第8話 若き天才経営者・クリス登場
「そう、小麦粉に問題があったのね。では、さっそく調査しますから……」
その後、オルガと一緒に役所に向かった。役所は、二階建ての木造施設で、規模は大きくない。タラント村の中央部から外れた場所にあり、あの森から徒歩で数分の距離だった。別荘からも近い。役所に入るとすぐに二階にある福祉課という場所に案内され、職員のロゼルが対応していた。
ロゼルは、すぐに対処してくれるそうで、オルガを連れて工房まで行ってしまう。
ロゼルは真面目そうな雰囲気の若い女だったが、対応は早かった。田舎の役所などに期待はしていないので、意外だった。
こうして一人残された私は、約所を後にしたい。役所の雰囲気は良くなかったからだ。福祉課周辺は手不足のせいか、怒号が飛び交っているし、順番待ちの村人も明らかにイライラとした様子だった。
それに役所の一階に降ると、亡くなった村長の追悼コーナーも設置されており、雰囲気は一層暗い。
村長の絵姿を見る限り、初老の男だ。年齢はじいやと同じぐらいだったが、頭は禿げ上がり、ほとんど髪がない。目も鋭く、背も低めでじいやの雰囲気とは正反対だ。
それでも村人想いだったのは確からしい。男尊女卑にも心を痛め、女性にも選挙権や立候補権を与えた歴史物語も展示されていた。他にも奴隷や元奴隷の福祉施設作り、ホームレスをゼロにした運動の軌跡なども展示され、これだけ見ると、人に恨まれるタイプではなさそう。
また、村長はロマンを愛していたらしい。タラント村の歴史も熱心に収集し、銀貨の宝物伝説も興味があったとか。近いうちにあの森も発掘調査も行う予定もあったらしい。
展示は「誰からも愛されたタラント村村長、ありがとう!」というポスターで締めくくられ、花もたくさん飾られていたが、事件の詳細は一つもない。どういう状況で村長が殺されたかは全くの不明だった。ましては犯人の似顔絵などもない。おそらく白警団は犯人の似顔絵作成までには至っていなさそうだ。白警団のモイーズとも会っていないが、あの様子ではろくに事件調査ができていないのだろう。
こうして役所から出ようとしたが、村人の視線が痛い。不躾にジロジロと見られるし、まだ私は疑われているらしい。
一旦、女子トイレに逃げ込んだ。これで少しほっとしたが、女子トイレでは事務員達が噂中だった。
「ロゼルって村長秘書もやってたんだよねー?」
「そうだよ。っていうか、今は福祉課にいる
けど、まあ、都合いい何でも屋だよねー」
「ねえ、知ってる? ロゼルって村長と付き合ってた噂あるんだよ」
「えー、本当!? 三十歳ぐらい年の差あるやん!」
「だよねー。それにしても村長が殺されるとはねぇ。こんな平和な村で」
「ま、二十年前に行方不明者が出たけど、それっきり事件なんてないよね」
「だよねー。でもその当時、王都から白警団も来たらしいよ? けっこう大掛かりの調査したらしいけど、何も出てこなくて幽霊や妖精が誘拐したんじゃねって噂が」
「マジ?」
「うちの婆ちゃんとかギヨームが言ってた。噂だけどね、ギヨームってオカルト大好きだよね」
トイレではずっと女性事務員が噂をし続けていた。推理作家の私としては気になる情報もあり、一応頭の中でメモを取りつつ、トイレから出た。
村長が役場職員のロゼルと関係があった?それに二十年前の事件とは?
女子事務員の噂とはいえ聞き逃せない。推理作家の血が騒ぐ。
本来なら噂を収集し、聞き込みしたいところだが、我慢だ。今の私の立場ではとても聞き込みなどはできない。
そう考えつつ、役場から出た時だった。
役場の周辺はハーブ畑や子供用の小さな公園もあり、呑気な雰囲気があるが、なぜか私は村人に取り囲まれてしまう。
「あんたが村長を殺したんだ! 許せない!」
昨日、市場で見かけた村人らしい。村長のファンみたいだ。確かにあの展示物を見る限りは、村長の熱烈なファンがいてもおかしくない。
何人にも取り囲まれ、身動きが取れない。これだけでも大変なのに、昨日、水をぶっかけてきたカフェ店長も登場。
三十歳ぐらいで大柄のカフェ店長だ。そばかすが浮いた肌は親しみやすく、平時だったらお姉様として仲良くしたい雰囲気だ。
名前はカリスタという。長年の村長ファンで、女性に参政権を与えてくれた村長に尊敬しかないらしい。
気持ちはわかる。同じ女として男尊女卑世界は生きにくい。参政権も普通に無い地域の方が我が国では多い。私がいた王都でもそうだった。参政権だけでなく、文壇サロンでも男尊女卑で追放されたわけだが。
「許せない! あんたが村長を殺した!」
しかし、カリスタはもっと激昂中。冷静な性格の私は、カリスタの表情や声を観察していたが、それが余計に彼女をイライラとさせたらしい。
「あのね、カリスタ。私を疑っているなら、客観的な証拠を示して欲しいわ。推理小説で根拠もなく疑ってたら、校閲と編集部から赤がつくわ」
「は? あんた何言ってるんだ!」
カリスタは余計に激昂中。オルガには推理で味方になって貰ったが、そう簡単に行かないらしい。むしろ敵を作っていた。
消えたはずなのに、また頭に響いてくる。「推理なんてやめろ」と。やっぱりこんな私は好きじゃない。大好きなものをずっと否定されてきた私は、自分が上手く好きになれない。自分の事が嫌いになりそう。自己嫌悪で胸が苦くなってくる。
カリスタの前でも下を向く。本当はこんな弱い部分を見せたらダメなのに。
「何とか言ってよ! あんたが村長を殺したんだ!」
その上、カリスタの絶叫で耳がキンキンと痛い。思わず耳を塞いだ時、よく知ってる声が響いた。
「アンナ嬢、助けに来たぞ」
低く落ち着いた声だった。
「俺はクリス・ドニエだ。この名前は分かっているよな?」
クリスは自分の名前だけでカリスタ達を封じ込め、あっという間に退散させた。整ったルックスには似合わず、声にはドスがきき、目も据わってる。カリスタは息を飲み込み、あっという間に退散していく。
私とクリスが二人きり。背の高いクリスを見上げる形になったが、彼は自尊満々に微笑む。もう目は通常モードに戻っていた。
王都にいる時のように仕立ての良いスーツを着込み、金色の髪の毛は綺麗にセットもされている。これ以上無いぐらい清潔感あふれるルックスだったが、目は違う。目だけは、私をちょっと小馬鹿にするみたいな色合いだ。
「クリス、何で来たの?」
確かにあの別荘はクリスのものだが。
「仕事が思ったより早く終わったから。あー、天才経営者は辛い。すぐ仕事終わるしな、久々に休暇とったわけだよ」
嫌味っぽい声だが、事実なので笑は何も言えない。事実、名前だけで村人を追い払えるぐらいの地位は持っていた。
「とりあえず、別荘行くか?」
「ええ、そうしましょう。事情は後で説明するわ」
クリスは味方かどうか不明だ。王都にいた時も特に親しくなく、どうも小馬鹿にされていたが、今だけは助けられたらしい。
ジ・エンド?
そうは思いたく無い。しかしクリスの存在は私にとって謎なのだ。




