第21話 被害者の秘密が分かりました
別荘の客間はリズの湿っぽい泣き声が響いていた。
「わ、私は悪くない!」
鼻水も流し、顔も髪もぐちゃぐちゃだった。泣き、叫び、怒鳴り、興奮状態ではあったが、発する言葉は二種類しかない。「私は悪くない」と「白警団に連れて行かないで」の二つ。
リズの声を聞きながら、頭痛がしてくるものだが、じいやは冷静だった。リズを宥め、温かい紅茶を飲ませるところまで成功していた。
じいやは私が幼子の時から仕えている。もしかしたら、幼子のような癇癪や泣き声は慣れたものかも。
一方私は、さすがにリズの泣き声にウンザリとしてしまい、クリスの部屋に向かった。
今日、クリスは役所に行ったはずなので、その事情を聞こう。
私もリズとの一件を全てクリスに報告した。クリスの部屋も書物が多い。本棚にはびっしりと経営学の書物が並び、机の上も走り書きや手帳もある。もちろん筆記具もあった。
クリスは机の前に座っていたが、私は距離をとりつつ、ソファの方へ座る。一応ドアも開けっぱなしにしているので、リズやじいやの声も響き、ゆっくりと話せる環境ではなかったが。
「そうか。それは確かに村長夫人が怪しいな」
「ねえ、そうよね。あと、村長の私物がないのも気になる。これは単なる物取り?」
自分で言いながら、違和感が襲ってきた。今のところ、物取りには見えない。かと言ってリズが村長を撲殺するのは違和感が強すぎる。引きこもりのリズが殺し屋などを雇う気もしない。
「クリスは、どう思う?」
「さあな。リズを説得して吐かせた方が早いだろう」
「そんな……」
あのリズが素直に吐くだろうか。
明らかに困っている私にクリスはニヤニヤ笑ってる。嫌味っぽいが、もう慣れてきた。
「そっちは役所でどうだった?」
「ああ。ロゼルには会えんかったな。ま、ロゼルは役所の職員らしく、慎ましい生活しているらしい。毎日弁当持参だと。そんな噂は聞いた」
「へえ……」
これが何か事件に関係あるか不明だったが、一応事件の詳細を記録しているノートに書き込んでおいた。今のところはリズが第一容疑者だ。ロゼルもお金や人間関係のトラブルの匂いがするものだが、何の証拠もないので疑えない。シャルルの行方も謎。オルガの工房の嫌がらせも未解決。
「この中だったら、村長夫人を説得する方が早い。さっさとしろ」
クリスのアドバイスは的確だったが、相変わらず偉そう。またカチンときそうだったが、ぐっと飲み込む。
「だったらクリスも協力して。そうね、村長夫人が好きそうなケーキでも焼いてくれない? フルーツたっぷりのケーキ。見た目もいいケーキだったら、少しは落ち着くかしら」
てっきり無理な要望だと思い込んでいたが、何とクリスは二つ返事でキッチンに行ってしまった。
「え、本当? あの人、ケーキも焼けるの?」
信じられないが、とりあえずここはクリスに任せよう。
私はもう一度客間に戻り、じいやと共にリズの説得を試みた。
かれこれ一時間以上、説得していただろうか。じいやはともかく、私が何かいってもかえって怒り散らかされたものだが、キッチンの方から甘い匂いがしてきた。
まさか、クリスは本当にケーキを焼いた?
そのまさかだった。クリスは大きいホールケーキを持って客間にやってきた。デコレーションは地味目だったが、白いクリームが丁寧に塗られ、イチゴも品よく並んでいる。手作り感覚は濃いケーキだったが、甘い匂いは悪くない。オルガの店のものとは見劣りしているが、味は期待できそう?
「あら、ケーキ?」
リズの声は突然弾み始めた。
「ええ、奥様のためだけに焼きましたよ」
クリスは普段の性格の悪さを封印し、リズにケーキを切り分け、紅茶も飲ませていた。じいやもリズの肩や足裏をマッサージし、まるでお姫様扱いしている。王都の貧困街や地方にあるホストクラブという場所みたい。推理小説の取材で行った事があるが、確かに最初はこんな風にお姫様扱いされる。
「まあ、嬉しいわ。じいやさん、もっとここをマッサージして。あとクリスさんのケーキも美味しいわね!」
リズもこれには陥落してしまったのか。泣き止み、笑顔まで見せてきた。
私はこのチャンスを逃さなかった。
「ねえ、リズ。どういう事か説明してくれる? 白警団には言わないから」
それは嘘だった。場合によっては白警団に突き出すつもりだったが、今はこう対応するしかない。嘘も方便だと心の中で言い聞かせる。
「そうだ。とりあえず事情を話してくれ」
「奥様! じいやは奥様の味方ですよ!」
クリスにもじいやにも説得され、ついにリズは折れた。事情を話し始めた。
あの日、旅行から帰ったリズ。本邸で村長が殺されている事を発見した。
リズは直感的に村長の人間関係のトラブルを察した。実際、家の中で取られたものはない。物取りの犯行には見えなかったが、リズは村長の財布を捨て、机の中の私物も全部捨てた後に白警団に通報したらしい。つまり、物取りの犯行に見せるよう隠蔽工作をした。
「何でですか?」
この中で一番冷静で賢そうなクリスに質問され、リズはタジタジだった。時々、言葉に詰まりつつも、理由を話してくれた。
村長は中身は最悪で、特に身内や側近の秘書などとはよくトラブルを起こす。それに不倫の常習犯でもあり、ロゼルの尻も追いかけていたらしい。ロゼルは村長が亡くなる直前まで村長秘書をしていた。
「ロゼルは意外と身が硬かったそう。うちの旦那が貢ぎまくっても、あまりなびかなかった。だから逆に燃えていたらしい」
リズは苦いため息をこぼす。
なるほど村長→ロゼルの矢印は見えた。村長の片思いだったのも事実だろうか。毎日弁当を作るような女だと聞いた。確かに身は硬いのかもしれないが。
「だから夫が殺されたのも、怨恨だろうって思った。でも、でも、そんな事が世間にバレたら……。私はまた村人たちから腫れ物扱い。お高くとまっている村長夫人だと笑われるわ」
だんだんとリズの意図が読めてきた。つまり、世間体を守るために、物取り工作をしたのだろう。
「ちなみに村長の私物は何を?」
とりあえず、ここも気になる。私は事件の記録ノートを捲りながら、尋ねた。
「ええ。ロゼルへのラブレターよ。何枚にもロゼルの胸や脚を讃える文章が書いてあった……。受け取っては貰えなかったみたいだけどね。あと貢いだプレゼントや金額も書いてあってね……」
リズの言葉の後、一同何も言えやしない。微妙な空気が流れる。これは工作してしまうリズの気持ちもわかった。
「シャルルは借金している噂もあった。物取りの犯行だと思い込んだシャルルを疑うのは当然ね。ああ、どうしよう。私、白警団に言うべき? シャルルに濡れ衣着せた?」
私とクリス、じいやは顔を見合わせた。この状況でリズに事情を説明させるのも、ややこしい。それに現にシャルルが行方不明なのも事実だ。リズの工作はグレーゾーン。同情もできてしまうから困る。
「わかった。白警団には言わない。この件は一旦保留でいいか?」
ここで助け舟を出したのはクリスだった。
「その代わり、村長の知っている事は全て吐いてもらおう。そんな交換条件でいいか?」
クリスの助け船は順調だった。リズはこの条件を飲み、村長を恨んでいそうな人や別邸にある私物なども見せてくれるという。
「わかった。協力する」
リズは私達と握手し、取り引き成立だ。この状況ではリズは犯人の可能性は低くなった。
一方、ロゼルが怪しくなってきた。村長にしつこくされ、突破的に殺してしまった。ロゼル本人だけでなく、ロゼルの恋人が村長を殺した可能性だって十分にあり得る。
次の調査はロゼルだ。村長から貢がれたものはどこへ?
村長の秘密も分かってきた。
まだまだ大丈夫だ。推理は順調だ。
「ところで、私もこの余ったケーキ食べていい? 頭使って糖分が切れたわ」
そう言ってリズが残したケーキを完食。他の面々は呆れていたが、このケーキは想像以上に甘かった。




