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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第四章 奪回
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第五十二話 <二回目の光>

ヒーナたちがディオル村に着いたのは昼前であった。


村はレンガで建てられた家と木造の倉庫、噴水のない中央広場からなる。

中央広場には東西南北に土の通りがあり、北へ通じる道には荷車や馬車の轍が出来ている。

雪はすでに溶けて泥水になり、家々のレンガが薄い茶色な上に、木造の建物や土の道である為に、華やかさのない茶色ばかりの光景である。


中央広場はもちろん、プリスやモナリに比べれば広さにして十分の一にも満たない、猫の額ほどである。

しかし小さくとも、集会所や市場もあり、それなりに賑わっている。


そんな村に突然二十騎の騎馬が訪問したのだから、村の人々は何事かと広場に集まり様子をうかがう。

ヒーナも鎧兜に例の白いマントを着けて騎乗し、広場で停止命令を出した。

馬を集会所の前につなぎ、その辺りに兵士たちを待たせで集会所へ入った。

ロウもそれに続く。

馬車から降りたカールの父親マルセルが村長や村の顔役を呼びに行き、何人か集まったところで集会が始まった。


村長も顔役達も全員、今回のカールの不幸は知っていた。

その上で今日あたりに、プリスに蜂退治の要請をしに行く者を選出しようかと思っていたそうである。


じつにのんびりとした対応に、ヒーナは驚きを隠せなかった。

ロウはそんなヒーナに小声で囁いた。

「農民なんてそんなものです…が、我慢強くもある。熱い湯に浸かる頑固親父のような…」


とにかく、他の被害がまだ出ておらず、マルセルの厩舎が今は蜂の巣になっているとの事で、この五匹の駆除だけで済みそうだ。

ヒーナ達は最悪の事態は避けられた事に一安心してマルセルの厩舎へ向かった。


蜂は何も食べていない訳はないだろう。

ベッドにしている家畜を食べているだろうか。


兵士達が剣を抜き、弓を構える中、マルセルは震える手で厩舎の扉を開けた。

厩舎の中は死臭が漂う。

皆一様に顔をしかめた。


冷たい空気を察したのか、間もなく、ブンブンと尋常でない羽音と共に、黄色に黒の縞模様の怪物が現れる。

それは落ち着かない様子で広い厩舎の中を飛び回った。


少年兵達のうち半分は盾を構えて厩舎の中に入る。

その後ろにヒーナ、さらに後ろには残り半分の兵士が弓矢をつがえていた。


ヒーナは両手を突き出して殺意を込める。

なるべくこの厩舎の全体に届く程の広さで、かつ、厩舎を貫通しないほど短く。

そしてなるべく、蜂が寄り合った時を狙って。


蜂は相変わらず不愉快で耳障りな音を立てて飛び回っている。

敵意を感じるのだろうか、こちらを攻撃しようとしているようだ。


蜂はブンブン飛び回るが、その五匹が集まりそうなその時を狙って、

「退いて!」

とヒーナが叫ぶ。


盾を構えた少年兵が言葉通り飛び退いたと同時に、白金の光が厩舎の中に満ちた。

すぐにその光は消えたのだが、同じく、厩舎の中の耳障りな羽音も消えていた。


「あっという間でしたな…」

ロウが剣を下ろして言う。


「これを使う間もなかったなぁ」

ローグもピンと張った弓を緩めてそう言うと、イヒヒと笑った。


ヒーナがくるりと振り返り、

「上手くいきましたね」

と微笑んだその時であった。


ブン!


と、ヒーナをかすめて飛び去る羽音。


「蜂だ!」

「まだ居やがった!」

「弓を構え直せ!」

口々に叫んで弓をつがえる少年兵達。

しかし、それからでは少し遅い。


蜂は激昂しているかのように眼が赤い。

その瞳がヒーナを見つめているようで、視線が合っているのではないかと、ヒーナはゾッとした。

身体中が総毛立つ。


思わず叫びたくなるのを取り合えず堪えたが、次に蜂がヒーナに向かって突進してきた時、堪えられずに思わず悲鳴を上げた。

「キャー!こっちに来ないで!」


無意識に手のひらを出して、先ほど出したにも関わらず、白金の光を放とうとする。


するとどうだ。

手のひらの前で光の棒が現れ回転し、光の円盤が完成し、そこから白金の光が飛び出した。

それは、巨大蜂の羽にかすめるように当たり、蜂は落下し、その羽からすうっと光になって消えていった。


「に…二発目?!」

ローグは驚いてうなった。


「…ですね」

ヒーナは空気が漏れるような力のない声でにそうつぶやくと、膝から崩れ落ちた。

厩舎の、到底綺麗とは言えない藁混じりの土の上に、そのまま前倒しに倒れ込む。


「ヒーナ様!」

ロウ達が駆け寄る。


「心配ありません、ただ力が抜けて…」

ヒーナはそこまで口を動かすことができたが、最後の方は言葉にすらならず、そのまま意識を無くしていった。




「…あの時は大変でした」

うふふと笑うヒーナは、チコリー(アンディーヴ)のグラタンをほおばった。


ここはモナリの町にある中央広場から裏路地に入り、さらに進んで雑貨店の角を曲がった右側にある小さな食堂である。

ここにはカウンター席が六つに、四人掛けのテーブル席が四つという小ささのせいでなく、主人兼料理人が偏屈な為に客はあまり多くはない。

しかし、味は良かった。


「いいのかい?こんな所でミツカイ様の弱点を喋っちゃっても?」

カウンターの隣の席に座るローラはそう言って目の間の鼻をくちゃくちゃにして笑う。

彼女の前には、レバーの蒸し料理(ヴァプール)が出ていて、フォークが刺さっている。


「で、蜂を駆除したお礼にって、こんなものをもらったんです…」

ヒーナが布の包みから出したのは、ホールケーキくらいの大きさのチーズであった。


ローラはわっと小さな歓声を上げる。

「おぉ、美味しそうね」


「ディオル村近くの洞くつで作った羊乳のブルーチーズらしいのですが…ここのマスターなら、美味しい料理にできるんじゃないと思って…」

そう言ってヒーナはカウンター越しにこの店の主人兼料理人の顔を見る。


「ディオル村のブルーチーズって…ロックフォールじゃないか…」

普段寡黙な主人は驚いてそう言いながらチーズを受け取り、

「サラダでいいかい?」

と聞いたので、二人は「お任せします」と答えた。


しばらくして、チコリー(アンディーヴ)の葉の上にロックフォールと生ハムを乗せたサラダが出てきた。

一口かじるとチコリー(アンディーヴ)のほろにがさと生ハムの塩辛さが舌を刺激し、噛んでいくにしたがってブルーチーズ独特のざらざらとした舌触りとまろやかさが最後まで口の中に残る。

二人はうんうん唸りながら堪能した。


ひとしきりお腹を満たすことができたヒーナが、

「でも、この町ももうすぐ出て行かなくてはいけません…」

と切り出した。


「心配ないさ、私も一緒だよ?」

と冗談のように言うローラ。


「この店にはもう来れないかも知れません…」

と少し寂しそうにヒーナが言う。


カウンター越しに主人が、ふっと鼻で笑った。


その時、店の扉が開いて小男が入って来た。

思わず振り返って見ると、鼻もアゴも尖った顔、出っ歯の小男で、ヒーナもよく知っている行商に化けている鼠であった。


「グリュー!」

ヒーナはそう言ってその小男に、ローラとは反対隣に座るようにうながし、先ほどのサラダをこの鼠のグリューにも注文した。


「ヒーナ様、幽霊を見つけました」

グリューは座るやいなや、低い声でそう切り出した。


気を利かせたローラはワインの入ったカップをもって、背後にあるテーブルへ移動する。


「幽霊?」

ヒーナは声をひそめてたずねた。


ローラが移動したのを目で追ってから、

「えぇ、あなたがずっと気にかけている幽霊です…」

とグリューが続ける。


「イヌガル要塞に出るんですよ、幽霊が」


その言葉でヒーナは目を見開いた。

「まさか…」


「そのまさかです。今は打ち捨てられてまるで廃墟のようですが、そこに出る幽霊ってのが、十二、三の女の子と、黒髪で色白の少女の二人組らしいんですよ」


「雪…ですか?」

慎重にその名前を口にするヒーナ。


「アッシは直接その雪ってミツカイを見た事はないんですがね。そうじゃないかって勘が働くんです…」

グリューがそう言った後、目の前にチコリー(アンディーヴ)と生ハム、ロックフォールのサラダが置かれた。


手づかみでそれを口に入れ、

「美味い!」

と小躍りするグリュー。


対してヒーナは腕組みをして、う~んと考え込んでいた。

まだモーリスの部隊がここに到着するまでは二、三日はある。


――― よし、プリスに戻る前に雪に会ってみよう ―――


ヒーナはそう決心するのであった。


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