第9話 別荘で食事をしましょう
若き天才経営者と呼ばれるだけある。クリスは何でもできるらしい。
ちょうど魚を釣って戻ってきたじいやとも別荘で合流。
クリスは魚をテキパキとさばき、塩やハーブで調理もこなし、あっという間に昼ごはんを作ってしまった。私が森で採取した木苺も潰し、ジュースまで作っている。
あまりの手際の良さに私もじいやも呆気に取られたが、お腹は減っていた。時計を見ると昼過ぎだ。仕方ない。じいやもお腹が減り過ぎていると涙目だし、クリスの世話になる事に。
管理人のシャルルがいない別荘は、全体的に誇りっぽかったが、家具類には全く異常はない。一階のダイニングルームの窓を全開にし、三人でテーブルを囲んでいた。
魚料理と木苺のジュースだけで、正直炭水化物が欲しいところだったが、今は何でも美味しい。じいやもあっという間に完食し、クリスを褒め称えているぐらいだ。
一方、クリスは満更でもないようで「料理なんて朝飯前さ」と胸をはるぐらいだった。
私は木苺のジュースをコクコクと飲みながら、考える。
目の前にいるクリスは、相変わらずルックスが良い。田舎の別荘にいるせいか、白シャツに綿パンというラフな格好の癖に、髪は綺麗にセットし、清潔感は漂う。目鼻立ちも整い、王都の貴族令嬢達が夢中になるのは理解できるが、なぜ田舎へ?
木苺のジュースは酸っぱい。考えていると、さらに酸っぱい気分になってくる。
さっきは仕事が早く終わり、休暇だから来たと言っていたが、謎だ。シーズン中の夏ならともかく、春に別荘に行くものか? しかもこんな観光資源のないタラント村に。
そもそも別荘を提供してくれた事も謎。私の父もクリスと同業者だ。ビジネス上の利害関係があったと思うのが妥当だが、「縁談」という言葉が頭に浮かぶ。父がそんな話題を提供した事も全くあり得なくはない。
考えれば考えるほど、クリスが謎。謎がある所には推理したくなるが、ろくな答えが出そうにない。私は思わず無言になりつつ、クリスの顔を見てしまう。
一方、じいやはクリスが好きらしい。クリスに笑顔を向けて雑談中。私が特に説明しなくとも、じいやが濡れ衣の件、村人迫害の件、シャルル失踪の件を説明してしまっていた。
「ほぉ。このタラント村で村長が殺されシャルルも失踪中か」
クリスはなぜかニヤニヤ笑いながら、状況を把握。軽くメモを取ると、私の目を軽く覗き込んできた。クリスの澄んだ蒼い目は、冷静そのもの。余裕すら見て取れる。私とじいやが食糧探しにも苦労した事は、クリスにとっては笑い事か。
やはりわからない。別に喧嘩などはしていないが、クリスの行動原理が読めない。若き天才経営者が考えそうな事は、推理作家の私でも難しい。
「シャルルについては何か知りませんかね?」
じいやは皿を片付けると、クリスに尋ねていた。
「いいや、知らんね。俺もうっかりしていたが、ここを買ったとき、全部シャルルに任せていたから」
クリスは意外と素直に自分の否を認め、じいや に誤っていた。私に謝らないのには、カチンとしたものだが、一応謝罪はできるらしい。そんな所もスキがなく、私はさらにクリスが苦手になってきた。
「ふっ」
何がおかしいのか、また私を見ると笑っている。この余裕たっぷりの態度が苦手。私より五歳ぐらい年上なので、別に余裕があってもおかしくは無いが。
「そもそもクリス、何でここへ? 休暇だったら、もっと楽しい所でしたら?」
一方、私は全く余裕などない。声にトゲを含ませつつ、クリスに聞いた。
「そうですよ。クリス、お忙しいのでは?」
じいやはクリスの優しい声。唯一の味方までクリスに優しいとは、何とも複雑。
「いや、俺の会社は、部下に任せる仕組みづくりしているからね。実務は特にそうさ。経営者というのは作業員じゃなく、リスクを取るのが仕事さ」
ちょっと顎を上げているクリス。偉そう。だが、言葉と態度は一致してる。
「それにシャルルや村長の噂はこっちのまで届いた。さすがに別荘を貸した手前、責任を感じたというのはあるね。アンナ嬢、すまない」
私は声が出ない。素直に頭を下げられると、クリスに嫌な印象を抱いていた私が悪いみたいではないか。
思わず口籠もる。確かにクリスは苦手だが、根から悪人ではない。推理作家の観察眼を総動員して判断すると、話せば分かるタイプだ。それに別荘を提供してくれたのも、単なる親切心かもしれない。父はクリスのことを「部下や従業員思いの男だ。庶民出身だけあり、心根はまっすぐ」とも言っていた。
「いえ、クリス。謝らないで。別荘提供、こちらこそ感謝しますわ」
私も頭を下げると、この場は和やか。じいやと共にクリスと談笑していくが。
クリスは突然、何かに閃いたらしい。ちょうど話題が私のデビュー作「探偵公爵の優雅な推理事情」に変わった時だった。
「そうだ、アンナ嬢。君は推理作家じゃないか」
クリスはポンと手も叩いていた。
「本格推理作家じゃないのか? だったら、君が推理して村長殺人事件を解決するんだ」
はっきりと断言までしている。
「そうですよ! お嬢様、探偵になりましょ!」
じいやまでクリスに乗ってきた。
「そ、そうは言っても」
確かに推理はしたい。オルガのために小麦粉の謎を解いた時は楽しかった。シャルルの行方だって気になる。しかし、今の村人の様子で、聞き込みなんてできる?
特にカリスタが私の話を聞いてくれるなんて無理。私が真犯人だと思い込んでいる。
「できるぞ。アンナ嬢なら謎が解ける」
クリスの声は、さっきまで私を馬鹿にするような態度が消えていた。むしろ、どこか期待をかけているような声。
「そうですよ! お嬢様だったらできます!」
じいやも似たような声をあげる。
「アンナ嬢、推理しろ」
「お嬢様、推理してください!」
重なった二人の声が耳に響く。
王都では「推理なんてやめろ」。一方、タラント村では「推理しろ」。
ダブルバインドに頭が痛い。つまり板挟み状態って事だ。
それでも、頭に文壇サロンのおじ様達の顔が浮かぶ。
あの屈辱的な追放を思う出していたら、武者震いしてきた。手の平は汗が滲み、心臓もバクバクと煩かったが、なぜか緊張はしていない。ワクワクと胸が弾む。
「そうね。推理しましょうか?」
二人とも笑顔で頷く。じいやの笑顔は見慣れたものだが、クリスのそれは珍しい。
しかも目を細め、優しい笑顔だ。クリスのこんな笑顔に困惑するが、決意した。
「ええ。村長を殺した犯人を必ず見つけ出すから」