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後編

 恐らく、「王子様」という語からイメージされるそのままの王子が、エリオスだった。穏やかで理知的で思慮深く、勤勉で時には勇気を示すこともできて、なおかつ美貌の持ち主。おおよそ不足している部分はなさそうな、人格者……。


 だがエリオスがどんな見た目をしていて、いかような性格をしているかは、シンシアにはどうでもよいことだった。


 重要なのは、エリオスが王室の一員だという事実。そしてエリオスの母親は、教会に多額の寄付をしており、関係が深いために、エリオス自身も教会、引いては教会が立てている聖女であるシンシアにも好意的だということ。


 幼少期のエリオスは病弱であり、幾度となく生死の境をさまよったが、聖女の祈祷で峠を越えることができた――ということになっているために、エリオスとその母は教会やシンシアに好意的なのだ。


 だが、今のシンシアにはそのような経緯など、どうでもよいことだ。


 結局、シンシアはエリオスとのお茶会までに、ジャスミンの弱味を握ることができなかった。必死にジャスミンに張りつき、「困っていることはないかしら?」などと涙ぐましい誘導までしたが、結果は芳しくなかった。


 そうなると、自然、エリオスには根も葉もない話を事実として吹き込むことになる。だがエリオスは信じるだろうという、シンシアの中にほとんど根拠のない自信があった。


 王子に讒言(ざんげん)をする――。しかしシンシアはそのことに多少の後ろめたさを感じても、躊躇は一切しなかった。


『ジャスミン……あんたが悪いのよっ!』


 シンシアはジャスミンに心中で責任転嫁をしつつ、己のぐうたら生活を守るための戦いに打って出た。


 エリオスは、平素は教会にこもりきりのシンシアが使者を立てて自身を呼び出したことを、不思議に思っている様子。しかしシンシアとのお茶会に悪印象を抱いている様子はなかったために、シンシアは己の勝利を確信しつつ、口を開いた。


「……殿下のお耳に入れておかなければと思いまして」


 シンシアがそう深刻な顔をして口火を切ったために、エリオスも動きを止める。


「ジャスミン様は聖女にふさわしくありません」

「それは……なぜだい?」

「それは――ジャスミン様は、彼女は……食べ物の好き嫌いが激しすぎるからです!」


 シンシアの訴えを聞いたエリオスは、わずかに目を見開き、おどろいた様子だった。


 シンシアはしめしめと内心でほくそ笑む。


 食べ物の好き嫌いをすることは、シンシアの実家では大罪だった。雷を落とされ、領民や農村の生活についてこんこんと説かれ、最後には嫌いな食べ物を口に収めなければならない空気にされるのは、シンシアにとってこれ以上ない苦痛な体験だった。


 ――食べ物の好き嫌いをしていると吹き込めば、きっとジャスミンの株もだだ下がり……。シンシアはそう考えて、エリオスに讒言したのだ。


 だがエリオスの二の句を聞き、シンシアの、己の勝利に酔いしれる気持ちは、どこかへ飛んで行ってしまった。


「――王子である私に、讒言をしようというのかい?」

「えっ」

「その行為の意味、わかっていないとは言わせないよ」

「え、えっと……」

「どうやら君はジャスミンを追い落としたいらしいけれど、聖女の地位を利用した横暴は王子として見逃せるものではないな。――ジョン、彼女を拘束しろ」

「えっ」


 エリオスがいつも連れている護衛騎士のひとり――ジョンが、シンシアの背後に回る。


 シンシアは冷や汗を内心でかくどころか、背中にはたらりと実際に嫌な汗が垂れた。だが、ここで抵抗して暴れたとして、騎士であるジョンの力に勝てる目算は一切見えない。


 ジョンの手でシンシアはイスから立たされる。同時に、テーブルを囲んで向かい合っていたエリオスがいつの間にやら立ち上がって、ジョンに拘束されているシンシアに近づく。


「シンシア、どうやら君は聖女の地位にはふさわしくないようだ。幸い、今はジャスミンという聖女候補がいる。君には即刻聖女の地位から降りてもらおう」

「えっ、えっ、そ、そん」

「だが教会内外の信を集めている君は、危険だ」

「そ、そん、ご」

「だから、聖女の地位を降りても、君が教会に残ることは許さない。君には還俗して――私の妻になってもらう。私が責任を持って監視するためにね」


「いやです!」


 シンシアはどうにかそれだけ言う――というか、叫ぶことに成功した。


 エリオスは何度かおどろいたように目をしばたたかせた。


 シンシアはそんなエリオスを前にして、聖女の体裁をかなぐり捨ててぶっちゃけた。


「一日一時間お祈りするだけで衣食住が保証される夢の生活を手放したくないです!!!」


 エリオスはまた、おどろいたようにまばたきをする。


 しかしそんな表情はすぐ微笑みに取って代わられた。


「私の妻になったら、お祈りはしなくてもよくて、そこにいつだってお昼寝できておやつも食べ放題の生活が送れると言ったら、君は了承してくれるかい?」

「えっ」

「仕事なんてなにもしなくてもいいし、家から一歩だって出なくてもいいと言ったら?」

「そ、そんな夢のような生活が――」


 絶望の表情を浮かべていたシンシアは一転、喜色満面となる。


「なります! いえ――殿下の妻にしてください!!!」



 ……巷では、長いあいだ思いあっていたが、その両者の身分ゆえに結ばれなかったふたりが、晴れて恋を成就された美談として伝わる。


 シンシアはそんな噂話を知らないし、そもそもすべてエリオスが仕組んだ聖女交代劇だということも知らない。


 エリオスがわざわざ見出した、貧窮していたジャスミンを教会に「次代の聖女」として送り込んだことも知らない。


 長年、エリオスがシンシアに片思いをしていて、こじらせた末の行動だということも知らない。


 生涯、シンシアがその事実を知ることはないだろうが――


「お昼寝つきおやつつきで衣食住が保証されて家から一歩も出なくていい生活サイコー~~~~~~~~~!!!!!!」


 ――シンシアも、長年の片思いを成就させたエリオスも、幸せなのでこれでいいのだろう。

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