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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第17話 恋は人を変えます?

「男色は貴族社会でも珍しくはないけどね……」


私の声は小さく、冴えない。


パウラと別れた後は、私たちも蒼い鳥探しにエンジンがかからず、じいやを病院まで送っていく事になった。別荘地から病院までは徒歩で三十分ぐらいだが、いい運動になるかもしれない。


別荘地の森を抜け、農道を歩く。周りは果実は木の実畑ばかり。平和な空気だったが、すれ違う村人の態度は相変わらずだ。クリスもいるので、石を投げられる事はなかったが、小声で噂されている模様。もちろん悪い噂だろう。


ロドルフ先生が他人目を避け、森の中で会っていた理由がわかる。こんな村で男色の噂がたとうものなら、生きていけないかもしれない。


「じいやはあんまり驚いてないね?」

「そうだな。まるで知っていたみたいだ」


私とクリスはじいやの異変に気づく。思ったよりロドルフ先生の一件に平然としていた。もっとも、男色などは貴族社会では珍しくなく、長年生きてきたじいやは色々と世間を見てきたはずだが。


「実はですね……」


じいやは言いにくそうだったが、病院内ではロドルフ先生の噂が広がっているらしい。看護婦たちもロドルフ先生が美少年と付き合っていると、ニヤニヤ妄想を楽しんでいるという。


「そうなの? こんな村で男色なんて噂たったら、生きていけなくない?」


私の目は丸くなってしまうが、思えば、令嬢の中では男同士の恋愛妄想を嗜む層も多かった。それにロドルフ先生は典型的なイケメンだ。そんなレディ達の需要は十分に満たせているかもしれない。


「いや、女ってなんなんだ? どういう生き物なんだ?」


こんな話にクリスは珍しく慌てていた。確かにこんな話、いくら極悪経営者でも耳に入れたくないだろう。三人の空気は微妙だ。


こうして私たちの話題は全く盛り上がらず、足を進め、湖の側まで来ていた。今日は比較的、観光客も少ないらしく、周辺の屋台も静かだったが、蒼い鳥がいる様子もない。結局、今日はパウラの失恋が確定しただけで、徒労に終わったらしい。


とりあえず、この疲れは癒そう。売店で果実のジュースを購入し、湖の近くのベンチに腰を下ろす。


「しかし妙だな。そのロドルフっていう医者は噂を訂正しないんか? 野放しか?」


ホッと一息つくと、クリスは首を捻っていた。


「そう? 噂なんていちいち訂正しても無駄でしょう」

「お嬢様の言う通りですよ。それに噂も事実だから、放置しているんでは?」


私とじいやに突っ込まれても、クリスは腑に落ちないようだった。


「まるでわざわざ男色のふりしている感じだよな。あの男の目、男好きって感じがしない。むしろ女の方が好きでは?」


クリスはまだそこにこだわっていた。私は男でもないので、わからない。そんなフリをしてロドルフ先生が得する事は何?


「でも、待って。クリスの言う通りかも? 例えば他に訳アリの女性と付き合っていて、わざと噂を流してるとか?」


そうだ、森の中とはいえ、白昼堂々と少年と密会する理由は何だ?


これは事件と関係がある?


わからない。


推理で頭が煮詰まった時だ。顔を上げると、マーガレット嬢がこっちを見ているではないか。偶然出会ったとはいえ「ひっ」と息を飲んでいる。清楚なお嬢様風ワンピースも台無しの顔。自分のした事の自覚はありそうだが、クリスは容赦しなかった。


マーガレット嬢を追いかけると、壁のように立ちはだかり、冷たく見下ろしていた。他の観光客の視線も無視し、マーガレット嬢の一家が経営するホテル等も買収すると宣言。その上、アンナ・エマールの嫌がらせの罪も公表し、王都から追い出すとハッキリと言っていた。


「クリス様ぁ。そんな、どうして? うわあああん!」


こんなクリスにマーガレット嬢は腰を抜かし、子供のように泣いていた。クリスの対応は極悪だ。マーガレット嬢の方に同情してしまうぐらい。


じいやもマーガレット嬢に同情し、ハンカチを差し出していた。じいやは優しい。じいやには子供みたいにボロボロに涙を流す。


「だって私、クリス様のことが好きだったんだもん! 蒼い鳥を探して恋を叶えたかった!」


マーガレット嬢は鼻水もたらし、顔も余計にぐちゃぐちゃ。清楚なお嬢様の姿は完全に消えた。見ていられない。さすがのクリスもゴホゴホと咳払いしている。


「アンナ嬢が殺人犯の濡れ衣を着せられてチャンスだと思ったから! このまま疑いが晴れなかったら良かったよ!」


マーガレット嬢はカフェなどに潜入し、村人とも仲良くなり、私のひどい噂を余計に広めたと告白。チラシを作ったのもマーガレット嬢。


私はその行動力にため息が出る。清楚なマーガレット嬢という過去は嘘のよう。中身は案外、芯が強いのかもしれない。あるいはクリスへの恋心がマーガレット嬢を変えたのかもしれない。恋は人を変えてしまうものなのか。


じいやは優しくマーガレット嬢を宥め、どうにか彼女も落ち着いてきたが、恋とは何?


こんな人を変えるものか?


隣にいるクリスも、単に性格の悪い人から極悪経営者に進化中。文壇サロンのおじ様に代わりに復讐してくれた訳だが、私のためにそこまでする?


こんなにも人を変えるもの?


わからない。恋愛偏差値ゼロの私は、そんな恋など怖くもある。推理みたいに綺麗な答えが出そうにない。それも怖いが、まずは事件だ。恋の謎よりも、トリスタン先生の事件を先に解こう。


私は顔をあげ、子供みたいなマーガレット嬢に向き合った。向こうは後退り、逃げようとしたが、首根っこを捕まえ、真っ直ぐにマーガレット嬢の目を見つめる。自分は決して逃げないという意思を込めて。


「マーガレット嬢、私はあなたのした事、全部許すわ」


私の発言にマーガレット嬢は絶句。よっぽど驚いていたのだろう。ぴたっと涙が止まっていた。クリスも口をぽかんと開け声も出ていない様子だっが、こちらも無視。じいやだけが私の意思を察し、ニコニコ笑ってる。さすが長年私に支えてくれているだけある。


「その代わり、事件調査に全面協力してね。まずはマーガレット嬢が親しくなった村人を紹介して」


私もじいやと同じように笑う。怒りや恐怖だけでは人をコントロールできない。優しさも時には必要だ。犯罪心理学の本にも書いてあった。優しくした方が犯罪者が自供するケースもあるらしい。推理小説を書くために読んでいた本だが、どこで役に立つかわからないものだ。


「わ、わかったわよ!」


マーガレット嬢が折れた。これから親しくなった村人を紹介してくれるらしい。


「お、俺の出番ない感じか?」


クリスは不満そうだったが、マーガレット嬢一族の会社買収、王都追放の話題も白紙になった。とりあえず事件解決するまでは。極悪なクリスも優しいところがあるらしい。


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