第37話 「俺の部屋に来い」と言われました
カフェでピチと遊んでいたら、もう夕方だ。マーガレット嬢は帰ると言うので、ホテルまで送って行った。
マーガレット嬢はすっかりと元気になり、そこは心配はなかったが、気になる事はホテルだ。
もうホテルへ潜入できないが、ジスラン支配人やセドリック料理長の様子が気になる。
「だから、そんなミスするんじゃない! 真面目にやれって言ってるだろ!」
ホテルに入り、ロビーでこっそりとカウンターの様子を伺ってみたが、ジスラン支配人は実に不機嫌そうだ。カウンターの女性スタッフに八つ当たりし、怒鳴り散らしているが、ロビーの方に私がいる事にも気づいていない模様。
パウラをいじめていた時よりもイライラしている。これはホテルがクリスによって買収され、クビになった事も影響しているだろう。ジスラン支配人の顔は真っ赤。こめかみの血管も切れそうではないか。
私はロビーのラウンジにコーヒーを注文して飲んでいたが、ジスラン支配人はシビルの死をどう思っているのだろう。ため息が出る。ジスラン支配人が犯人だと決まったわけではないが、自分の事しか考えてなさそう。元カウンター職のパウラによると、いかに客にクレームをつけられないかが目的の無駄な業務も多くあったという。「支配人は責任取りたくないだけ」ともパウラが証言していたが、あの怒号を聞いている限り、その可能性は多いにある。
現状、シビルが犯人で自殺に見えている事件だが、責任逃れ体質のジスラン支配人が、この結末をプロットを執筆したか?
実行犯かは不明だが、シビルに全部押し付けている事。いかにもジスラン支配人が考えそうじゃない?
実行犯かはともかく、シビルの殺害、あるいはトリスタン先生の殺害に関わっている可能性大だ。
本当にシビルもトリスタン先生の殺害に関与した可能性も高い。罪の意識はもてっていた。遺書らしき手紙も、本物だった可能性がある。一方、この事件の犯人は、何の罪悪感もなさそう。そこが気持ち悪く、急いでコーヒーを飲み込むが、クリスが現れた。
「アンナ嬢、何してるんだよ」
「ちょっとね。ジスラン支配人が犯人じゃないか考えていたところよ」
なぜかクリスは口元をふむふむとさせ、私の目の前に座る。同じくコーヒーを注文し、今日の仕事は終わったと、ネクタイを緩めていた。
「実はここのレストランで夕飯食べようかと降りてきたんだが、休みだってよ。トリスタン料理長がクビに決まったんで、怒り狂っているらしいね」
そんな事実を語るクリス。実にいやらしい目を見せていた。若き極悪経営者という二つ名は、まさしく正しい。
「ざまぁみろだな。アンナ嬢にちょっかいかけたし、このぐらいでは可愛いもんだろ」
脚を組み、実に偉そうなクリスだったが、私はため息が出てくる。完全に私怨じゃないか。
「そんな事はいいけど、事件よ。結局、誰が犯人?」
「アンナ嬢、声のボリューム落とせ。これ、誰か聞いていてもおかしくない」
はっとした。今、ラウンジは閑散としているが、ここで事件の話題はまずい。
「俺の部屋に来い」
「確かにそうね」
一瞬、クリスの部屋に入る事はどうかと思ったが、ラウンジで犯人の話をするリスクは犯したくもない。どうせすぐ帰る。
という事でホテルの南館まで歩き、クリスの部屋へ。近くにトリスタン先生の止まっていた部屋もあったが、今は白警団の監視の元、通常の部屋として戻ったらしい。確かに死人が使っていた部屋に抵抗がある客も多いらしいが、今はもう普通に観光客に提供されているらしい。
クリスの部屋は、トリスタン先生の部屋と同様、広く、見晴らしもいい。寝室や仕事で使っている部屋は見せてくれなかったが、クリスが通常、部下と打ち合わせする小部屋に案内された。
ソファとテーブルだけの狭い部屋だった。テーブルの上にはクリスの仕事の書類や書籍が積み上がている。
「正直、私の仕事部屋の机より綺麗よ」
「そうかね? ま、手短に今後の推理方針を決めようぜ」
「なんか、私より楽しんでません?」
「いいだろ。別にトリスタンやシビルの死を冒涜しているわけじゃねい。こんな状況でも、できるだけ楽しんだ方は得って事」
「そう?」
「そうさ」
ここでクリスは私のデビュー作「探偵伯爵の優雅な推理事情」を取り出した。付箋やしおりも挟まれ、小口が黒くなっている。どうやらちゃんと読んでいるらしく、私は下を向きたくなるが。
「アンナ嬢、この小説では、最後パーティーで犯人はボロをだす。そこで証拠が出てくる」
「ええ、クライマックスにパーティー会場にしたのは、本格推理小説で珍しくは無いわ」
「だったら、こうしよう。俺らもパーティーを開くんだよ」
さらにクリスは笑っていた。美味しいステーキでも食べたい後みたいな顔。
「新支配人の就任記念パーティーを開くんだよ。新支配人はお前だ。アンナ嬢だ」
「って私?」
その話題はカフェでもしていたが、クリスは本気らしい。私の目は丸くなっていた事だろう。そもそも男尊女卑の我が国で支配人だなんてアリか?
「そこだよ。ジスランやセドリックは女の癖にって怒りでボロを出すんじゃないか?」
「そうかしら」
本格推理作家の私。そんな怒りで犯人がボロを出すか不明だったが、事件の証拠が何一つ上がっていない今だ。この計画に乗るのもアリ?
どうせこの田舎は無法地帯。フェアプレイなど無意味。本格推理小説では、読者にも情報を提供し、謎解きのフェアプレイの掟がある。例えば「被害者が実は犯人だった」とか「犯人が妖精で特殊能力で人を殺した」等は、読者への情報提供が不親切で、フェアプレイじゃないと言われていた。特に殺害方法などをファンタジー風にするのは御法度で、ちゃんと科学的かつ客観的なトリックを書けと言われている。
無法地帯の田舎で、本格推理作家らしいフェアプレイにこだわるのも、美しい結末が書けないかもしれない。どうせ、この事件もタラント村の時と同じだ。本格推理要素など最初から無いのだ。だったら、この事件のプロットも自由に書いてみようか。私の思い通りに行くかは、何の保証もないが、もう良い子ちゃんは辞めよう。本気でいこう。
「そうね。証拠がないなら、ボロを出させるのが一番ね。そのプラン、乗ったわ」
「よし!」
クリスはガッツポーズを作り、実に楽しそう。私も楽しくなってきた。今は蒼い鳥が見つかったような気分だ。




