第6話 それでも陽が昇ります
どんなに状況が悪くても明日がくる。それでも陽が昇る。
私はシャルルの管理人室で寝過ごしてしまい、窓から差し込む朝日で起きる。時計を見ると、まだ六時すぎだったが、こんな眩しい朝だ。わざわざ現状を考えたりするのも馬鹿馬鹿しい。
井戸水をくみ、洗面所に持っていくと顔を洗う。井戸水は王都のそれより明らかに澄んでいた。化粧品を塗らなくても、水だけで何とかなりそう。
じいやも執事室から起きてきて顔を洗っていたが、当然、朝食はない。食糧庫も一応調べたが、調味料とドライバーブ、全く良い匂いのしないお茶類しかない。
という事で食糧を探しに行く他ない。昨日決めた通り、私が森へ木の実を探し、じいやが川に魚釣りに行く事になった。
さっそく物置から釣竿、バケツ、バスケットなどを探した。運が良かった。これさえなかったら、かなり崖っぷちの状況だっただろう。
「そういえばクリスは釣り好きだったはずです。良かったですね、お嬢様」
じいやは釣り道具を背負いつつ、笑顔だ。
「そう? 初耳だわ」
「とにかくお嬢様、今は食糧ですよ。探しにいきましょう!」
「ええ」
という事でじいやは川へ、私は別荘の近くにある森へ。
さほど大きな森でなく、側にある民家もよく見えるような森だ。迷ったり、クマが出る可能性は低そう。
私はバスケットを担ぎ、どんどん森の中へ。木の匂いや鳥の鳴き声が目立つが、昨日の村人の仕打ちを思い出すと、自然環境の方が幾分優しく見える程だ。
推理マニアとして子供の頃から森で遊ぶのが好きだった。平時だったら毒草や毒キノコを探しに行きたいところだけど、今は木の実や木苺などをせっせと収集していた。食べられそうなハーブ類も見つけ、毒草や毒キノコも避けられた。
毒草や毒キノコは採取された形跡はなかった。それどころか人の出入りも少なそうな森。ここで村長殺害の毒を入手された可能性は低そうだ。毒殺かどうかは知らないが、ある程度は検討がつけられた。もしかしたら毒殺ではなく、刺殺、撲殺など暴力性の高い殺害方法の可能性もあるだろう。まずは推理作家として村長殺害方法を調べたいところ。
「推理なんてやめろ」と文壇のおじ様達に見下されてきたが、何の知識が役立つかわからないものだ。
もちろん、推理小説と実際の事件は別物だが、今までの私の知識が役立つ時がくるだろうか?
そう思うと、昨夜の落ち込みは若干減ってきた。文壇サロンのおじ様方を何とかして欺く手段があれば良いのものだ。
「いやいや、今はおじ様方より、シャルルを探すのが先よね?」
はっと気づき、顔を上げた時、森の中に看板が立ててあった。
「何この看板は? え、タラント村ってこんな伝説があるの?」
看板はタラント村の伝説が記されていた。二百年前、大強盗がタラント村に逃げてきたらしい。盗んだ銀貨をタラント村の土地に埋めたという伝説もあり、今でも銀貨が見つかったら一生遊んで暮らせる程の金持ちになれるんだという。数十年前、この伝説を信じた学者や冒険家だけでなく、盗賊も現れ、少し治安が悪くなった事もあるらしいが、現在は概ね平和な土地で、この伝説も風化しているとか。
「まあ、所詮は伝説よね。推理小説でもこういう伝説がリアルになった試しはないわ」
一瞬、伝説を紐解き、埋められた銀貨を探してみたいとも思ったが、今は銀貨伝説より食糧の方が大事だ。それに村長殺人事件の犯人を先に見つけるべきかもしれない。推理作家として、血が騒いでしまうが、毒草や毒キノコの知識をフル回転させながら、食べられるものは何でもバスケケットに詰めていった。
「あれ、森の奥に家がある?」
ずんずんと森の中を進んだが、木々に覆われた家があるようだ。
木造のボロ小屋で不気味な雰囲気が漂っていた。魔女でも住んでいそう。推理作家で変わり者令嬢扱いされている私だが、ホラーは苦手だ。実は子供の頃から怖い話は苦手。
くるっと右に回れだ。不気味な小屋からは離れた。
「わぁ、もうバスケットはいっぱいになったわ。早く帰ろうか」
もう食糧は十分手に入れた。じいやと二人で分け合うと数日は持ち堪えられるだろう。自然の恵みに感謝しつつ、別荘まで歩いていた時だった。
突然、良い匂いがした。パンかクッキーが焼けるような香ばしい匂いだ。
確かに木の実などは素晴らしい。今の状況では自然の恵みだが、良い匂いには逆らえない。
匂いがする方向へふらふらと歩く。思えば昨日、モイーズから貰ったパンや肉料理を食べたきりだった。
腹の虫がなる。口の中はよだれが出そう。美味しいものを食べたくて仕方ない。
村人に出くわす危険は重々承知しつつ、良い匂いがする方向へ歩いていくと……。
小さな小屋があった。小屋といっても屋根にクッキーやケーキ、キャンディのオブジェが飾り付けられ、お菓子の家っぽい。壁もチョコレート色で何とも美味しそうな色合い。
「タラント村菓子工房って言うの? 何、ここは?」
看板にはそう書いてあった。こんな森の中に菓子工房があるのは違和感を持った。村の中央部よりは立地が悪いが、気になって仕方がない。
きっと推理小説だったら、良い展開ではないはず。うっかり犯人と鉢合わせしても不自然ではない。村長を殺害した犯人も見つかっていないだろうが、気になる。
「もしもし、お菓子を売って下さらない?」
私はタラント村菓子工房の戸を叩いていた。