終わりあるいは、開始
河川敷、学校のある住宅街と商店街を繋ぐ橋のかかる場所。
そこに私たちはたどり着き、トキちゃんと四枝先生を発見して駆け寄った。
「みんな!」
「コノハちゃんが見つかったって…」
「うん! ほらあそこ!」
トキちゃんが指差した先には、河川敷に唯一植わっている一本の木、その遥か上に一匹の猫がいた。
白と茶色のぶち、頭に葉っぱ型の模様があって、コノハちゃんの特徴を全て満たしていた。更に首には鈴のついた首輪をしていて、どこかの飼い猫だと分からせた。
「見つけたのはいいんだけど、手が届かないんだよ」
コノハちゃんは木の上で動けないでいた。その距離は手では絶対届かず、木を登らないといけないものだった。
「誰か、木登り得意な人いない?」
トキちゃんが訊ねる。四枝先生も私たちに視線を向けた。
でも、私は木登りなんてしたことがなかった。
木山さんも首を横に振る。
「ごめんなさい。アタシも木登りはダメなのよ」
鈴名さんもダメらしい。となると、残ったのは……
「能矢、アンタ木登り出来たでしょ?」
「まぁね。でもボクにはそこまでやる気は……」
能矢さんはふと視線を上に向けたと同時に言葉を止めた。その先には木と、コノハちゃんが居る。
「…………なるほどね。 、か」
何か呟くと、木に近づいて手を掛けた。ひょいひょいと能矢さんは登っていき、あっという間にコノハちゃんの元へたどり着いた。
「能矢さん凄い!」
「すごいです能矢さん!」
トキちゃんと木山さんが驚きの声を出す。
能矢さんはコノハちゃんの首を掴んで、
「……やっぱりね」
コノハちゃんの顔を見ると、
空中へと放り投げた。
『!?』
それを下で見ていた私たちは驚いた。
けど、私は思い出した。
「あ、でも猫だから大丈夫なのか!」
トキちゃんも気付いた。
そう、猫は一定の高さからなら落ちてもちゃんと着地出来る。
高さ的には平気、もしもコノハちゃんがただ降りれなかっただけだとしたら、これで問題は解決―――
ドシャ
「え……?」
コノハちゃんは着地せず、そのまま地面にぶつかった。
「コノハ!?」
四枝先生が慌てて駆け寄る。私たちも後に続いた。
地面に倒れ込んだコノハちゃんを四枝先生が抱き上げる。すると、
「っ!?」
四枝先生は悲鳴に近い声を漏らした。
「ど、どうしたんですか?」
木山さんが訊ねた。
でも、私には予想が出来てしまった。
そして、
「…………死んでる」
私の予想は当たってしまった。
『……』
四枝先生の言葉に私たちは言葉を失った。
トキちゃんは目を丸くして、木山さんは泣きそうな表情、私は口を手で押さえて出そうな声を押さえる。
「やっぱりだったね」
その時、能矢さんが木から降りてきた。
「木の上でもうその状態だったよ。だから落とした」
能矢さんは知ってたんだ。
さっき木に登る前、能矢さんはこう言っていた。
―――もう手遅れ、か。と。
「木に登るので力を使い果たしたんだろうね。わざわざあんな高い場所を選ばなくてもいいものを…」
「能矢!」
鈴名さんが能矢に詰め寄って服の襟を掴んで言葉を止めた。
「アンタ言って良いことと悪いことぐらい区別出来るでしょ!? なんでそんなこと言うのよ!」
「事実だからだよ」
鈴名さんの怒りに対しても能矢さんは冷徹に応える。
「だからといって状況を考えなさいよ! あの人がどれだけ思っていたのか!」
「……」
能矢さんは四枝先生を見た。
膝から崩れ落ち、コノハちゃんを抱いて涙を流している。
「……分からない訳無いだろ。別れの寂しさを」
「っ!?」
能矢さんの言葉に鈴名さんは、はっとした。
「まさか、能矢、アンタ……」
「そのまさか、だよ」
能矢さんは手を外させると、四枝先生に近づいた。
「貸して」
泣きじゃくる四枝先生に手を伸ばした。言葉から見るに、コノハちゃんを渡せという事だ。
「……」
しかし四枝先生は聞こえていないのか顔も上げない。
「…………やれやれ」
能矢さんはため息と共に首を軽く左右に振った。
「助けたいなら。貸して」
言葉を足して再び手を伸ばした。
「……え?」
今度は反応した。
四枝先生は少しだけ顔を上げて能矢さんを見る。
「あの時言ったよ。ボクは動物の病気は治せない。でも、それがものなら、直せないものは無い」
「……」
四枝先生はおそるおそるコノハちゃんだったものを能矢さんに渡した。
能矢さんは受け取ると、
「骸というのは、生物から生を抜いた、もの。それがものである以上、ボクに直せないものは無い」
コノハちゃんを左手に持つ。
すると、空いている右手が光を帯びた。
『!?』
トキちゃん、木山さん、四枝先生はその状態に目を丸くした。
けど、鈴名さんと、私はそれを見たのが初めてではなかった。
能矢さんに初めて会った時、マグカップを直した時に能矢さんは同じように光を手にまとっていた。
あの光で触れたマグカップは取っ手がくっつき、ヒビが消えた。
アレと同じ事が、もしもコノハちゃんに起こるとしたら……
撫でるようにコノハちゃんに右手を数回当てると、光が消えた。
「……よし、完璧」
すると、
みゃあ
コノハちゃんが鳴いた。頭を上げた。それは生きている証拠だった。
「コノハ!」
名前を呼ぶ四枝先生に能矢さんはコノハちゃんを渡す。
「コノハ! ……本当に……良かった……」
さっき以上に涙を流しながらコノハちゃんを抱き締めた。
「ボクは動物の病気なんて治せない。だからそれは直しただけだよ、猫という生物の元の形にね。病気は無くなってると思うよ」
「ありがとうございます! コノハを治して下さって!」
「別に、ボクはただ直しただけだから……それに」
能矢さんはふと、私たちの方を一瞬だけ見た。分かりにくかったけど、確かにこちらを見た。
「別れはちゃんとした方がいいからね。次の別れには、ちゃんとするんだよ」
「はい……ありがとう……ございます……」
四枝先生はそれ以上の言葉を言わず、コノハちゃんを抱き締めながらその場で泣き続けた。
その横を抜けて、能矢さんが私たちの方へ、
「なかなかやるじゃない。あれだけ断ってたのに」
「ボクは医者じゃない。病気は範囲外だからだよ」
「じゃあ、病気で死んだ後に来たら直してたのかしら?」
「…………さぁね」
間があって曖昧な答えだけど、きっと能矢さんは同じ状況だったら直していたと思う。
それだけ、能矢さんにとって別れは重要なんだろう。
「そうだ、雀」
「なによ?」
「数を上げるよ」
数を上げる?
能矢さんの言葉に鈴名さん以外が首を傾げた。
「幾つにするの?」
「一万」
「一万個。それで良いのね?」
「うん」
もしかして……
「その数って、もしかしてノルマの数ですか?」
トキちゃんが気付いて訊ねる。
「うん、だから後数千以上かな」
「えぇぇ!?」
私とトキちゃんは目を丸くして驚いた。ノルマの事を知らない木山さんだけが首を傾げている。
「という訳だから。もしも何か見つけたら持って来てね」
そう言い残して能矢さんは河川敷を歩いていってしまう。少し行って振り返り、
「雀、行くよ」
「先行ってて、すぐに追い付くわ」
「……」
前を向いて行ってしまった。
鈴名さんが私たちを見る。
「まだ暫く、お世話になりそうね」
「そ、そうですね」
「けど本気なんですか? 一万個なんて」
「アイツは言った以上やり切るまで町を離れないわ。昔にも、似たようなことをした事があるんだけど、きっと今回も同じ理由なの」
「同じ理由、ですか?」
「えぇ、アイツが興味ある人が居るか居ないか。それが判断基準なのよ」
能矢さんが興味ある人……それってまさか……
「それで、3人にお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「能矢と、沢山関わってほしいの」
「能矢さんと?」
「えぇ、アイツは無愛想だし、言葉をオブラートに包まないし、人に興味が無いって言うけど……今のアイツはアナタ達に少なからず興味があるのよ。だからノルマを、街の滞在を長引かせたの」
「か、関わってどうするんですか?」
「……見たと思うけど、アイツには触れただけでものを直す力があるの。……でも、それのせいで心に鍵をかけてしまったのよ」
直す力のせいで、心に鍵をかけてしまった……
「……だから、アイツの心の鍵を開ける。能矢を、普通の人のように直したいのよ」
能矢さんを、普通の人のように直したい……
「物を直すアイツだけど、一番直さなきゃいけないのは、能矢なのよ……お願い出来るかしら?」
「……」
少しの沈黙、そして、
「あたしに出来ることならなんでもやりますよ!」
トキちゃんが胸を叩いて言った。
「わ、わたしも、お力になれるのなら」
木山さんはこくこくと頷いた。
「噺さんは?」
「は、はい。私で良ければ」
私も頷いた。
「ありがとう……ちなみにこの事はアイツには内緒ね。気付いて無いだろうけど、アイツも多分自分なりに何か考えているかもしれないけど、あまり期待してないからね……それじゃ、よろしくね」
鈴名さんは能矢さんを追って河川敷を走った。
能矢さんは橋の上ですぐに見つかり、2人は並んで行ってしまった。
「よ〜し、そうと決まったらやるよ! クッシン! みーちゃん!」
「み、みーちゃんとは、わたしのことですか?」
「うん、名前が美都琉だから、みーちゃん。だめ?」
「い、いえ、嬉しいです」
「よ〜し、じゃあやるよ2人とも!」
「やるよって、何を?」
「それはもちろん! 壊れた物集めだよ! それを能矢さんのところへ持っていてお喋りしまくる、そしていずれは能矢さんもお喋りに!」
「お喋りな能矢さん……」
「そ、想像出来ないです」
「……でも、それはそれで確かな一歩だよね。頑張ろう、皆」
「はいです」
「お〜ぅ! という訳で、まずはクッシンの家から捜索開始だ〜!」
「え……えぇぇーーー!?」
物を直す男の人が居た。
男は理を修める体をもった物だった。
だから、男が一番直すべき物は、
理を修める体をもった物
物体修理男だったのだ。
長いようで短かった。始まりが2月の19日でしたので、約3か月の物語でした。
いずれ来る別れを否定した結果、彼は今のような物になってしまった。それを直す為に旅した先で出会った彼女たちと、彼は直ることが出来るのだろうか。
『男は理に修める体もつ物』自分にしてはかなり異質な作品となりました。
他作品との繋がりが無く、無愛想な少年がヒロイン(ヒーロー?)だったり、名前にルビが無いと読めなかったり。加えて、迷烏の名で書いた初連載作となりました。
これからも、機会があればまた迷烏の名で書きたいものです。
物語はこれで終わりですが、後一回、お付き合いください。
それでは、




