力なく響く。いつもは優しいカナちゃんだが、こと食べ物に関しては厳しいのである。無慈悲にも、カナちゃんは表情一つ崩さない。
何故、こんなことになっているのか――
それは今朝、ママの作ったお弁当を玄関に置き忘れてしまったからなのだ。
今月のお小遣いが既に百円しか残っていなかった私は、購買で買ったメロンパン一つをすぐに平らげてしまい、そのひもじさを切実に訴えるも、カナちゃんからの「おこぼれ」は無かった訳である。
ぐう、と頻りに鳴るお腹を擦りながら、昼休み時間の窓の外を見遣る。
最近、冬にしては穏やかな日々が続いているせいで、窓から見える校庭の積雪も、若干表面が解けて黒ずんでいるように見える。夏に比べてやや黄色がかったその陽射しは、双子の艶の良い肩口まで伸びたストレートヘア―の上にも、きらきらと注いでいた。二人は、私とカナちゃんの前に席を並べて座っている。
「今回は、ちょっと気持ちが重くなる事件だったわね。やり方が陰険だったというか、なんというか……」
「本当よね。卓さんは他人に好かれる人ではなかったにしても、身近な二人に憎まれていたなんてね……」
「自業自得、っていう感じなのかしら……」
「でも、そうとも云えない様な気もするわ」
妹のルナの嘆きに、姉のリナも頷いて見せる。
きちんとシンクロして溜息をふう、と吐いた二人を見て、私の気持ちも暗くなる。
ただ、このお腹だけは、そうではなかったようだ。相も変わらず、ガウガウとその空虚さを主張し続けている。双子のお弁当箱を覗き見ると……既に空だった。
と、気を使ったのか使わなかったのか、カナちゃんが突然話題を変えた。
「ところでさ、みんな、進路とか考えたの?」
うっ……
まるで突然の刺客に襲われたかのように、苦しみだした、私と双子。「今、そんなこと云い出す?」とでも云いたげなルナの視線が、カナちゃんを突き刺す。
「私ね、獣医さんになろうと思うんだ」
ルナの視線などモノともせずに、カナちゃんがきっぱりと云い放った。
(カナちゃん……獣医さんになるなら、腹を空かした『可愛い猛獣』にももう少し優しくならなきゃ――)
私がそう心の中で突っ込んでいると、リナが双子の気持ちを代表するように云った。
「カナちゃん、すごいね。でも私たちは、もう少しじっくり考えてみることにするよ。双子ったっていつまでも一緒に行動するわけにはいかない訳だし、ね」
頷くルナの横で、「私も考え中」という意味の相槌を激しく打った。
「でも、いずれは私たちもここを巣立たなきゃいけないのよね……」
珍しく、瞳に陰りを漂わせるカナちゃん。私たちもちょっと寂しくなって、黙ってしまった。
沈黙を破ったのは、いつもながら冷静なリナだ。
「だからこそ、今を目一杯、楽しもうよ。ね、みんな!」
「うん! 楽しもうよ、今を!」ルナが、リナに援護射撃。
「そうだね! 今を楽しもう!」私も、声に出してみる。
「これからもよろしくね!」四人揃って、声を合わせた。
そんな、教室いっぱいに響く私たちの会話は、昼休みの時間の最後まで賑やかに続いたのだった。
おわり
お読みいただき、誠にありがとうございました。