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王宮の獣護 ―日常―  作者: 夜夢子


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扉の向こうへ★

フーリェン(10)…双子の弟。世界の中心は兄。

ジンリェン(10)…双子の兄。世界の中心は弟。

ベルトラン…双子のよき理解者。

ルカ…フェルディナ王国の第四王子。

しっぽが、うまく動かない。


座るたびにどこかにひっかかって気持ちが悪い。


フーリェンは小さく息を吐いた。


部屋は静かだった。


大きなベッドと、椅子がふたつ並んだテーブル。音も匂いも少ない簡素な部屋。


「いいか?」


顔を上げる。白い影が、すぐそばにある。


「俺が戻ってくるまで扉には触らない。約束」


フーリェンはこくりと頷いた。


言葉の意味は、全部は分からない。けれど“してはいけないこと”だというのは分かる。


ジンが、そう言ったから。


「分かったな、フー」


もう一度言われる。


こくり、と。今度はさっきより大きく頷く。


ぱたんと扉が閉まる。


フーリェンはしばらくそのまま座っていた。


どうしていいのか分からなかったわけではない。ただ、動かないという選択をしただけ。


やがて外から音がした。


声。たくさんの、人の声。


耳がそちらに向く。


窓の方を見る。


白い光が、カーテンの隙間から入り込んでいる。


――みたい。


そう思って立ち上がった。


けれど窓には手が届かなかった。背をうんと伸ばしてみても、見えそうにない。


少しだけ考えて、椅子に目をやる。


ぎ、と音を立てて引きずって、窓の下まで運んで、よじのぼる。


ぐらりと椅子が揺れて、しっぽがばたつく。


それでもなんとか体を支えて、カーテンに手を伸ばした。


そっと、そっと、開けてみる。


――まぶしい。


思わず目を細めてしまう。


白い光の向こうに、小さな影が動いていた。


とり。


ぴょん、と跳ねて、また動く。


その向こうで、声がする。足音もする。


たくさん。


たくさんいる。


でも、見えない。


ここからじゃ、届かない。


――あけたら、みえるかな。


ふと思う。


扉。


あの向こう。


あそこは、知っている。人がたくさんいるところ。訓練場ってところに、繋がっている。


――きになる。


胸の奥がざわざわする。


足が、動きそうになる。


けれど


『俺が戻ってくるまで扉には触らない。約束』


ついさっき、ジンと約束したばかり。


でも気になる。


気になる。


だから――


もう一度扉の前に座る。そうしてしまえば、さっきまであったざわざわは不思議と奥に引っ込んだ。代わりに残るのは、静かで音のない時間。


しっぽを抱えるようにして、じっとする。


――まつ。


どれくらいかは分からない。長いのか、短いのかも、分からない。


「ジン……まだ」


小さく声が漏れる。


まだ来ない。


もう一度、同じ言葉を心の中でなぞる。


まだかな。まだかな。


どれだけそうしていたのだろうか。


聞きなれた足音に耳がぴくりと動いた。


がちゃりと音がして、ドアノブが回る。開いた扉の隙間から白い耳がひょこりと覗く。


「ただいま……って、ずっとここにいたのか?」


ちがう。ずっとじゃない。


すぐに首を横に振る。


「あっち」


指さした先。窓に沿うように置かれた椅子と開かれたカーテンの隙間。


ジンはその先を見て、「あぁ」と短く頷いた。


「外、行きたいのか?」


そと。


その言葉が、胸の中でゆっくりと広がる。


外。


さっき見た、眩しい光。動く小さな影。たくさんの声。


怖いところ。


知らないものが、たくさんあるところ。


でも――


「いきたい」


ぽつりと落ちる声。少しだけ間をおいて、もうひとつ。


「ジン、といっしょ」


それだけで、十分だった。


ジンはすっと目を細めて、それから短く言った。


「……分かったよ」


ほら、と差し出された手に引かれて立ち上がる。


ジンがドアノブを回した。


ーーーー

扉の向こうは、あたたかかった。


一歩出た瞬間空気が変わる。やわらかくて、ほかほかしていて、ちょっとだけ重い。


くん、と鼻を動かす。


知らない匂いが、たくさんあった。


葉っぱの匂い。土の匂い。湿った空気と、乾いた風が混ざっている。


いっぱいある。


いっぱい、知らない。


「ジンリェン、どこに行く」


後ろから聞こえた声に、思わずびくりと体が揺れた。


急いでジンの背中に隠れる。白い布に顔を押しつけてそっと覗いてみる。


――しってる。


その顔を見て、少しだけ力が抜ける。


「フーが外に出たいみたいだったので。中庭まで、少し散歩しようと」


ジンが代わりに答える。だから、僕は何も言わない。


言わなくていい。


ジンが、言ってくれるから。


「そうか。……フーリェン、調子はどうだ」


大きな手が頭に乗る。くしゃくしゃと髪が乱される。


びっくりした。でも、嫌じゃない。


しっぽが、勝手に揺れた。


――あ。


そうだ。


こういう時、言うことがあった。


教えられた。何度も。


「こんにちは、ベルトランたいちょう」


言えた。


この人の名前は、知っている。


ベルトラン。


大人をたくさん、まとめている人。ご飯をよくくれる人。


女王陛下の、そばにいる人。


それから――


ジンが、心を許している人。


「おう、よく言えたな」


くすりと小さく笑う音が聞こえた。顔を上げると大きな体が揺れている。


あれ、違ったのかな。こうじゃ、なかった?


でも怒っていない。笑っているだけ。


だから、大丈夫だと思う。


「ジンリェン、俺も付き添おう」

「……いいんですか?」

「あぁ。丁度訓練も終わったところだ。今日はやることも特にない。後ろから見ていてやる」

「ありがとう、ございます」


ジンが背筋を伸ばして答える。その手がまた僕の手を取る。


歩く。


一歩ずつ、ゆっくり。


後ろを振り返れば、少し離れてベルトラン隊長がついてきている。大きな影。でも怖くない。


また前を向く。


あたたかい。


薄っぺらな靴底から、じんわりと熱が伝わる。


風が揺れて、匂いが変わる。


そうやってしばらく歩いていると、ふっと視界がひらけた。


たくさんの色が、そこにはあった。


見たことのない場所。初めて来た場所。


でも、すぐに分かる。


――ここ、すき。


胸の奥が、ふわりと軽くなる。


「フー、ほら」


ジンの声。


指さす方を見れば、白い花がたくさん咲いていた。


「なに、これ」

「リェンの花。俺とお前の名前の花だよ」

「リェン……?」


聞いたことがある。


「ルカさまが、いってたやつ?」

「そう。ルカ様が言ってたやつ」


白い花。


ジンと同じ色。だから、僕とも同じ色。


でも――


首を傾げる。


寒いときに咲く花だと、聞いた気がする。


なのに、今はあたたかい。

こんなに、あたたかいのに。

どうして、ここにあるんだろう。


ふしぎ。


「こっちはラン。フェルディナを象徴する花なんだってさ」


視線を動かすと、別の花が咲いている。色も形も、少し違う。


「しょうちょうって、なに」

「えっと、……代表する、みたいな」

「だいひょう……?」

「……あー……うん、そうだな……」


言葉が止まる。ジンの顔が、困っている。


――これは、むずかしいやつ。


フーリェンは少し考えてからこくりと頷いた。


「ラン、フェルディナのはな。わかったよ」


それでいい。そういうものだと、覚える。


ジンが言ったことは正しい。


だから、それでいい。


ーーーー

この世界は僕の知らないことで溢れている。


知らない色、知らない音、知らない匂い。


僕はまだ、何も知らない。


ひとりは怖い。だから、ひとりで歩くこともできない。


でも――


隣を見やれば、白い狐耳が視界に入る。伸びた後ろ髪を邪魔くさそうに払い除ける白狐がいる。


「そろそろ帰ろう」


そう言って差し出された手を握る。


「……ジン」


僕にはジンがいる。大好きな、兄がいる。


「だいすき」


零れた言葉はあやふやで。なんの脈絡もなくて。


それでも。


ジンの尻尾は、ふわふわ揺れていた。

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