第六十四話 <同士の激突>
朝日が照らす大地には、三本の物見塔の影が伸びて、その先にあるクワイ軍の陣営を突き刺そうとしているかのようであった。
クワイ陣営のさらに西、遥か地平線の彼方に、砂塵を上げてこちらに向かって来る一軍が見える。
掲げている赤い旗はクワイ軍のものだ。
この分だと、午前中にはこの戦場へ到着しそうである。
それを見てとったのであろうか。
フラン軍はシュルベル砦の西門を自ら開けると、中から騎馬、歩兵、弓兵と、完全武装の兵士達が出て来て、門の前で陣形をつくる。
右軍と左軍に別れている。
そしてさらに、その左右の軍の中で三つに分かれている所を見ると、左右が同格の将に率いられているのであろう。
南側、フランの左軍に白い羽根付きの兜が見えると報告があるから、恐らくは左軍がヒーナ、それと同格の将が率いるのであれば、右軍はレーリンであろうか。
どちらも三千程の軍勢になる。
グロウはすでに鎧を着込んでテントから出ていた。
眼を細めてシュルベルの方を見る。
「予想通りだ…すると、後ろは我が軍に偽装したフラン軍だな…」
そうつぶやくと、自信にあふれた顔で号令した。
「よし、全員出撃だ!テントを畳め!間に合わなければ破棄せよ!」
グロウ率いるクワイ軍はまず、騎兵を先頭にして砦の前に整列し、その後徐々に後退する。
これは砦前に出てきたフラン軍との距離を取る為である。
そして一時間ばかり後退りした後、グロウ将軍は号令する。
「全軍反転!後ろの軍はクワイ軍に偽装したフラン軍だ!惑わされるな!何を言おうとも撃破し、通り抜けよ!」
グロウの軍は反転し、歩兵を先頭にして後ろから来る援軍に向かって突撃した。
「注進!前方よりクワイ軍三千が向かって来ます!」
伝令兵の言葉に、「我らの援軍に感激してのお出迎えかな?」と悠長にガンリョが言う。
それを一瞥して、テムが言う。
「砦の前に出ているフラン軍が怖くなったのでしょうか…」
ジルは眉を寄せた。
武骨な将であるグロウ将軍である。
援軍が到着しているのに、敵を前に一戦も交えず逃げ出すとは考え難い。
また援軍に来たとはいえ、武人気取りの将が、小娘と蔑む相手を出迎えに来るとも思えない。
「軍師二人!出迎えではなく、退却でもないとすれば、何故あの軍がこちらに走って来るのか答えろ!」
ジルは少々焦り気味に早口で叫んだ。
そこに伝令兵がやって来る。
「注進!砦の前にいたフラン軍が三千づつの二軍に別れて此方に走って来ます!」
伝令の報に、ジルがチッと舌を鳴らした。
テムが先程のジルの問いに答える。
「その二つの理由でなければ、援軍と早く合流したいが為とも考えられます。もう一つ、敵軍にすでに降伏しているか寝返っているとも考えられます。攻撃してくるか、してこないかで判明するかと…」
それを聞いていたガンリョが呑気に言う。
「もう一つ、敵の何らかの策略に引っ掛かって混乱しているってのも考えられますね~」
ジルは鼻息を吐いて、「攻撃を受けてからでは遅い…」と、つぶやいた。
「まずは全軍停止させましょう」
と、テム。
それに続いてガンリョが、
「そして密集隊形を取る」
と、言った。
ジルがそのままそれを命じる。
「全軍停止!密集隊形を取れ!」
クワイ軍の伝令が口々に叫びながら四方へ散る。
「ジル様、密集する前に前列へ移動しましょう」
ガンリョがそう言いながら前を指差した。
「何故だ?」
眉間にシワが寄ったままのジルがきき返すと、ガンリョはニヤリと笑った。
「この世でジル様しか出来ない事をするのです。そうすれば、敵味方の分別くらいはつくでしょう」
やがて、密集隊形のクワイ軍にグロウ将軍率いるクワイ軍が突撃しようとした。
その時、突撃を仕掛ける歩兵の前に赤い球が飛んで来て地面に落ち、爆発して火柱を上げた。
グロウの近くで馬を走らせていた伝令兵長が驚いて声を上げる。
「あれはジル様の炎!」
グロウ将軍も「なに!」と、叫ぶ。
「貴様!これでは同士討ちではないか!」
グロウはそう怒鳴ると伝令兵長に戦斧を降り下ろした。
血と断末魔を上げて馬から崩れ落ちる伝令兵長を捨て置いて、グロウは全軍に命じる。
「停止!全軍停止だ!」
しかし、もう少しで突撃という所まで走って来た勢いは急には止まらない。
さらに加えて、命令を伝える為の要の伝令兵の長を斬り捨てたのである。
そう簡単に軍の制御は利かない。
先端がクワイ軍に突入、金属のぶつかる音や何かが潰される鈍い音、それに血飛沫が上がる。
「くそ!」
グロウは味方軍同士が血を流すその凄惨な様子に目を覆いたくなった。
「全軍停止!あれは味方だ!」
叫ぶも遅い。
「何を言おうとも撃破しろ」と、命じていたのが災いして歩兵は止まらなかった。
グロウが行軍の停止を叫び続けてやっと止まろうかという頃、
「よくもやってくれたな!」
という声が聞こえた。
声の主を探すと、自軍の兵士達の間を掻き分けて来たのであろう、血の飛んだ銀色の鎧に身を包み、片刃の曲刀を右手に持った少女が立っていた。
顔の前まで上げている左手代わりの三本の鉤爪は開いており、その真ん中に炎を凝縮したような燃え盛る赤い球が輝いている。
「援軍が来るという伝令があったでしょうに…」
その右後ろを歩くガンリョがそうつぶやいた。
「いや…これは…」
グロウは焦って言い訳する。
「ちょっとした予行演習のつもりだ、問題なかろう?」
グロウがそう言うが早いか、ジルは左腕を降り、開いた鉤爪の真ん中にある赤い球をグロウにぶつけた。
爆発と火柱の轟音に混じり、野太い断末魔の叫び声が聞こえる。
炎の中で馬に乗った黒い塊がもがく姿を、怒りをあらわにした顔でジルは見つめる。
やがて、動かなくなった黒い塊が崩れ落ちた。
それを見届けたジルは力一杯叫んだ。
「謀反人グロウは死んだ!寝返り反逆は死刑に値する!だが、寝返ったのは将のみ、他の兵士に二心があろうはずがない!今、直ちに私の指示に従うなら、反逆の罪は不問にするが、どうか!」
グロウの後ろに従っていた小飼の武将達は慌てて下馬し、ジルの足元に次々とひざまづいた。
「我が軍はジル様に従いまする!」
フラン軍は二軍に別れ、南北から挟撃しようと、すぐそこまで来ている。
再編成の時間はない。
ジルは冷たい目でグロウ配下であった諸将を見下ろし、彼等の指揮をテムに預けた。
「どちらか片方に突撃をかけるぞ!どちらが効果的か?!」
ジルは自陣営に走りながらガンリョにきく。
「フラン軍はこういう時はセオリー通り攻撃的な方を左軍、つまり南の部隊に持ってきているでしょう。敵の剣を制するのが上策ですが、しかし、南に抜けても森に近付く。退路を確保するなら北から来る方を先に蹴散らすべきですが…」
ガンリョはまだ何かを言っていたが、ジルの方が足が早く自軍に到着し、置いていた馬に飛び乗った。
「伝令!密集隊形から私を先頭に方錐隊形に移行!南東へ突撃だ!目指すは第八師団、白金のミツカイの首だ!続け!」
ジルは馬の腹を蹴る。
馬はいななき、土を蹴って駆け出した。
慌てて周囲の兵士がそれを追いかける。
伝令兵が走りながら叫ぶ。
「方錐隊形に移行!南東へ突撃!ジル様に続け!」
駆ける馬の振動を膝と腰で吸収しながら、ヒーナは土煙を上げてこちらに向かってくる一軍を見詰めた。
「ジル…」
思わず敵将の名前が口をついてでる。
「ヒーナ様、相手は方錐隊形に変更して、こちらへ突撃してくるようです!」
ガモが叫ぶ。
ガモの顔を見てヒーナはうなずいた。
右後ろに顔を向けてヤードを見る。
ヤードもまた、ヒーナを見つめてうなずいた。
次に左後ろに顔を向けると、ベッヘルが手のひらをみせて答える。
「全軍速度を緩めて下さい!」
ヒーナが支持を飛ばす。
中央が速度を落としたのを見て、右左両翼も速度を落として隊列を整える。
「相手の突撃は強力でしょう。交わします…左右両翼は前に出て下さい!中央はもう少し速度を落として、突撃してきたところで左右に割れます!」
青トンボの伝令兵が散り散りに駆ける。
「ゆっくりだ!」
「敵に突破させるぞ!」
「クワイ軍の突撃に備えよ!」
「無理に受け止めるな!」
本隊の隊長達から部下へ指示があちこちから聞こえる。
それと同時に、剣を抜く金属がこすれる音や、何かの留金を外す音、または留金をする音、兜の面を下ろす音などがそこらかしこで聞こえてきた。
ヒーナも馬上で愛用の小剣を抜いた。
兵士達に間に緊張した空気が流れる。
騎馬の足音が迫りくると同時に、
「突撃だ!」
「殺せ!」
「突破しろ!」
とクワイ軍の命令が聞こえる。
ジルとヒーナの両軍は激突した。




