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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第八章 反撃
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第九十八話 <カードゲームの負け>

ネストの町に入ったヒーナは、早速簡単な会議をしてから、兵舎の中二階にある浴場へ向かった。

ここの兵舎は、増改築した為か、一階と二階の間に中二階と呼ばれる天井の低い階が存在する。

そこには、トイレ、食堂、台所といった、直接宿泊場所にはならない施設が詰め込まれている。

浴場と呼ばれるシャワールームもその一つで、垢りと呼ばれるヘチマを乾燥させたものや、柔らかい海綿(スポンジ)、垢落としと呼ばれる木ベラ、木製の柄の付いた布の塊なんかを使って身体を洗う。

予(あらかじ)め、自分が使う分の湯の入ったバケツを持って行って、手桶を使ってそれを汲んでは頭や身体を洗い流すのだ。

最初はこれに慣れず、自分が使う湯の量が分からなくて、足りなくなって給仕係に取りに走ってもらったり、また、多く入れすぎてバケツを運ぶのに手伝ってもらったわりには、半分も使わなかったりした。

しかも、冬はその寒さから運んでいる最中や洗っている最中に湯が冷めるし、身体に流すだけなら、熱い目のお湯にしておかないと、浴場を出た時には身体が冷えきってしまう。


そういった経験を経て今では、髪を洗う量や身体を洗う量までも分かるようになったし、夏や冬といった季節に合わせて、水に混ぜるお湯の量をどれくらいにしたら冷えないか、熱すぎないかを調節できるようになった。


ヒーナは、自分がチェスの為に溜め込んだ戦術の知識や、孫子を知って得た戦略、未来の技術や知恵なんかより、こういった生活で得る知恵や知識の方がずっと尊く価値があるようにも思えた。


浴場を出たヒーナは、髪にタオルを巻き付けて部屋に戻った。

その直後に、ウィルズが部屋の扉をノックして外から話しかける。

「兵舎の外で待っています。裏口から出て下さい」


ヒーナは明るい声で返事をすると、給仕の格好に着替えた。

そして、裏口から出て夜の町に繰り出した。


その昔、この辺りを納めていた神がいた。

その国の首都がこのネストの町であった。

今はネストと呼ばれるその古い町は、当時の最新技術を使って造られている。

上水は地下を通り、下水が堀を通って川へ流れるという珍しい造りであり、堀の水は滞留せずに循環するように出来ている。

二つの中央広場があるのもこの町独自の特徴である。

東側の広場が元々からあった中央広場で、西側の広場は、その昔は国を治める神の住む城があった。

それが取り壊されて広場になったものである。

両方の広場の下には上水の溜め池が広がっていて、この地下の湖は市民の大切な水源で、地下への入口も湖の水質も、市民達がネスト地下水管理組合を作り、協力し合って監視、管理している。


ヒーナの宿泊している兵舎がある東の中央広場から、南へ馬車を飛ばして行くと、古い低層住宅、商店に混じって、新しい三階、四階建ての集合住宅や商店が見えて来る。

暗くてよく見えないが、それぞれ色とりどりの看板が付いていて、昼間は町並みだけでも賑やかに見える事だろう。


馬車は南門へ続く大通りをひた走り、小一時間ほど経ってから、大通りを外れて路地に入り、複雑な道を進んで、建物の間にある空き地のような場所に止まった。

イメルダとウィルズが馬車を降りる。


イメルダは髪を後ろで束ね、白いカッターシャツにオレンジ色のベストを着て、茶色い革のズボンを履いていた。

ウィルズは茶色のチェックのチュニックに黒い革のズボンを履いている。

二人とも軽装であるが、帯剣していた。


ヒーナは給仕係の格好に似つかわしくないという理由で帯剣はしていないが、小さなナイフをウエストのリボンに忍ばせていた。


三人が馬車を下りたここは、ネストの町中で最東南部にあたる地下上水池へ降りる階段であった。


イメルダはランプを掲げると、何の躊躇もなく、真っ暗な地下への階段を降りていく。

赤い光に照らされて、苔の生えた古い石壁が浮かび上がる。


降り始めて間もなく、

「好きな野菜はなんだい?!」

と野太い声が聞こえた。

階下で見張りをしている住民だろう。


「アンチョビ、それにレモンもいい」

イメルダが掠れた声でそう返事をすると、階下にランプの火が灯る。


オレンジ色の光に照らされて現れたのは、歯の抜けた男のニヤリと笑う顔であった。


「おまいさん、イメルダかい?」

男は驚いた声をあげる。


「あぁ。随分と久しぶりだが、一番、勝負をしたくってね…」

そう言うと、男に金貨を一枚渡す。


「後ろのは?」

男がたずねると、イメルダは少し小さい声になって、

「連れがいると儲けが増えるぜ?」

とウィンクした。


イメルダと二人の連れはしばらく、ごうごうと水の音がうるさい地下水路に待たされた。

そして、またさっきの男が帰って来ると、今度はもう一人、髭にミツアミの男が現れた。


「ここの賭場を仕切ってるサンチェだ」

と男が自己紹介をする。


「噂だと、あんたはフランのミツカイに捕まったそうだが?」

と、訝(いぶか)しげにイメルダを見る。


「その噂では、あたいは死んだ事になってなかったか?」


サンチェはそれを聞いて少し驚きながら、

「それじゃあここにいるのは死人かい?」

とたずねた。


イメルダは少し薄ら笑いを浮かべた冷たい表情になって、

「そうよ…死んだふりをして、なんとか逃げてきたのよ。実際、死にかけてこんな声になったけれどね…」

と言いながらキセル取り出した。


サンチェはそのキセルを取り上げると、

「ここじゃ吸えない、水を汚されると困るからな」

と言って、その後ろの二人の若者を見た。


「この二人は?」


「逃げる時に知り合った子達さ。どうも、駆け落ちするらしい。一人はフランの兵士でもう一人はフランの給仕係さ。この子たちは足代を稼ぎたいって言うから、ここで一獲千金を狙わせてやろうってのさ」

そう言いながらイメルダはキセルを取り返し、そのまま腰の袋にキセルをしまってから、

「いいだろ?」

とたずねる。


「わかった入れ」

サンチェは短くそう答えると、三人を先導して水路の脇を奥へ進んだ。




ほんの少し行ったところに粗末な木の扉があった。

サンチェはその中に入って行った。

三人も続く。


中は石壁の通路になっている。

その通路を少し行って折れ曲がると、床には赤い絨毯が敷かれ、壁には等間隔にランプが灯っていて明るい。

一番奥には梟(ふくろう)が梢(こずえ)で休んでいる姿を象った紋章の入った扉があった。


――― これが梟党(ふくろうとう)の紋章… ―――


ヒーナはそう思って緊張した。


中に入ると、広いバーのようになっている。

それぞれの机にランプが置かれ、壁にもランプがかかっていて明るい。

テーブルについているのは男女様々で、カードを睨んで苦い顔をしている貴婦人、酒を飲んで笑っている男、真剣な顔でコインを握り締める若者など、皆勝負にのめり込んでいた。


カードを配ったり、飲み物、食べ物を運んだりする薄着の女が、三人を奥の部屋に案内する。

そこは賓客専用室(ヴィプルーム)で、木の天板がむき出しのテーブルには、ランプが置かれ、一人の女性が四方の壁にランプをかけている最中であった。


そこへ、世話役としてサンチェがやってくる。

袖と胸にヒラヒラのあるカッターシャツに黒のベストを羽織り、黒いサスペンダーで吊るしたズボンを履いている。


「ようこそイメルダ様。さぁ、勝負を楽しみましょう」

サンチェはそう言うと、髭を撫でてから慣れた手つきでカードを配り始めた。


イメルダはそれを見てキセルを一吹きすると、

「この場は質が落ちたねぇ…カードをあらためさせもしないのかい?」

と、大きな声でぼやく。


カードを回収したサンチェは、

「これは、失礼しました…」

と言って、カードを表面を上にしてテーブルに置いた。


イメルダはさっと手を出してカードをばらけると、

「前の時はこんな無礼な事はなかったわよ。ここの元締めは梟(ふくろう)でなくなったのかしら?」

とたずねる。


サンチェは冷や汗を流しながら、

「今は白狼党が手掛けています…」

と答えた。


煙を吐きながら、イメルダはカードをテーブルの上に置いて、

「どうりで。あんた、前に見ない顔だものね」

と言ってから、カードを配るように指を曲げて指示する。

「ブラックジャックでいいわ…」

そうつぶやくように言うと、足を組んで、跳んで来たカードを見た。


「梟(ふくろう)の居ない内に、こんな所で商売しててもいいのかしら?」

イメルダの問いに、サンチェは、

「ご心配なく、ここでの営業許可は貰ってるんで…」

と言いながらカードを投げた。


ウィルズはそのカードをめくってみて、眉を動かした。


「あら?梟(ふくろう)がこの町に帰ってきたって話しもあるのよ?だから顔を出したのに…」

とイメルダ。


「それは古い方のアナグラでしょう。連中はそこを改装しているようで、ここで負けの込んだ客を人足として調達しに来ましたぜ」

そこまで話して、サンチェは少し喋り過ぎたかと思ったらしく、苦い顔をした。


イメルダも、その様子を分かったのか、それ以上梟(ふくろう)の話はしなかった。




結局、この日はウィルズが一人で一ヶ月分の手当くらいの金額を負けて三人は兵舎へ引き上げた。


帰りの馬車で、イメルダは金貨を確認しながら、

「対策は出来ましたか?」

と、給仕係の格好をした少女にきいた。


ヒーナは不満そうな顔で、

「…何故、負けの込んだ客を使って人足まがいの事をさせるんでしょうか?」

とたずねる。


イメルダは小さな溜め息をついた。

「ヒーナ様はまだ悪意の使い方を御存じありませんか?」


「悪意…?」


「人には善意と悪意があります。善意で人を動かす事が出来れば、当然、悪意でも人を動かせます…」


ヒーナは眉を寄せた。

「悪意で、人が動くのでしょうか?」


「動きます。むしろ、悪意で動かす方が簡単な時もあります…この場合、負けの込んだ客に借金の棒引きを持ち掛けやれば、一発でなびくでしょう?」

イメルダはそう言って、横目で不貞腐れている近衛隊長を見た。


「えぇ、それはそうなんですが…穴を掘るのなら、別に建築技師や大工を生業にしている専門家を雇った方がずっと効率的でしょ?」


「ヒーナ様、それは表面しかし見ていないお嬢様の考えです…だいたい借金の棒引きなんて美味しい仕事です。ヤバイに仕事に決まってますよ。命に関わる事です…」


窓の外の景色を見ていたウィルズが口を挟んだ。

「完成したら皆殺しとか?」


「賭場(カジノ)を造るだけで、完成したら皆殺しなんて事はないでしょう?」


「じゃあ、完成する前に死ぬ事がある危険な仕事、か…」

ウィルズがそう言うと、イメルダは、「あっ!」と声をあげた。


「そう言えば昔、そこを拡張工場しようとして失敗したとか聞いた事があるわ…穴を掘ったら崩れたとか…」

イメルダがそうつぶやいた時、三人は同時に声を上げた。


その時、丁度、三人を乗せた馬車は兵舎の前にたどり着いた。

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