第43話 「一緒に幸せになろう」と言われました
アサリオン村の事件から一ヶ月たった。
まだまだ事件の騒ぎは尾を引き、トリスタン先生の書物もいろんな意味で売れているらしい。おかげで私の男装令嬢の本格ミステリは、三回も重版がかかってしまい、最新型のタイプライターも購入できた。
タイプライターを手に入れたら、作業効率が全く違う。エドモンド編集長に吹っかけられた無理難題も、どうにかこなし、王都へ戻ってきた。ちなみにスケージュール的にホテルの支配人の仕事は無理という事になり、結局、クリスの部下がその職についたらしいが、仕事も効率化し、現場のスタッフからも慕われているという。
そして昨日、ストレスで抜け毛を落としながらも、ようやく恋愛小説の原稿ができた。それを封筒へつめ、王都の編集部へ行くところだ。
季節はもうすっかり冬だ。アサリオン村では気候が良く、その点では問題がなかったが、王都は比較的北に位置しているし、木枯らしが余計に身に染みる。
相変わらず王都では恋愛小説が人気らしく、出版社ではそのポスターが貼られ、何万部も売れていると景気のいい情報も目に入る。今、手にしている原稿。果たして人気恋愛小説と同じ棚に並べられるか。不安だが、まずはエドモンド編集長の意見を聞くしかない。
出発社の二階にある第一文芸編集部へ向かい、世話になっている編集者に挨拶後、応接室でエドモンド編集長と対面した。
エドモンド編集長もまだアサリオン村の人々と交流があるらしく、コレット店長やエメ、パウラの話題で盛り上がる。アサリオン村の人々は相変わらず元気で、事件の後遺症なく、元気に暮らしているらしいが、いよいよ本題だ。
エドモンド編集長は太い指で原稿を捲る。
無言だ。原稿を捲る音だけが響くが、序盤を読んでいるところから、眉間に皺が寄っていた。
冬だというのに、緊張で汗が出てきた。全く寒くない。心臓もドキドキと鳴ってしまう。
「まあ、いいだろう。プロット通りによく書けてる」
「本当ですか?」
ホッとした。初めて書いた恋愛小説だったが、どうにかエドモンド編集長のお墨付きはもらえたらしい。これで第一関門はクリアしたらしい。
「ただ、欠点がある。主人公がクールすぎるし、ヒーローも単なるストーカーに見えるぞ」
「あぁ、やっぱり……」
この作品のヒーロー、どうしてもいい感じに描けず、結局、クリスをモデルにしてしまった。ほぼ実話のシーンもあったりする。
「でも、まあ、そこは少し描写や語彙で直せるが。肝心はラストシーンだよ。パーティーに参加したヒロインに、ヒーローが抱きしめて、キスするが、なーんか描写がぬるいね」
ギグっとした。全部想像で書いたシーンだったが、確かにほぼ実話のシーンに比べたら、シーンもサクサクと飛んでいるし、語彙も少ないように見える。
「ふむ、どうしたもんかね。一応恋愛小説の文法に沿って書かれてはいるが、色々と作者の想像力の無さが出ている」
「うぅ」
エドモンド編集長の指摘は的確で、ぐうの音も出ない。この恋愛小説は最初から書き直しが決定した。
でも、悪いニュースばかりではない。タラント村の事件を書いたカフェ店長のミステリの初版は予想以上に増えた。それに当初の約束通り、宣伝費もかけてくれるという。アサリオン村をモデルにし、ホテルのメイドが探偵になる企画は一発でオッケーが出た。
それにマーガレット嬢がパーティー開くという。今度は野鳥研究家になったという記念パーティーらしいが、編集部にも招待状が届き、私達も参加する事に決まった。
仕事に追われながらもなんとか時間を作り、パーティー会場へ。マーガレット嬢の一族が持っている三つ星ホテルが会場だったが、想像以上に豪奢な場所で緊張してきた。
その上、マーガレット嬢の一族が経営しているホテルの支配人が事件を起こした。もうホテルは買収されたわけだが、マーガレット嬢に悪く言う人もいる。相変わらず貴族連中はいけ好かない。着飾っているだけで、マーガレット嬢の悪口三昧だった。しかし、壇上で野鳥の可愛さや特徴を語るマーガレット嬢は生き生きとしていた。将来は本格的にアサリオン村に移住し、野鳥道を極めると語るマーガレット嬢は輝き、同じく植物学者や動物学者のイケメンにモテているぐらいだ。この様子だったら、もうクリスへの恋を拗らすことは無いだろう。
一方、私はエドモンド編集長にせっつかれ、出版関係の貴族達に話しかけ、泥臭く営業もしていた。
相変わらず「女のくせに推理なんてやめろ」と鼻で笑われる事もあったが、殺人犯と対面するよりマシだ。ニッコリと微笑み、タラント村やアサリオン村の事件を語りつつ、人脈を広げていた。ベテラン恋愛小説家やルポライター、絵本作家などとも仲良くなり、今回の営業はまずまずといったところだろう。成金令嬢らしくピンク色のドレスに身を包み、派手なアクセサリーをつけてきた甲斐があった。
こうして賑やかなパーティー会場を浮遊しながら、なんとか生き延びていたが、どうも違和感を抱いていた。
優雅な生演奏もあり、美味しいチキンやケーキ、お酒もある。嫌味な貴族も多いとはいえ、気さくに接してくれる人もいる。天井のシャンデリアは綺麗だし、窓の外の夜空も綺麗だ。給仕してくれるスタッフだって優しい。今日のパーティーの主人公、マーガレット嬢だって美しいのに、なぜか違和感がある。
この違和感は、仕事に追われていたここ一ヶ月でも覚えているものだった。仕事も充実し、重版もし、念願のタイプライターだって買えた。じいやも優しく、成金の両親との関係もいいのに、何かがもの足りない。まるで一個だけ欠けているパズルだ。
そのピースはなんだろう?
推理作家らしく謎を解く事にした。このパーティー会場は騒がしいので、一旦出て、ロビーの方へ向かう。
受け付けのスタッフも撤収し、ロビーは静か。ふかふかなソファは座りやすいが、どうも落ち着かない。一度立ち上がって考える。
「欠けているピースは……」
考えれば考えるほど、頭の中にクリスの顔が浮かんで困る。
そういえば事件の後、ほとんど会えていない。両親の仕事関係で、一度、クリスが家にやって来た事はあったが、私の仕事も忙しく、少しだけしか会話ができなかった。
正直、クリスの第一印象は最悪。今でも性格が悪い男だと思っているが、アサリオン村の事件で毎日一緒にいるのは楽しかった。夫婦のフリをするのも、賭けをするのも。
いつの間にか、クリスとの日常は、私の中で重要なピースの一つになってしまったらしい。
こんな気持ちに戸惑いつつも、腑に落ちた。謎が解け、ちょっとスッキリとした気分だったが、クリスに会いたくなってきた。もっと色々話したかったし、クリスの仕事など聞いてみたい事もある。もっとクリスの事を知りたくなったから、本当に困る。
「アンナ嬢」
そんな時、目の前にクリスが現れた。信じられない。クリスの事を考えていたら、本当に現れてしまったが、今日はマーガレット嬢のパーティーだ。お互い共通の知人だ。ここで再開する事は別に珍しくないが、久々にクリスの顔を見たら、安心してくるからおかしなもの。
今日のクリスはパーティーのドレスコードに合わせ、髪もきちんとセットしていたが、家族みたいに安心感を持てるから、非常に困る。
「ねえ、クリス。賭けは引き分けじゃないわ。あの時、セドリックは私を殺そうとしてた。つまり殺人犯でいいんじゃない?」
「ほお、それは、つまり?」
クリスは今にも吹き出しそう。笑いを堪えるみたいに口元がモゾモゾしてる。
「つまり賭けはあなたの勝ち。私の負けよ。結婚しましょう、クリス」
「やった!」
クリスは子供のように無邪気だ。ガッツポーズを作ると、笑顔を見せた。
「まあ、推理も私よりあなたの方が頭が回っていたしね。いいわ、私の負けで」
特に最後、私の居場所を見つけた所は、本格推理作家の私も引くぐらいだ。
それに、今はクリスといても、誰といても、私は幸せという確信もあった。蒼い鳥がいなくても、茶色い野鳥しかいなくても、推理小説だけでなく、恋愛小説を書く事になっても、なんだかんだで幸せ。
「はは、まあ、賭けは俺の勝ちだな、うん。アンナ嬢」
さっきまで笑っていたクリスだが、少し背をかがめ、私に視線を合わせてきた。
「俺が幸せにするよ。うん? 違うか。もうアンナ嬢は幸せか。だったら、一緒に幸せになろう」
その言葉が途切れた瞬間、クリスに抱き寄せられた。まるで繊細なガラス細工を持つみたいな手つきだ。その上、一瞬、何か、頬や唇に触れたような?
「え、今の何!?」
一瞬の出来事だったが、クリスはチョコレートケーキを平らげたような顔をしている。その顔でなにをされたのか色々察した。さらに顔が熱い。今が冬なのが心底信じられない。
「いいか、アンナ嬢。覚悟しろ。リアルな恋愛小説が書けるよう、手取り足取り教えてやるからな」
耳元で囁かれ、クリスの香水の匂いも感じた。もう私のキャパシティは限界だ。
それでも不思議と嫌ではない。むしろ、もっとクリスを知っていきたい。私もクリスに知って貰いたい。そんな未来を想像するだけでも、楽しみで仕方なかった。
ご覧いただきありがとうございます。本編完結です。アンナシリーズ第二弾でした。次は番外編予定です。今回はより恋愛要素が濃いめです。
他にもたくさん書き溜めています。色々連載予定です。本作も婚約編など書けたらいいな……とも思います。よろしくお願いします。




