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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第1部・タラント村編

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29/96

第29話 春祭りが始まります

今日は春祭りの日。朝からピカピカに晴れている。


私、じいや、クリス、ダニエルは朝早くから広場へ向かい、サイン会のブース設営準備に追われていた。


といっても、長机と椅子、のぼりを置いただけのシンプルな形だ。オルガやカリスタは菓子の屋台を設営するようで、こちらは大変そうだ。


他にも採れたて新鮮野菜、産みたて卵、羊毛の工芸品など村の名産の屋台も多く準備され、もう既に賑やかだ。


広場の前方にはタラント村の歌やダンスなどの見せ物もあるらしく、そちらの準備も大変そう。ダニエルは私達の準備が終えると、そちらの方に人員応援に行ってしまった。サイン会開始直前までには戻ってくるというが。


残された私達。もう準備が終わったが、長机に並べられた私の既刊本、サインペンを見ながら、緊張感しか持てない。


本当に人が来るだろうか。


それに事件についても進展はなかった。とりあえず動機の方面から洗ってはいたが、二つに絞られた。


一つはロゼルやシャルルとの恋愛トラブルが動機。第一容疑者は行方不明になっているシャルル。


もう一つの動機は、銀貨伝説にまつわる事。行方不明のコリンかシャルルの遺体をあの森に埋めた。それが銀貨伝説で土地を掘り起こそうとした村長を恐れ、殺した。筋は通るが、容疑者の絞り込みまで行けていない。コリン失踪事件も謎が多いが、オルガの店の嫌がらせも関連ある可能性も高い?


「アンナ嬢、推理の事を考えているだろ?」


思わず難しい顔をしていたらしい。クリスに指摘された。


「そうですよ、お嬢様。今日は読者様に初対面出来る日です。せっかく令嬢風のワンピースを着て、髪の毛も巻いているんですから、笑顔でいきましょ!」


じいやにも励まされてしまった。その通りだ。今日はいつも以上に令嬢風のルックスでまとめたし、推理の事ばかり考えて顔を暗くするのは良くないだろう。


「そうね」


私は頷き、さっそくサイン会の長机の椅子につく。


「今日は推理については忘れておくわ。そうね。笑顔でいく」


無理矢理にでも笑顔を作っていると、少し気分も上がってきた。


なぜかクリスはこんな私を見ながら、ニヤニヤと笑っていたが、やっぱりバカにしている?


それでもいいか。クリスの根は悪人では無い事は知っているし、今日はとにかく春祭りを楽しもう。


天気も良い。ピカピカに晴れている。風も心地いい。


そうして春祭りが開始した。まずはダニエルがやって来て、サインもせがんで来るではないか。


「ちょっと、ダニエル? あなたは今日スタッフでしょ? そのスタッフという腕章とバッチは何なの?」

「いえいえ、やっぱりA先生のサインが欲しいです!」


涙目で訴えるダニエルに呆れてくる。クリスだけでなく、じいやも咳払い。珍しくじいやも呆れているらしい。


「わかったから。とりあえず練習用で書くわ」


という事でまずはダニエルにサインをしてやった。


「マジ嬉しい! じゃあ、あっちの人が多いところでチラシ配って来ますから!」


そうして飛び跳ねるように喜ぶと、サイン本とチラシを持って出て行ってしまった。


もっともダニエルが消えると予想通り、客も誰も来ない。他の屋台は盛り上がっているが、私達のブースは閑古鳥。ステージ方面では音楽で賑やかなのに、ここは静かだ。


「仕方ないな。俺もチラシを配ってやるぜ」


クリスもチラシを持ち、ステージ方面に行ってしまう。


残された私とじいや。


「これ、人は来るかしら?」

「大丈夫ですって、お嬢様!」


ちょうどじいやに励まされた時だった。オルガが来てくれた。


「オルガ来てくれたの!?」


思わず歓喜の声をあげてしまう。オルガは屋台の品物もほとんど売れきれになって来たという。


「すごいじゃない、オルガ」

「うん、ギヨームがいっぱい買ってくれたの。今日はギヨームのお家に親戚の人もいっぱい来るからって」

「へえ」


そんな話題をしつつ、オルガの名前と私のサインを本に入れていく。


「わあ、すごい。ありがとう!」


オルガが笑顔で帰っていった。


「お嬢様!まずは大成功ですよ!」

「じいや、ありがとう!」


こうして自信もついた私。クリスが呼んで来た村人達へもサインをしていく。


「えー、推理小説なんて難しいよ。頭痛くなりそ」


なんて正直に言う村人もいたが、私がサインを書くと、意外と喜んで帰っていく。おそらく春祭りのムードに押され、機嫌が良いのかもしれない。


他にもカリスタやリズも来てくれた。村でもそこそこ関わりがある人物なので、特に緊張せずにサインしていくが、ここで人が途切れてしまった。


また閑古鳥だ。そうは言っても準備した本はだいぶ減っているし、不人気推理ジャンルを考えれば、御の字か?


「お嬢様大丈夫ですよ。これだけはけたら問題ありません!」

「いいんじゃないか? アンナ嬢、手は痛くないか?」


じいやはともかく、クリスが私の手を心配している?


予想外の発言だ。あの嫌味っぽいクリスからの言葉には思えず、私の目はさぞ丸くなっていた事だろう。


ちょうどその時だった。


ギヨームがブースに立ち寄り、クリスから目を逸らす。正直、いろんな意味でギヨームが来てくれてホッとした。


「アンナ嬢。こんな本格ミステリを書いていたの? そんな風には見えないね?」


ギヨームは私の既刊本を見ながら呟いていた。


「すごいじゃないか、アンナ嬢。サインをしてくれ」

「ありがとう」


見た目は暗そうなギヨームだったが、物腰は柔らかく、私も上機嫌でサインを書く。


「アンナ嬢は村長事件をどう解く? こんな推理作家なら何か解決出来る気がするよ」

「そう? でもシャルルが犯人かしらね?」


銀貨伝説の事はまだ確証はない。そこは伏せつつ、サイン本を手渡した。


「ありがとう、アンナ嬢」


ギヨームは手を振り、去っていく。


「あいつ、なんか胡散臭いな」


クリスはギヨームの印象が悪いらしい。


「サイン本貰う時、アンナ嬢の指触ってたぜ。あいつ、本当は見た目通りの男じゃね?」

「何言っているのよ、クリス」

「そうですよ、人を見た目で判断してはダメですって」


私とじいやは文句ばっかり言うが、クリスは意外と頑固だった。


「いいや、俺はずっと経営者としていろんな人にあってる。大概は見た目通りだ」


クリスはステージ前方で警備しているモイーズを指差した。


「あいつもデブだろ。おそらく自己管理もできず、仕事もできない。現に、シャルルすら捕まえられていないじゃないか」


悔しいが、クリスの発言は否定できなくなってきた。


現に私も今、令嬢風の外見に変えている。ノーメイクでボサボサな髪は、あらゆる意味で損だ。誰かの為というより、自分の身を守る為。それすら怠ってしまう人は、確かに内面が外見に反映される?


人は見た目通りか?


そう思った時だった。全く予想外の人物が私の前に立っていた。


「アンナ嬢、久しぶりだな」


目の前には口髭を生やし、仕立ての良いスーツを着込んだおじ様。髪もきっちりまとめ、上品な雰囲気だ。この村では浮いたルックスだった。


「私は作家のセニク・バラボー。アンナ嬢、覚えているな?」


セニクは笑顔だったが、目は全く笑っていない。


そう、この男は文壇サロンの大先生だ。「推理なんてやめろ」と言い、私にセクハラし、追放した張本人。


「そうか、サイン会か」


セニクは優雅に微笑む。その顔だけ見れば、とても暴言やセクハラに無縁だろう。


やっぱり人は見かけ通りではない?


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