第11話 魔なるモノ達(1)
宜しくお願いしますm(_ _)m
「遅いわよ。雄字。」
母の腕の中、その声をシンは茫として遠くに聞く。
瓦礫の中から剣を持って身体を生やし、奇跡のように復活した父、雄字の背中。
シンはその“父の背”に視線を奪われていた。
「いやソコは『信じてたわ!』とか、『無事だったのね!』とかさ……!そういう可愛げをくれよレマティア!お前一応新妻なわけなん……ぅおっと……っわけだしっ!」
母の素っ気ない声がけに異議申し立てる父親、雄字。
その様子を見るシンの口は半開きで放置されていた。
呆れていたのだ。
呆れたのはその呑気な受け答えにだけじゃない。
雄字が頭上に掲げる身の丈大の巨剣。
その先にはグラムやキロとは遥かに次元を分かつ、トン単位の超重量生物。
しかもそれは宙空で六本の巨大な脚を高速でバタつかせている。支えるには不安定、いや到底不可能であるはずなのに、多少揺らぐ程度で雄字は体軸を保っていた。
そんな荒業の渦中にいる人間が言える台詞ではないのだ。
だから呆れる。
一体、どれ程に人の域から逸脱してしまったのか。
異世界雄字はもはや、まさしくの人外。
しかし
「新妻?御免なさいね。もうとっくの昔に母親にクラスチェンジ済みなのよ私。ほら昔から言うじゃない?『母は畏し』って。」
「いやそれ『強し』な!」
こんな窮地の中で、母が吹っかける夫婦漫才に付き合う雄字の、ピントのズレた律義さ。
シンの目にそれは
掛け値なしに、格好良く見えた。
シンは不覚にも雄字に見とれてしまう。
そして気付くのが遅れた。
いつの間にか視界の外で、キマイラアグリゲートの六本の脚が動きを止めているのを。
(なんだ?)
シンが不審に思い見上げれば、六の脚は空中で静止…いや、プルプルと震えている。
これは、死の痙攣なのだろうか。
と一瞬思ったが、違う。
魔物の顔中を埋める大小無数の顎が総じて閉ざされていた。
そして、総じて食いしばっている。
元々巨大過ぎた頭部がほんの少しだが、さらにと膨張していくようにも見えた。
これはきっと……力んで、いるのだ。
今から、渾身の『何か』を解き放たんと。
この凶悪極まる生物が解き放つ渾身など、一つしかない。
それは、暴威。
「雄の……!!」字とシンが声を張り上げようとした瞬間。
魔物頭部に生やされていた沢山の触手達。
それが高速に
〈〈〈ブゥッッッ〉〉〉
ブレた。
昆虫の羽音にも似た、空気と耳奥を震わし嬲る音。
その音に倣うようにして、触手達は虫羽のように輪郭を無くし、
魔物の頭上で黒い霞のような残像だけを残す。
それほどの速さ。
そしてその虫の羽音のような音と同時に
〈〈〈!!ジアン!!〉〉〉
『ジュウッ』や『ジュワッ』や『ジュンッ』などの『ジュ』から始まる様々な溶解音が同時に鳴り響く。
天井を堕とされ強制的に吹き抜け構造とされた室内が、それら同時多発音を一音に纏めあげ天を衝く高らかさで大反響させた。
大音。ほぼ衝撃波と読んでいいその波動に体表を打たれシンは一瞬目を閉じてしまう。
そう、一瞬。
しかしその一瞬で視界は大きく様変わりしていた。
再び開いた目に映る室内は蒸気がモウモウと立ち込め、視界があまり効かなくなっていたのだ。
目を凝らす。一体何が起こったのかと。
かろうじてだが可視に成功する。
室内、四方の壁は縦横無尽不規則に走る大きなヒビ割れに覆われていた。
…いや違う、ひびではない。抉られていた。深く。どのようにしてか。
きっと先程高速で振られた幾本もの触手によるものだ。
あれらの先端にあった口から何かが吐き出されたように見えた。
レマティアが言っていた酸による攻撃であるのだろうか。
シンは直に目で見ることが叶わなかったが、その推測は正しい。
全方位の壁は鞭状にしなる弧を描いて飛び散っていった強酸に打たれて溶かされ抉れたのだった。
岩壁に穿たれたひび割れの縁は白濁して泡立ち、先程まで岩の成分であったものをドロリとしたたらせながら、そのひびを現在進行形でさらに大きく、深くしていく。
凶悪極まりない無差別攻撃。
しかしその狂乱の抵抗虚しくキマイラアグリゲートの腹下にいた雄字は攻撃範囲から外れていたようでただの一滴として命中してはいなかったみたいだ……が、
「うおっ!こいつ、血まで酸で出来てんのかよ!?」
その声に誘われ視線を戻せば、凶酸攻撃の難から逃れたものの、別のもので全身を染められた雄字がいた。大剣に抉られ裂けた怪物の腹部からドス紫色の臓物と赤黒い血液が大量に溢れ出ていた。
染められた箇所からはやはり何かが溶ける過程で起こるシュウシュウという音がし、モヤる蒸気が立ち上る。
かかる血液は先程触手が四方に放った酸ほどの凶悪さではなかったののだろう。それとも雄字の高レベルなステータスが裏付ける出鱈目な頑健さが原因であるのか、雄字の肉体は何故か髪の毛一本として溶けていないようであった。
シンはとりあえずの安堵をする。
但し、衣服は別。
ドロドロと溶けて跡形もなくなっていった。
雄字、スッポンポン。
産毛くらいは溶け落ちたかもしれない。やけにツルツルとしてなまめかしく肌が光っていた。
しなやかな肉の鋼を背や尻や腿に蠢かす190cmを超えるツルツルとした巨体裸夫、巨剣を頭上に掲げるの図。
何というか、荘厳。
一瞬、金色に輝く神殿内、その中央に鎮座する彫像をシンは夢想した。その威容は幻想的ですらあった。
しかし
瓦礫の上で踏ん張りヒクヒクとする腿の間、フルフルとする尻の割れ目の下にブラブラと一部分だけシルエットを揺らす雄字の○○袋を垣間見て嫌すぎる現実に引き戻される。
「ヤダ汚いっ」
「非道えな!」
「引っ込めなさいよシンが怖がってるっ」
(いや母さん怖くはないよ引いてるだけ……いやヤッパ怖えわナニあのサイズ?)
「俺、泣くぞ?!」
懲りずに夫婦漫才。シンも力が抜ける。
雄字は軽口を叩きながらこの死闘に興じてさえいるように見せていたが、実はそれ程の余裕は無かった。
軽々と戦闘に相対する姿を装っているのは、どうやら既に言葉を理解してしまっている我が子、シンが心配し過ぎないようにと雄字なりに気遣ってのことだった。雄字自身に確かめる術はないが、その目論見は成功している。
雄字の戦闘センスは分析していた。
この怪物、キマイラアグリゲートは想定以上に強力な魔物であると。どうやらステータスの数値は自分よりも遥か高みにあるらしいことも、大剣伝いに実感する。
一応、剣は腹に突き刺さりはしたが…肉の締まりが尋常ではなく、剣は突き立ったまま留まり背を突き抜けていない。
これ程の超重量、そしてこれ程に暴れ藻掻いていながら。
自重と足掻きによって自ら大剣を腹深くまで受け入れることになり、皮肉にも貫かれてしまう……ということに、この化物はならなかった。
全く呆れ返るしかない耐久性能。
もはや生物の範疇を超えている。
それを受けて実は既に、危険過ぎて普段は封印してしまっている技を雄字は開放していたのだった。封印せしその技の名は、神崎流。だがこれは表向きの名だ。
秘されし実の名は、神裂流と言う。
『神をも裂く』を意味し目標とする古流の剣術。
古流剣術、というよりも古代の剣術。
その起源を辿ればどれ程遡ることになるのか不明とされるほどの。勿論のこと門外不出。いや大袈裟に聞こえるかも知れないが国の暗部組織まで巻き込んでその本性を秘されてきたのだ。
この剣術には十まで数えられる『型』、所謂奥義というものがあった。その内、雄字は17歳という若さで八の型までをも修得するに至る。
神崎家歴代当主を振り返ってもそれは異例過ぎる才能。
事実、地球ではそれら神崎流奥義を八の型までは問題なく扱うことが出来ていたのだ。
しかし地球には無かったこの異世界特有の、『魔力』という概念か雄字という存在に介入してきたことにより、祖父より継承し慣れ親しんだはずのこの剣術は、全くの別物へと変貌してしまった。
コントロールできていたはずの神崎流という技だったものが、剣の天才ですら制御困難な出鱈目な力を持つ怪物と化して、雄字の中に横たわることになった。普段封印せざるを得なくなった所以である。
諸刃の剣。
強大過ぎる力には洩れなくセットととして付いて回るリスクというものがある。という、この諺通りに、今雄字はリスクを既に背負うことでこの窮地を何とかしのいでいた。
高レベルにより得た人外の身体能力。
それが神崎流奥義の発動により『異常』からさらなる『超常』へと高まっていく。
血がボコボコと沸き立つような、不穏なる感覚。
それに引き摺られ凶暴に向けて変容しようとするおのれの精神を雄字はレマティアとの軽口を拠り所として、なんとか押し留めていたに過ぎなかった。
外側にはキマイラアグリゲートという未知の強敵。
内側に神裂流という狂えるケダモノ。
二匹の怪物を表裏にて相手取る。
噛み合わす歯を軋らせる。
危機はまだ去っていない。
むしろ純度を増し、間合いをさらにと潰して家族全員に迫っていた。勿論家族を守り抜く。選択肢はそれしかない。
雄字は心中でわざとらしく自身を揶揄した。
(つくづく、この異世界というのは……何年生きても“異”世界だな。)
違和感。どんなに手を血に染めても
足らない。
馴れない。
その上、今や自分は『家族の大黒柱』というやつだ。
地球では聞き慣れたはずのこの重職……。
……いや、関係ないか。何をするにも同じだ。
ふと気づけば
『いつの間にかの命懸け』
そんな日常。
この物語では異世界モノの『〜系主人公』クラスのキャラを数種類ブッ込んでます。
まずは雄字くん。
彼は『異能なら前世界で元々持ってました』系です。
じゃあシンくんは?
……どうなるんでしょ?