第42話 「俺と結婚しろ」と言われました
別荘に篭り、朝から晩まで執筆中だった。時々、取材の為に外出はするが、万年筆を持ちすぎて指が痛い。指の第三関節あたりが太くなった気がするが、気のせいにしておこう。
原稿用紙も部屋中に散らばる。メモや書き損じもそう。資料は積み上がり、掃除は完全にじいや任せになっていた。といっても別荘はシャルルやオルガも引き続き働いてくれているので、じいやの負担も減ってありがたい。
ありがたい事はそれだけではない。リズのおかげで隣国の出版社から依頼があった。推理小説ではなく、今回の事件のエッセイ連載の依頼だったが、それでも嬉しい。
それにデビューした出版社も、文壇サロンのおじさん達が一掃された。事件の影響だ。文芸誌に休載が相次ぎ、緊急事態だという。という事で干された私にも依頼が入り、この事件をモデルにした推理小説を書いているところ。
主人公のモデルはリズとカリスタだ。村で嫌われている未亡人がカフェ店長とコンビを組み、謎を解く。素人探偵だとバカにされながらも、女性らしい細やかな視点やコミュニケーション力で謎解きする。確かに本格ミステリではない。複雑なトリックもないが、編集部からは話題性もあり、出版した暁には、宣伝費も出してくれる事も約束された。
もちろん、我が国の推理人気が低いが、こういった「本格ではない」推理小説はさほど前例がなく、出版社の営業部も、話題性で売れる可能性を示してくれていた。
より売れるように恋愛描写を入れるよう言われたのは、若干難しかったが、シャルルやロゼルなど恋愛上級者の取材をするつもりだった。
「れ、恋愛描写ね……」
書いた原稿用紙を眺めつつ、恋愛描写は赤面してくるが、小説としては悪くない。
「あれ? なんでクリスの顔が浮かぶの?」
なぜかクリスの顔が浮かんで困る。慌てて原稿に戻る。
ちなみクリスは別荘に行ったり来たり通うようになった。
これにも事情がある。
ロゼルやカリスタが銀貨伝説を調べ、考古学者なども呼び、ピンポイントで発掘したところ、本当に銀貨が出土してしまった。ちょうどオルガの店があった場所にあったらしい。
これのも村は大騒ぎ。取材も押し寄せ、外部の人間もよく来るように。
これに目をつけたクリスはタラント村に小さなホテルやレストランを作ると宣言。村役場のダニエル達も村おこしを開いては失敗した過去があり、これを契機に観光産業にも乗り気。利害が一致し、クリスもこの土地に仕事で来るようになったという。
もっとも執筆で忙しい私だ。向こうも仕事で忙しく、ろくに挨拶すらしていなかったが、今日、夕方。
久々にクリスが別荘に帰ってきた。
「疲れたわー、だいたい仕事終わったが」
庭でため息つきながら、紅茶を啜っていた。庭は最近、シャルルが薔薇の手入れを始めた為、以前よりだいぶ華やかだ。時々、クリスは薔薇を見ながら庭で紅茶を飲むのを楽しんでいる。
「そう。お互い忙しいわね」
私もちょうど作品のキリが良いところで、お茶を飲みたい気分。クリスの横に座り、紅茶を飲む。
ふと、隣にいるクリスを見ると、左手の薬指にまだ指輪がある。
夫婦のフリをした時のダミーに指輪だが、なぜいつまでも外さないのだろう。
この謎は解くべき?
思わず私は眉間に皺を寄せた時、クリスは咳払いをした。そしていつも以上に性格が悪そうな表情を見せてきた。
「そういや、アンナ嬢。俺とした賭けは覚えているか?」
初夏の風が吹き、ざわざわと音が響く。
覚えている。シャルル以外が犯人だったら、私の勝ち。シャルルが犯人だったら、クリスの勝ち。
「覚えてるわ。ギヨームが犯人だったから、私の勝ちでしょ?」
これは胸をはってもいいだろう。
「出版社経営も面白そう。賭けが勝ちって事で、やっていい?」
「あー、うるさい!」
珍しくクリスは感情的だ。せっかく経営者らしくキッチリとセットした金色の髪も、ぐしゃぐしゃとかき、崩してしまう。それだけでなく、ネクタイも外し、シャツの第一ボタンも外し、なぜかイライラとしている模様。
「あんな賭けは正式な文書もない。無効だ」
「えー? それってアリ?」
確かに口約束だ。
「だからアンナ嬢。俺と結婚しろ」
「は!? どうしてそうなるの!?」
賭けに負けたらクリスと結婚。そんな約束もあったが、あれ? 今のクリスの顔が赤い!?
いつも性格悪そうなのに、今だけは顔が真っ赤。それに目も若干うるうるとし、これだとまるで本気のプロポーズ……。
「アンナ嬢、推理しろよ。俺の今までの言動を思い出して推理しろ。どう見てもプロポーズするしかないだろ?」
「え、嘘。本気!? ええ!?」
思わず変な声が出たが、推理作家らしく頭をフル回転。
そもそもなぜか別荘を提供してきたか?
なぜか王都で「おもしれー女」と言ってきたのか。
なぜ結婚しようと賭けをしてきたか。
なぜ夫婦のフリをしたか。
なぜ今もダミーの結婚指輪を外していないのか……。
謎の答えは一個しかない。推理作家らしく客観性を持って考えても、答えは一個。
「俺と結婚しろ。我々、両親とも仲が良い。それに好きに推理小説書かせてやるぞ」
それにはグラリと心が動く。
「もしまたアンナ嬢が干されても、安心しろ。俺が食わせる」
そんな提案、簡単には抵抗できない。それにクリスの顔がいつもと違うのが面白いんだ。
顔も真っ赤だし、目はウルウルと泣きそう。声も震えている。指先もピクピクと落ち着きがない。
いつもの偉そうで性格悪そうなクリスは一体どこ?
思わず笑ってしまう。こんなクリスといたら、案外楽しそうではないか。推理以外でも楽しい事がありそう。久々に胸がときめいてしまうから、困ったもの。
「ええ、少し考えてみるから」
「いや、考えなくていい。今すぐ俺と結婚しろ」
言葉だけは偉そうなクリス。でも顔は真っ赤で明らかに動揺中。
面白い。推理も面白いが、もしかしたら恋愛とか結婚も面白い?
恋愛小説家になるつもりは無いが、今はそれも面白い気がしてた。
ご覧いただきありがとうございます。今回は恋愛要素メインです。恋愛感情も謎解きっぽくしたので、もはやクリスがラスボスというか犯人みたいです。本作はnoteにも掲載中です。noteの方は画像が貼れるので、AIのイラストも載せてます(小説の内容は同じです)。
現在第二部(アサリオン村編)も作成中です。溺愛恋要素大増量予定です。溺愛&執着クリスから田舎に逃げたアンナが事件に巻き込まれます。事件を掘れば掘るほどクリスの執着が深まってしまう第二弾。秋前には連載できればと思います。よろしくお願いします。




