ガルダの長、マナフ
山を更に登ること一時間。ようやくそれらしいものが見えてきた。
「ここで待て」
翼人の村は丸太の杭で囲まれ、村としては珍しく重厚な門まで備えている。門番に睨まれながら待つこと数分、シギがやはり苦々しい顔で戻ってきた。
「来い。長がお呼びだ」
「うむ」
「殿下、先頭にお立ちください。その方が良いかと」
「分かった」
村に入ると四方から視線を感じる。多くは余所者、人間を遠巻きに見ているだけだがその中に明確な敵意が混じっている。
(……異様に活気が無い。いや、そもそも、翼人の村は村人が少ないのか? それにしては……)
「ここだ」
「これは……このような立派な霊木があるとは」
「ふん」
村の最奥部にある巨大な霊木、その幹にはやはり大きな洞があり、鮮やかな青色の織物がかかっている。シギは洞に飛ぶと、アフラ達に縄梯子を下ろした。
「ありがとう、シギ殿」
「……。長、客人をお連れしました」
洞の奥の掛布を通ると羽毛のような肌触りの敷布に迎えられる。部屋の中央には白い髭を豊かにたくわえた老人が朗らかに微笑んでアフラ達を待っていた。
「ほう、ほう。お待ちしておりました、人間のお客人──」
「この度は突然の来訪であるにも関わらず、迎え入れていただき感謝しております。私は……マハ国王セリオンの王弟、アフラと申します。……長殿?」
「ああ、いえいえ。これは失礼をいたしました。ようこそ、アルブの村へ」
翼人族の長はアフラを見て驚いたように目を開いていたが、すぐに優しげな微笑に戻る。
「儂はこの一帯のガルダの長、マナフと申します。まさか王族の方だとは思いませんでした」
「いえ。実は故あって旅をしておりますが、王族であることは公にしていないのです。ですので、王弟と名乗りはしましたがどうか他の者達と同じように扱って下さい」
「ほう、ほう。事情がおありのようですな。まあまあ、とりあえずお掛けなされ。春先とはいえ、山はまだ冷えますからな。温かいものを出しましょう」
「ありがとうございます」
円座は柔らかく、それでいて触れてみると驚く程に軽い手触りだ。聞けばこれらは全て翼人族の羽毛が詰められているという。翼人族の羽毛は国を問わない高級品で、それを使った寝具や家具はごく一部の者しか手に入れられないほど希少なものだ。
「ん! おいしい! ぽかぽかする! しょうがと蜂蜜に……シナモン?」
「ほう、ほう。その通りだよ、お嬢ちゃん」
「えへへ。シナモンならかさばらないし、使いやすいかも」
「……長。話を」
「うむ。では、そろそろ本題といきますかな」
アフラも頷き、ティールに目配せをする。ティールは頷くと、アフラの隣に進み出た。
「はい。私達は、麓の大岩の件で参りました。ティール」
「お初にお目にかかります、マナフ様。ティールと申します。渓谷の大岩、そしてその向こうの蛇についてはご存知でしょうか」
「もちろん。様子から見るに、我らが蛇を狩っていないことも知れているようですな」
「ご推察の通りです。関所の町は壊滅的な被害を受けており、復興の為にも水の確保が先決となりますが、その蛇どもが川を汚染しています。そこで私共は翼人族の力をお借りしたいと思い、参りました」
「ふむ……」
「長、人間に協力する道理などありません。人間の仕掛けた罠によってどれだけ迷惑したか」
「罠?」
シギは憎しみの篭った目でアフラを睨む。マナフはそれを手で制したが、シギは止まらなかった。
「白々しい。防備だなんだと我々の領域にまで踏み込んだのはお前達だろう!」
「よせ、シギ」
「対等に扱えばつけ上がるのが人間です!」
怒りを露わにするシギに、ティールは「やはり」と小さく呟きアフラに耳打ちする。
「サルド殿の防備です。サルド殿は山を越えるものを止めるため、広範囲に足を縛る罠を設置させました。それが翼人族の行動範囲にまで及んだのです」
「なんだと……彼らに話はしなかったのか?」
「翼人よりも上だという思い上がりがあったのでしょう。シギ殿だけではありません。この村の翼人も……」
アフラは目を伏せる。シギの勢いが弱まったのを見計らい、頭を下げた。
「知らぬとはいえ、我らが国の民の責は私達王族の責であります。貴方がたの怒りは尤もです」
「アフラ殿! 貴方がそのような……」
「ですが、翼人である貴方がたの力が必要なのです。あの数の毒蛇は人間には手に負えず、水が絶えれば多くの命が失われます。どうか」
顔を上げ、しっかりとマナフの目をアフラは見つめる。
「どうか、力を貸してください。私達は、貴方がたと手を結びたいのです」
目を逸らすようなことをアフラはできなかった。愚直だが、今の自分にはこれしか出来ないと分かっているが故に、怒りも憎しみも受け容れる覚悟でいた。
「っ……」
「シギ、サルワが家におるかを見てきてくれるか。それとスウィにここに来るように伝えてくれ」
「……分かりました」
シギの翼の音が遠くなるとマナフは溜息を吐く。
「申し訳ありませぬ、アフラ殿。国を守るためというのは理解していても、それはあくまで人間の都合。相容れぬ者も未だ多くおります」
「いえ。サルワと私達を見つけた彼が、私達に射掛けても殺そうとしていなかったのは分かっています」
「ありがたいお言葉です。協力についてですが、その為に、魔法を使える方にこそ頼みたいことがございます」
「魔法を使えるから……とは?」
「皆様もご覧になったのでしょう、サルワの兄を……。その原因たる邪眼の蛇を、除いていただきたいのです」
「……詳しく聞かせていただけますか」
マナフの目には悲しみが浮かんでいる。犠牲になっているのはサルワの兄だけではないのは容易に想像できた。




