第30話 波乱のサイン会です
「皆さーん! 聞いてくださいよ、私は作家のセニク・バラボーです!」
あろう事か、セニクは警備員から拡声器を借り、演説を始めてしまった。
悔しいが、セニクは人気作家だ。冒険、歴史、ファンタジー小説を執筆し、根強いファンも多いだろう。ベテランの文鎮とも言って良い。
「私は村長選挙中のギヨームの応援に来たんですよ」
ここでセニクは笑顔。実に嘘くさい笑顔だったので、私だけでなく、じいやもクリスも引いていたが、純朴な村人はすっかり騙されららしい。ギヨームの応援演説を聞き入り、歓声や拍手まで上がっている。
「お嬢様、まさかセニクがギヨームの親戚だったなんて」
じいやはこの展開にオロオロ。
「そういや、苗字が一緒だな。っていうか、突然演説始めていいんか? 当のギヨームは困惑しているんじゃねーか。変なオッサンだな」
一方、クリスは吐き捨てていたが、私はセニクの顔など直視できない。
文壇サロンでのアレコレを思い出し、背中がうっすらと寒くなってくるぐらいだ。
「まさか、何でこんな田舎まで……」
その私の声は震えていただろうが、巡り合わせの悪い不運と思うしかないのか?
しかし、セニクはギヨームの応援演説だけしに来たわけでは無いらしい。
一瞬、私たちのサイン会ブースを一瞥すると、ニヤリと笑う。
「実は私、このアンナ嬢の師匠でもあるんです」
なぜかセニクは私の話題を持ち出し、師匠だと嘘までついてきた。
その声はあまりにも堂々とし、村人は誰も疑っていない。クリスはセニクをキツく睨みつけてはいたが、セニクの演説はクライマックスへ。
なんとセニクは私が盗作したと涙ながらに訴え始めた。もちろん嘘。逆に私の推理小説が彼の名前で出版された。何も知らない村人たちはこんな裏事情は知らないだろう。セニクの嘘をころっと信じてしまい、ブーイングまで起きている。
ポップコーンやクレープのゴミをサイン会ブースに投げられた。サイン本も飛んできて、角に当たりそうになったが、クリスとじいやが壁になってくれ、どうにか避けられたが、これは全く笑えない状況だ。
「皆さーん! 私はこの令嬢に盗作されたんです。この令嬢は嘘つきです! 詐欺師です!」
そこまで言われたら、何か反撃するべき?
しかし、文壇サロンでのセクハラがフラッシュバックし、声が出ない。喉に石が詰まったみたい。パクパクと口は動かしているのに、何の音も出ないから。もどかしい。
「セニクさん! 今は春祭り中です。選挙運動は後日広場でやりましょう!」
役所のダニエルもこの騒ぎにかけつけ、セニクは止めようとしてきたが、小賢しい理屈をいくつも並べ、まるで焼け石に水状態だった。
「セニクおじさん、い、今は選挙運動は控えて。春祭中だよ」
ここで助け舟を出してくれたのは、意外な事にギヨームだった。
「僕の立場もあるから。お願いしますよ」
そう頭を下げるギヨームは、どこから見ても良い人だった。オルガがそう評価する気持ちもわかる。クリスはなぜか舌打ちしていたものだが、セニクはここで退散。
退散する途中、サイン会ブースにもわざわざ来ていたが、嫌味を忘れない。
「アンナ嬢、干されたのにご苦労な事だな」
その白い歯もへし折りたい衝動に駆られたが、じいやに腕を掴まれた。
「お嬢様、大丈夫。我慢ですよ」
「う、じいや……」
目の前の優しいじいやの笑顔を見ていたら、急に頭は冷静になってきた。
一方クリスの目が座っている。じっとセニクを見つめ、口角だけ上げて笑った。
「おっさん、俺の名前は知ってるか? クリス・ドニエだぜ」
セニクはここで絶句し、尻尾を巻いて広場から逃げていく。
「嫌なオッサンだな。あいつの親戚がやってる会社の人脈、全部こっちが引き抜くかね? それぐらいやっても良いだろう」
クリスは腕を組み、恐ろしい事を言っていたが、気が折れた。
まさかセニクガタラント村までやって来るとは。あまりもの巡り合わせの悪さに、気が折れる。その場にしゃがみ、頭を抱えてしまった。
その後の記憶はない。本当は村長殺人事件の犯人だって見つけないといけない。それなのに、気力が全く出ない。
「お嬢様!」
「アンナ嬢!」
じいやとクリスの声が遠くから聞こえてくるが、だんだんと遠くなる。日差しも眩しく、頭も重い。胃がぐるぐるとし、吐きそうだった。




