第7話 私、推理していい?
タラント村菓子工房は、その名前の通りの場所だった。
こじんまりとした小屋だったが、ガラスケースの中にはクッキー、マフィン、ケーキ、チョコレートなどが詰め込まれ、甘い香りに包まれていた。値段も安く、王都だったらきっと倍以上する。確かに見た目は手作り感があり素朴だが、かえって美味しそう。ホームメイド風の菓子類は、日常のおやつタイムにぴったりだ。
買えるか不明だったが、ちょうど焼きたてのマフィンを並べに来た店員に声がけした。このマフィンの香りも最高で、いつもの冷静さはあまり機能していない。紅茶のマフィンらしく、余計に香ばしい香りが最高なのだが。
店員は黒い肌の女性だった。おそらく十五歳ぐらいの少女で、白衣や白い帽子をつけていた。店員というより、ここの職人なのかもしれない。
「このマフィン、くださらない? とても美味しそう」
私は微笑む。美味しそうなマフィンを目にしたら、顰めっ面などできないものだ。
「え、え?」
一方、店員は困惑中だった。昨日の村人のような悪意はなさそう。
「私、元奴隷ですよ。奴隷の作ったお菓子、大丈夫です?」
店員の話を聴きながら困惑の正体がわかった。
我が国では奴隷or元奴隷はずっと差別されていた。特に内戦中の周辺国から我が国に逃げてきた奴隷は、ろくな仕事につけない。肌の色などでもいじめられたりする。
男尊女卑で差別的な我が国だったが、周辺国が絡む問題には敏感だ。近年では奴隷保護もされるようになり、こうした菓子やパンの工房で仕事を提供する事になっていた。簡単にいえば福祉だ。この工房も営利目的ではなく、税金で運営されているのだろう。
それでも差別はそう簡単に消えるものではない。この工房も差別されているのだろうか。無邪気に私が買い物に来て困惑中?
「いいのよ。実は私、事情があってこの辺りに住む事になったの。アンナというわ。よろしくね。というか、ここのマフィンもクッキーも全部美味しそう!」
私があまりにも好意的な態度をとったからだろ。店員はふっと笑顔を見せ、好意を示してきた。名前はオルガ。年齢は十五歳だが、職人としてはベテランで、ここの工場長でもあるらしい。今日はたまたまシフトの関係でオルガしかいないという。
「一人でこんなに作ったの? えー、すごい。オルガ、天才では?」
単に感想を言っただけなのに、オルガは目をキラキラさせていた。今にも泣きそうだったが、一体なぜ?
「実は最近、売り上げが悪いんだ。一生懸命作っているのに、うちのクッキー食べたら、赤いポツポツができたって言われて。また昔みたいに差別されたら……」
オルガは小猫のようにプルプルと震えている。
「赤いポツポツ? ねえ、オルガ。材料はどうしている?」
オルガに頼むと工房の裏手にある材料庫を見せてくれた。暗く、直射日光も避けられてる。清潔感もあり材料管理自体は適正だが。
「材料は役所の人が全部仕入れてくれるシステムです。お金の管理もそう。半分は福祉施設だから」
「そうなのね」
オルガの話を聞きつつ、やはりこの菓子工房は普通の営利目的の店ではなさそうだと察するが、材料庫にいたら何かピンときた。
去年、推理小説を書くために腐った食品の危険性を調べた事がある。
時に古い小麦粉はダニなどが入りやすく、食べると肌に赤いポツポツができるらしい。酷い場合は死ぬ事も。
「ちょっと、オルガ。小麦粉は見せて?」
「ええ、どうぞ」
小麦粉の匂いや見た目は通常だった。問題なのは、見た目や匂いでは古い小麦粉かどうか分からない事だ。去年私が書いた推理小説では、このトリックを使い、うっかりミスに見せかけた小麦粉殺人事件を書いた事など思い出す。
同時にこの小麦粉の袋をチェックすると、なぜか消費期限の表示がない。
「オルガ、小麦粉の消費期限は?」
「実は役所の人が全部管理しているんです。一定期間になると、役所職員のロゼルが全部廃棄しに来るというシステムで。その代わりに入荷も同時にしてくれますが」
なるほど。本当に福祉施設らしいシステムだったが、ここで取り扱っている小麦粉は古いものか質が低い可能性が高い。
私は古い小麦粉の危険性などをオルガに全部教えた。もしかしたら、材料の管理は人任せにせず、自分達で管理した方が良いかもしれない事も。奴隷の身分として差別されているか、雑に扱われている可能性も高いが、それはオルガに黙っておいた。
「えー! そんな古い小麦粉って危険なんですか!」
「ええ。気をつけた方がいい」
「そっか。後でロゼルに言っておく」
小麦粉問題は解決?
「ありがとう。でもアンナ。なんでそんな事に詳しい?」
オルガは小麦粉の袋を閉じると、再び困惑し始めた。
確かに二十歳そこそこの私のような女が知ってる事では無い。推理小説書いて得た知識だ。こんな事、オルガに言ったら笑われる?
「推理なんてやめろ」。
文壇サロンおじ様方の声は頭の中で響く。今にもリアルになりそうな声だったが、始めて誰かの役に立てたような気がした。
「実は私、王都に住んでたんだけど……」
ついつい口を滑らせていた。王都で「A」という筆名で推理作家をしていたから、と。
「え!? アンナって作家さん!? すごーい!」
オルガの反応は私の予想とは真逆だった。
「だから小麦粉の謎も解けたんだ。推理ってすごい!」
褒められてしまった。こんなに褒められたのも初めてかもしれない。目頭が熱くなってきた。頭の中の「推理なんてやめろ」という声は聞こえなくなった。
「ありがとう、アンナ! 友達になろう!」
代わりに聞こえて来たのは、優しい声だった。お菓子作りのレシピブックまで貰ってしまう。
ジ・エンドではないはずだ。追放先でも友達は出来るらしい。
私、この土地では推理してもいいみたい?




