第32話 え、犯人が行方不明です?
私とクリスはアサリオン村へ急いでいた。
「早くしろ、アンナ嬢。シビルは逃げるかもしれん」
「わかってるわよ」
馬車から降りると、クリスと二人、別荘地の方へ走り、シビルのバーへ急ぐ。もう夕方だ。空はオレンジ色に染まり、野鳥ものんびりと鳴いていたが、私達は焦っていた。
「ちょっと、二人とも。変装してるけど、どうしたの?」
ようやくシビルのバーに近づいた時だった。隣のカフェ、コレット店長に声をかけられた。コレット店長は閉店準備中らしく、店の立て看板を片付けていたが、私達の様子に違和感を持ったらしい。
「え、なんなの? シビルが犯人だったの?」
事情を軽く説明すると、コレット店はニンマリと笑う。明らかに楽しんでいる。この噂にエメと喜んでいる姿が目に浮かぶが、今はそれどころじゃない。
「おいおい、コレット店長。事件で楽しむなよ。シビルはいるかい?」
「ちょ、クリス。自分の事は棚にあげてよくいうわね」
「まあまあ、二人とも。とりあえずバーに入ってみれば良いじゃん」
コレット店長が先頭に立ち、あっという間にバーに入ってしまった。バーには「準備中」とボードが出ていたが、おかまいなしだ。軽やかな足取りのコレット店長の後に続くが、バーの中は誰もいない。
カウンター席は八席で、広いバーでもない。カウンターのテーブルやスツールも古ぼけ、酒の種類も多くなさそう。成金の父が飲んでいたような酒は置いていない。壁紙も一部剥がれており、典型的な田舎の小さなバーという雰囲気だった。このバーの様子で確信した。シビルに成金風のアクセサリーを買うのは難しい。トリスタン先生や他の男達に貢がせていたとしたら、腑に落ちる。
「あら、残念。シビルはいないの。ねえ、シビルはどこに行ったのよ?」
コレット店長は勝手にカウンターの内に入り、適当にグラスに氷を詰め、一杯飲んでる。あまりにも自由過ぎる様子に、クリスも唖然としていたが、私も気が抜ける。
ここで酒を飲むつもりはないが、カウンターの内へ入る。何か手掛かりがあるかもしれない。
酒を飲み、さっそくクリスに絡み始めたコレット店長を無視し、適当に棚を漁る。カクテルやスイーツのレシピ帳、帳簿も見つかった。
「証拠が出てきたわよ」
私は帳簿を引き抜いてコレット店長やクリスに見せた。帳簿は二種類あった。一種類はバーのもので、お金の流れは綺麗だったが、もう一種の帳簿はいいものではなかった。
男達から貢がれたお金が全部記載してあった。お金だけでなく、アクセサリーやバック、服などの貢物の記録もあり、げんなりとした。
「わお! これ、トリスタン先生、ジスラン支配人、セドリック料理長、ロドルフ先生から受け取ったお金やプレゼントの記録! やっば! シビル、一体いつからこんな……」
最初は騒いでいたコレット店長だったが、腐っても女だ。同じ女として思うことはあったのだろう。言葉に詰まらせていた。
クリスも複雑な表情だ。「俺だったら女をこんな扱いにしない。理解できねぇ」と小さく呟いている。クリスも案外、潔癖だったらしいが、これは大きな証拠だ。一旦、コレット店長に帳簿を預け、シビルを探す事に。
バーを出て、別荘周辺の森を探すが、シビルの姿はどこにもない。
「どこ行ったのよ、シビル」
さすがに焦ってきた。帳簿は細かかった。カツラの経費もちゃんと計上し、女性の自立支援団体に寄付している箇所もあった。シビルも我が国の男尊女卑に思うところがあったらしい。根っからの悪人には見えない。
「焦るなよ、アンナ嬢。そう遠くには行っていないはずだ。バーの鍵もかけていなかった。それにどこか逃げるんだったら、あの帳簿も持っていくだろう」
「確かに」
「こんな時こそ冷静になれよ」
言葉は命令系だったが、クリスの声自体は優しく私も冷静になってきた。
「アンナ嬢、私も協力するし。この村人の噂だったら、私よ」
それに再びコレット店長と合流した。カフェの閉店準備の為、一旦私たちと離れていたが、事件が気になって仕方ないらしい。首には望遠鏡もぶら下げ、右手には噂のノート。どうやら、私達よりやる気満々らしい。
これは頼もしい味方だ。私はコレット店長にシビルがいきそうな場所を予想してもらう。
「そうね。湖じゃない」
「なんで?」
「アンナ嬢の言う通りだよ。なんで湖か?」
ここでコレット店長は噂ノートを見せつけて、自信満々に胸も張る。
「湖周辺で蒼い鳥を見たっていう目撃情報があるのよ。シビルは探しに行ったんじゃない? あの子、案外、蒼い鳥の行方が気になっていたからね」
これはコレット店長の予想を信頼してみるか。クリスも賛成し、三人で湖へ向かう。
夕方とはいえ、湖周辺は観光客も多い。私達は観光客に聞き込みをしながら、シビルの行方を追う。今のクリスは野暮ったく変装はしていたが、見た目の良さは隠せないらしい。特に女性の観光客は顔を真っ赤にさせながら、警戒心をといていた。
すぐには目ぼしい証言はなかった。シビルは男装している可能性もあり、その事も聞き込みで聞くが、なかなか思い通りの証言は無い。
「その少年っぽい人? なんか昼間、湖の森の方に入っていくの見た気がする」
そんな中、観光客に一人から証言を得た。どうやらシビルは男装バージョンの時に行方不明になったらしい。
もう陽は暮れかけていた。空はオレンジ色から藍色に変わっていくが、ここまで来て帰る選択肢はない。クリスとコレット店長と共に、湖の奥の森に入る。
この森、夕方のせいか余計に薄暗い。人気もなく、しんと静か。
「確かにこの森は、幽霊が出るっていう噂もあるからね。地元民でもあんまり近づかないのよ」
コレット店長はノートを捲りつつ、全く怖がってなさそう。ずんずんと森へ直行。私も特に怖がっていないが、クリスはなぜか私の前に立ち、全く先を歩かせてくてない。
「もう、なんなの」
クリスの背中を見ながら、仕方なく、ついていったが。
「あれ!」
コレット店長は望遠鏡を覗き、大声を上げた。同時に野鳥の声も響く。可愛い野鳥の鳴き声ではなかった。むしろ、子供も泣き声にも似たような音だった。
なぜか鳥肌がたつ。嫌な予感がする。気づくと、手のひらに汗で滲んでいたが、コレット店長が走り出し、クリスも追う。
「ちょっと、みんな、どうしたの?」
わけもわからず、二人についていくが、嫌な予感は増していく。コレット店長やクリスの様子がいつもと違うからだろうか。
「アンナ嬢、ここからは見るなよ」
「そうね、アンナ。見ない方がいい」
二人は急に壁になってしまった。なぜか前方は全く見えない。
「どういう事?」
状況が掴めず、私の声は情け無い。
「アンナ嬢、見るな。シビルの遺体がある。男装姿だがな」
「え?」
我が耳を疑う。クリスの言葉は全く信じられない。
「この様子だと、自殺かしら……」
コレット店長の声は、震えていた。こんな事は珍しい。あんな噂好きで、勝手にバーでお酒を飲むようなコレット店長が、こんな弱い声を出すなんて。
「ど、どういう事……」
クリスが壁になっているせいで何も見えない。何が起こっているのかわからない。それでも一つわかる事がある。
どうやら犯人は死んだらしい。




