第41話 犯人に「推理なんてやめろ」と言われました
夢を見ていた。よりによってクリスとの夢だ。こんな時でも見たい夢は選べないらしい。ため息が出そうだったが、クリスとの初対面時の夢だった。
確か何かのパーティーに出た時だ。私は給仕のメイドを捕まえ、パーティーでも毒物を仕掛けるチャンスなどがないか聞いていた。もちろん、推理のトリックの為だ。
パーティーに参加中の貴族連中はこういったスタッフにあからさまに態度が悪いものもいるが、私はそういう事はしない。推理のトリックネタが聞き出せるかもしれないし、何より同じ人間だ。差なんてないはず。そもそも私は成金令嬢なので、全く偉くも何ともない自覚もあった。正直、着飾ってパーティーに出るより、部屋にこもって薬草や毒物の本を読んでいたいぐらい。
その時、なぜかクリスに声をかけられた。「おもしれー女」とも言われた。私のクリスの第一印象は最悪。
確かに顔は整っている。背も高く、声質も良かった。経営者として地位もあったが、パーティに参加中の貴族令嬢への態度が悪い。口も悪い。性格の悪さが滲み出ているクリスの様子に、良い印象は全くない。
両親と仕事の関係もあったので、その後、何度も会ったが、第一印象の悪さは待った変わらず、タラント村で事件に巻き込まれても同じだった。事件が解決した後は、確かにクリス確かの関係も変わってきたけれど、私のどこを気に入っているかわからない。どうも第一印象の悪さが尾を引いているらしい。
こんなクリスの夢なんて見たくない。頭も身体も痛いが、さっさと目を開ける。
身体はロープで縛られ、ほぼ身動きはできないが、死んではいないらしい。目も開く。息もできた。
どこかの別荘の中らしい。バンガローの中かもしれない。木の匂いが鼻につくが、間取りまでは確認できない。一体ここはどこだろう?
それに犯人達もご登場。三人とも、銃やナイフを持っている。これは芳しくない状況だ。目が覚めても状況は全く変わっていないらしい。
「女の癖に! おめー、ぶっ殺す!」
ジスランは目覚めた私を見て、顔を真っ赤にし、地団駄を踏んでいた。あら、この姿は見覚えがある。文壇サロンのおじ様達とそっくりだ。犯人といっても単なる汚いおじさんだ。セドリックやロドルフも同様。
冷静になってきた。縄で両手を両足もロープ縛られていたが、推理小説を書く時に、自力でロープを解く方法を調べ、護身術の先生に入門した事もある。脚はともかく、手の方は解けるかも。手首をゆっくりと動かしつつ、護身術の先生から学んだ事を思い出す。
「あなたがトリスタン先生やシビルを殺したのね?」
「そうだよ! あいつら、おめーの本を読んで罪悪感持って世間に全部公表しようとしてたんだ! おめーのせいだ! ぶっ殺す!」
ジスランは私が冷静な態度に余計に激昂し、銃を発砲。ヘタな鉄砲だ。全く私の身体にかすりもしない。
「あなた達は? 関与した?」
この際だ。お仲間にも一応事情を聞いておくか。それにロープもゆるくなってきた。これはいけるかもしれない。
「お、俺は見てただけ! ジスランに脅されて偽の検死しただけ! シ、シナリオを書いたのも俺だけど! あんたに罪を擦りつけるよう別荘に死体を投げるように提案はしたけど!」
ロドルフは怯えた様子。せっかくのイケメンも台無しに顔だ。顔も真っ青で幽霊みたいだ。この顔を見たら、パウラの恋も完全に目が覚めるだろう。しかしジスランと違い、罪悪感は持っているらしいので可愛げがある。一応ナイフは持っているが、指先は震え、私に向けてくる様子はない。
「お、俺は死体を運ぶの手伝っただけ! トリスタンとか、し、知らんし!」
同じくセドリックも怯えていた。イタズラがバレた後の子供みたいな顔。部下に好かれていた料理長の姿も消えていた。セドリックはいい歳なのに、子供みたいで情けなくなってきた。
残念ながら、この様子だとクリスの賭けは負けだ。最新型のタイプライターは私のもの確定だが、本当に手に入れる為には、この三人をまとめて捕まえる必要がある。
「お前ら! うるせーよ! お前らだって共犯者だろ! 自分だけ逃げるな!」
相変わらずキレているジスランだったが、逃げ腰の仲間達と、内輪揉めを始めていた。お互い罪をなすりつけ合い、シビルへの暴言も聞くに絶えない。犯人達、想像以上に女を馬鹿にしているらしいが、縛られたロープはゆるくなってきた。このままいけば九割解ける。このままずっと内輪揉めしてもらいたいものだ。
「うっさい! 全部おめーのせいだ! おめーが余計な小説を書いたから、トリスタンは公表しようとし、こんな事になったんだ!」
ジスランはまた下手な鉄砲を打つ。その音を聞くと、私の余裕も消えてきた。手のロープはあと少しで解けそうだが、このまま犯人達に殺されるのも一応覚悟しておこう。
「お前がコソコソ推理している事も知っているからな! 女のくせに! バカな女のくせに! 推理なんてやめろ!」
ジスランの茹タコのような顔を見ながら、私の中で何かが切れた。文壇サロンのおじ様達に何度も浴びせられたセリフだが、一切の同情はいらない。
ちょうど手のロープも解けた。脚のロープも素早く時、「護身術の先生、ありがとう!」と叫ぶと、ロドルフからナイフを奪った。
「うるさい! 推理やって何が悪いんです!? 汚いおじさんね!!!!」
私はナイフを握り締め、ジスランに凄んだ。向こは短足&背も低い。背の高いクリスの壁ドンに慣れているせいで、ジスランの体格からは全く威圧感はない。そのまま直行し、ジスランにメンチを切った。これは成金の父から教えて貰った睨み方だ。「もし令嬢として自尊心を傷つけられた時は、こう睨むんだ」と幼い頃に教えて貰った。
「は!? おめー、本当に女かよ!?」
「ええ、女よ。よくも推理なんてやめろって言ってくれたわね?」
さらにジスランを睨みつけたが、背中を取られた。
「黙れよ! クソ女が!」
セドリックに殴られそそうになり、目を瞑ったその瞬間。
大きな音がした。これは足音?
「アンナ! 助けに来たわ!」
コレット店長の声が響いたと同時だった。水で丸めた小麦粉を、コレット店長はバンバン投げている。
「アンナ嬢! いくよ!」
エメもノリノリで小麦爆弾を犯人達に投げつける。
意外と水で溶かした小麦粉は、ドロドロと粘着質だ。まるで沼。犯人達は、大量の小麦粉爆弾に足場を取られ、全く身動きができない。身体中真っ白で目も開けられない模様。三人ともまとめて小麦粉沼に捕まってしまったらしい。
攻撃しているのはコレット店長やエメだけでない。マーガレット嬢やパウラ、じいやもニコニコと笑顔で小麦粉爆弾を投げつけていた。
「汚いおじさん、これでもくらえ!」
特にパウラはジスランに恨みがある。倒れたジスランにも容赦なく小麦粉爆弾を投げつけていた。特に目を狙って投げるのは、やり過ぎでは……。
「きゃー、楽しい! 汚いおじさん、これ投げるわよ!」
マーガレット嬢のはしゃぎ声が響いた時、ようやく私の側にクリスがいた事に気づく。
相変わらず性格悪そうなクリスだ。小麦粉爆弾によって滅茶苦茶にされている犯人達を見下ろしながら「ざまぁだな」と言うぐらいだったが。
「なんで私がここにいるってわかったのよ?」
「俺はアンナ嬢の事はなんでもわかるんだ。俺がここを見つけてコレット店長に小麦粉爆弾を頼んだんだぜ?」
クリスは私を守るように抱き上げ、実に機嫌が良さそう。
恥ずかしい。でも今のクリスにはドキドキしてくるから困る。たぶん、クリスの第一印象が悪かったせいだ。その後は加算方式で好感度が上がってしまった。これは非常に困る。
「良かったですね。お嬢様。下手したら殺されていましたよ。もう犯人にナイフ向けるとかは、やめましょう。お転婆お嬢様ですねぇ」
じいやの呆れた声が響く。クリスに抱き上げられながら、これには全く反論できなかった。




