第23話 追放先に味方がいました
「ファンです! A先生の推理小説が大好きだったんですよぉー!」
目の前にいる男は、興奮気味だった。鼻の穴は膨らみ、目もキラキラとしている。いや、キラキラというよりギラギラか?
なぜか蛇に睨まれているカエルにような気分になったが、彼は押しが強い。サインしてくれ、サイン会も開いてくれと大騒ぎ。
広場は選挙演説中だ。多くの村人は演説に集中してしまっている為、この男の声は適度にかき消されている。当然、私達の方に注目する者などいない。
「ちょ、落ち着いて。あなた、誰ですか?」
そう言うのが精一杯だ。
男は赤毛、そばかす。安物だが、一応スーツ姿だったので、農民や市場の者ではないだろう。役所の人間かもしれない。年齢は二十三ぐらいか。私と同世代だ。私が子供の頃、我が国でも一瞬推理小説がブームになった時があった。もしかしたら、この男も当時、初めて推理小説に触れたのかもしれない。
私は推理作家らしい観察眼でこの男の属性を考えたが、名前まではわからない。
「あの、落ち着いて。名前はなんです?」
大きめの声を出すと、ようやく彼は落ち着いた。そばかすが浮く肌をハンカチで拭うと、名刺をくれた。
名前はダニエル。役所の広報課、文化課、生活課など所属しているところが多岐にわたる。
「役所の何でも屋って感じに便利に使われてます!」
「そう」
ダニエルは犬っぽい素直な雰囲気だ。尻尾が見えそう。確かにこのキャラクターなら、職場でも何でも押し付けられているのを察したが、本人は笑顔だ。
今も広場で選挙演説の警備や誘導その他諸々の雑務をやっているらしい。
「へえ……」
これは本格的に職場で良いように扱われているらしいが、本人は笑顔で「お仕事楽しい!」と言っている。本人が幸せならそれでいいのか?
しかしダニエルは一体どこで私を知ったのだろうか。王都でも読者に会う事なんて全くない。担当編集者によると、推理のトリックや誤字脱字について批判の手紙はよく届いていたらしい。
我が国では推理小説は不人気だったが、一部強烈なファンはいる。いわゆるヲタクだ。そんな読者層を敵に回すのが面倒にもなり、どんどん推理小説は不人気になっていったという背景がある。
そんな事を思い出しつつ、さらにダニエルを観察。そこまでのヲタクではなさそうだが。うっかり推理小説の話題で盛り上がり、何となく打ち解けてしまった。私の事も村で噂となっており、ついつい話しかけたという。
「全く文壇サロンのおじさん達、ひどいっすね。俺もグーパンしに行きたい!」
それに追放の件も同情して貰い、ダニエルは敵ではなさそう。村長の事件も未解決だ。安易に味方認定はできないが。
「やっぱりこの村でサイン会、開きましょう。ちょうど春祭りもありますし、そこでやりましょ!」
「ちょ、勝手に話を進めないでよ」
ダニエルは押しが強い。それに手がかりが見つかり、ロゼルに会いに行く予定だ。こんな所で立ち話している場合ではなかったが、ちょうどその時、クリスがひょっこりと現れた。
「アンナ嬢、何をやってるんだ?」
相変わらず嫌味っぽい表情だったが、手短に事情を説明した。ロゼルの件も話した。
「へえ。俺はクリスだ。よろしく」
「よろしくお願いします!」
クリスとダニエルも自己紹介を交わしていたが、いつもよりクリスの表情が硬い。目も据わっている。機嫌でも悪いのだろうか。
一方、ダニエルは空気が読めない。相変わらずサイン会のごり押しをしてくる。正直、ファンがいる事は嬉しいが、わからない。こういう時、どう対応するべきか、文壇サロンで叩かれていた私には全くわからないが、クリスが助け舟を出してきた。耳元で小声で言ってきた。
「こいつと取り引きしろ。ロゼルと会えるように頼むんだ。サイン会を了承する代わりに」
クリスの声は低めで、何故かいつもより真剣らしい。
「サイン会なんてできないわよ」
作家業といっても執筆作業は基本的に引きこもりだ。取材中は出かけるが、サイン自体も作っていないし、私のサインに価値があるかわからない。
「そんな事ないですよ! Aさんの推理小説は面白いですって。自信もってくださいよ!」
「そうだぞ、ダニエル君の言う通りだ。サイン会やれ」
クリスの命令口調にイラッとしかけたが、本心では口調と全く違う事を思っているかも?
そんな気がした。
それに事件の手がかりも見つかる? サイン会に来た客に色々と話を聞く事は出来る?
「わ、わかったわ……」
承諾したと同時にダニエルの歓喜の声が響く。春祭りの企画や運営もダニエルが仕事でやっているので、後日打ち合わせも決定。
同時にロゼルに会えるようアポを取ってくれるという。
「たぶん今行ってもロゼルも仕事で忙しいです。俺が話して約束の時間とった方がいいでしょ」
結局、ロゼルの件もダニエルに任せられるらしい。
「じゃあ、俺は仕事があるんで!」
ダニエルは腕時計を見ながら、広場の前方の方へ駆けていく。
残された私とクリスは顔を見合わせた。今のクリスは機嫌が直ったようで、口角を上げていた。ニヤニヤといつものように若干嫌味ぽくはあったが。
「アンナ嬢、サイン会楽しみだな」
「そうかしら?」
人前に出るのは得意ではない。でも、これも事件解決への伏線と思えば、乗り越えられる?




