第四十九話 <少女からの返信>
浮かない顔で執務室から出てきたのは、ヒーナ付きの給仕係ソフィアであった。
手に持った皿には、まだ料理が乗っている。
これからヒーナの部屋に入ろうとやって来たヤードが、
「おぉ、これは美味しそうな…」
と、その皿に残っているモノを見て言った。
皿に顔を近付け、
「ピーマンの肉詰めだな…」
とつぶやいた。
ソフィアは困ったような顔で、
「ピーマンは好きではないとおっしゃって…」
と、ため息をついた。
ヤードは以前、ヒーナがこの肉詰めを、「美味しい」と舌を鳴らしながら食べているのを見た事がある。
その様子からピーマンが嫌いだとは思いもよらなかった。
「ベッヘルの持ってきた報せのせいか…」
ヤードもため息をついた。
ヒーナはここ最近、雪はどこへいったのか、雪は何をしているものかと、時々たずねる。
そして、遠い目をして深いため息をつく。
雪がどうなったのか気掛かりなのだろう。
「ヒーナ様にとって雪は、好敵手であるのみならず、ミツカイとしての先輩、自分の将来を映す鏡でもあったのだろう。それがいなくなり、心を乱されているのだろうな…」
ヤードが低い声でそう言うと、ソフィアもうんうんとうなずいた。
うなずいているソフィアは、ふと、ヤードの手に手紙があるのが目に止まった。
「あら、お手紙ですか?」
普段軍の事には首を突っ込まないソフィアであるが、この時は何の気なしにそうたずねた。
ヤードは少し渋い顔をした。
「ガモは報告書の提出にプリスへ行っているし、伝令といえど他の兵に今のヒーナ様を見せるのは憚られるので…」
手紙や報告などは普通伝令隊長が持ってくる。
そうでなければ伝令隊副長や隊員の誰かが持ってくるのであるが、ここ数日のヒーナを気遣って、ヤードが自ら届けることにしたのだった。
ソフィアも納得したようで、
「気晴らしに、どこか観光にでも行かれたらいいのですけど…町にお友達もできたようですし…」
と言いながら、また新しい料理を取りに向かった。
ヤードは眉を上げ、「それはいいかも知れない」と思いながら、執務室の扉をノックした。
ヤードは伝令兵の代わりに、報せをもってヒーナの執務室に入った。
そして、首都プリスへ戻るようにエリーゼから命があったことを告げ、手紙を渡した。
彼が持ってきた手紙は、首都プリス経由で届いたものである。
差出人は、青龍を破った黄金のミツカイ、サーヤであった。
その内容は、
「お手紙、そしてまだ見ぬ相手へのお気遣い、ありがとうございます…」
という挨拶から始まり、処刑とはいえ罪人のみならず町に被害を出したこと、多くの人に迷惑をかけたことを気にかける文が続き、こんな強大な力を持ってこれからどうしたらいいのかという弱音が綴られていた。
手紙が進むにあたり、何かがポタポタと落ちた跡があり、インクが滲んでいる。
ヒーナは新しいミツカイに自分の手紙が読まれ、自分の書いた手紙に返信があった事を素直に喜んだ。
そして、その内容から、自分の経験した困惑や悩みを通してアドバイスできるかも知れないと、少し自分を誇らしく思った。
そして早速返信を書いた。
その日から少しづつ、ヒーナは元気を取り戻していった。
三日後、ヒーナはモナリの町を出て首都プリスに向かった。
今度は町の人々に見られてもそれと分からないように、ちゃんと給仕係の格好をしていた。
さらに、夜明けに兵舎の裏から出て四人乗りの馬車へ乗り込むという用心ぶりだった。
もしポード国などの他国に知られると、当然攻め入る隙になるからである。
ヒーナの他には、ソフィアと、幼い兄弟セナとジュリアも一緒の馬車であった。
ヒーナが首都プリスに向かう道程の護衛にあたるのは、ロウとローグの親子、それに元海賊の少年など少年兵を中心にした二十人ばかりの兵士達であった。
彼ら若いが故か、二週間の休暇をもらっても、やれ剣術大会だ、やれ飲み会だと全く家に帰っていない。
その為、こうしてプリスに引き連れて行って無理やりにでも母親や姉妹達に顔を見てもらおうという思惑があったのである。
さらにこの凱旋には、最近元気がなかったヒーナ自身への慰労の意味も込められていた。
道程はヤードが組んでくれており、プリスまでの道のりで使用する宿泊所は、旅行で使うような高級な宿を中心に選び、街道沿いの各宿場街でそれぞれ休息をするような、のんびりとした日程であった。
そのせいもあってか、同行している顔ぶれのおかげか、ヒーナは馬車の中ではおしゃべりしたりしてはしゃいでいた。
時折寒空に出ては、馭者をしている兵士から馬車の扱いを教わったり、食事の為に入ったレストランでは各地の味覚を楽しんだりしながら、首都プリスに向かった。
そして、七日ばかり経った頃に、カントアという地の宿場に着いた。
カントアとはこの地一帯の名称で、首都プリスはもう目と鼻の先、あと馬車で半日くらいの所にある。
ここのホテル街は外に共通の浴場を持っている事で有名であった。
元々ここには湯が湧く泉があったそうで、それを浴場にして宿場街が出来た。
首都プリスから近い為に、プリスからその温泉に湯浴み目的で訪れる人も少なくない。
さらには、首都とその東の地方都市を結ぶ東の玄関口である為に、商人、旅行者、地方へ赴任する兵士、役人達の最初の、もしくは戻って来たときには最後の宿泊場所になる。
であるが故に、酒場や盛り場が多く、男女問わず売春が盛んであった。
「カントアの夜」という売春婦との恋物語を書いた戯曲があるほどである。
そんなカントアに、到着した時は夕方で、夕日が綺麗であったのだが、夜になるにしたがってにわかに吹雪になった。
街道の景色も、吹雪ともなれば一変する。
賑わっていた街道の両側の店、客引きをしている宿屋の従業員、酒場の店員、若い売春婦もあっという間にいなくなり、ちらほらと外湯の浴場へ行く姿があるくらいで、人は全くと言っていいほど出歩いていない。
街道の両側にある土産物店や宝石店も店仕舞いをしてる。
ヒーナ達女性三人とセナを含めた四人が宿泊する部屋はこの宿の三階にあり、ベッドが四台並んでいる細長いベッドルームと、六人掛けくらいの大きなテーブルが置かれている広いダイニングルーム、小さめのリビングルーム、鏡の付いたフィッティングルームの四部屋を備えた、かなり豪華な部屋であった。
部屋に荷物を入れるなり、ローグと海賊少年兵達は盛り場へと向かった。
ヒーナ達女性陣も、あまり吹雪がひどくなる前にと、ホテルのコートを貸してもらって浴場へ向かう。
ロウも護衛をかねて同じように温泉に付いて来た。
この宿がカントアの中でも一、二を争う高級ホテルであり、宿場街の中心に建っている為か、温泉までは歩いてすぐ、数十歩ほどの距離であった。
極彩色に塗られた神殿のような造りの建物、古びてはいるが、躍動感のある動物の彫刻に囲まれ、広い浴場でのびのびと湯を満喫し、浴場から出て宿に向かう。
吹雪の中、すぐに湯冷めしてしまいそうで、近いとはいえ急いでホテルまで戻った。
と、この吹雪の中、寄り添って街道をプリス方向へ行く夫婦を見かけた。
このまま行ってもプリスにつくのは明日の朝になるのではないだろうか。
羽織っているコートの裾が飛ばされて雪のように舞う。
何より、こんな中を歩いて行って平気なのだろうか。
あまりじっと見てると風邪をひきそうな気がして、慌ててホテルに駆け込んだ。
ジュリアの髪もすでに氷のように冷たくなってしまっていた。
高級なホテルであるだけあって、ロビーにはソファーと暖炉があり宿泊客に解放してあって、そこで暖を取りがてら髪を乾かし、ロビーに併設してある食堂に行って部屋に夕食をもって来るように頼んだ。
ヒーナ達が部屋に戻って間もなく、部屋をノックしてホテルの給仕係が夕食を運んで来た。
待ってましたと言わんばかりの期待を込めた顔で、皿の上ばかりに目がいく。
最初に来たのはキャベツの肉詰めで、次にニンニクと玉ねぎのブイヨンスープが運ばれて来る。
丸い頭の付いた雪ダルマのような形のブリオッシュはいくつもバスケットに入って出て来た。
大きなボウルに入ったトリュファードもテーブルの真ん中、バスケットの隣に置かれる。
ヒーナはフォークで、真ん中のボウルに入っている焦げ目の付いた白いものをすくって口に入れてみた。
口の中にチーズの味が広がり、次に塩と胡椒のきいたジャガイモの味が続き、細かく入っている玉ねぎが甘みを出し、ベーコンの脂が味全体をまとめていた。
美味しくも素朴で懐かしい感じがする。
トリュファードを飲み込んでから、次にかじったブリオッシュは、最初にふわっとミルクの香りがする。
甘みは自然なものにとどまり、甘みが少しあるパンといった控えめな味であった。
控えめであるが小麦の風味をミルクやバターの風味が包み込み、ふわふわしていて美味しい。
キャベツの肉詰めも、外見は大きなキャベツ玉であるが、フォークで押さえてナイフで切ると、肉汁と共にキャベツの間に詰め込んだミンチ肉が姿を現す。
レバー、牛肉、豚肉のミンチが固められていて、しっかりとした肉の味が味わえるが、キャベツが脂分を吸い込んでいて肉の臭みや脂っぽさがない。
――― さすがに高級なホテルだけあって美味しいわ~! ―――
うんうんうなずきながら頬張るヒーナはたいへん満足していた。
食欲が満たされた頃、デザートであろうベリーとリンゴの入ったミオールを運んできたホテルの給仕係に、
「今外を歩いていた夫婦がいましたけど、こんな吹雪でも外で仕事している方がいるんですね?」
と、気になっていたものを何の気なしに聞いてみた。
給仕の中年女性は、
「あぁ、あの夫婦はこれからプリスに向かうんですよ。気の毒にねぇ…」
と意外な答え。
「気の毒に?」
思わず隣のソフィアが聞き返す。
「さっきここにコートを借りに来たのです。この吹雪で馬が言うことを聞かない、前に進まないから歩いて行くそうですよ。急いでプリスに嘆願に向かうとか…息子さんの命が危ないとか…」
「命が?!」
「なんでも、巨大な蜂に刺されて毒が回っているそうです。幸い毒抜きをして死んではいないけれど、危険な状態だとか…」
「大きな蜂…ですか?」
ヒーナはクラフティのような柔らかいミオールをナイフで切りながらたずねた。
「えぇ。あの夫婦は、ここから南に半日ばかり行ったところの村人です。ミルクやベーコンはその夫婦のものなんですよ」
中年の女性は饒舌に語った。
「あの夫婦には小さな男の子がいてね。カールっていうんだけど、礼儀正しい、いい子なんですよ。でもカールが蜂に刺されて危ないって言うじゃない?ここまで運んで来たけど、この吹雪でしょ?すごい熱だし、唇なんか真っ青だったから、従業員部屋に寝かせておいて明日まで待てって言ったんだけど…」
寄り添う夫婦の間には、よく見えなかったが幼い子供がいたのだろうか。
「馬車とかなかったんですか?」
「この吹雪じゃ、馬が動かないですよぉ!」
給仕のおばさんは顔の前で手をパタパタさせながら言った。
ヒーナの連れている馬は、元々軍用に調教されたもので、吹雪どころか火の中でも、命じられれば突進する。
比べて普通の乗用馬や農耕馬は、そんな訓練はされてはいない。
ヒーナはいてもたっても居られなくなり、ロウの部屋へ飛び込んだが誰もいない。
すぐに階段を飛び下りて一階のロビーの隣にある食堂へ向かう。
そこでロウと二人の少年兵が夕食をとっていた。
「ロウさん!すぐに馬を出して下さい!」
隣に走り寄って来てそんな事を叫ぶ少女に、ロウはあんぐりとしながらも、
「この吹雪に?…何かあったんですかい?」
と質問する。
ヒーナは先ほどの夫婦の話を手短に聞かせた。
「人を守るのもミツカイの役目、ですかな…」
ロウはそう微笑むと二人の少年兵に防寒対策をするように指示した。
二人は目の前の皿の中身を慌ててかき込むと、飛び跳ねるように食堂を出て行った。
ヒーナとロウは馬車の準備をした。
「ヒーナ様、これを…」
ソフィアが一抱えの毛布を差し出す。
隣のジュリアが炭の入れた鉄瓶を差し出した。
これは携帯用のアンカである。
さらに、草色チェック柄のワンピース姿のヒーナに、セナが白いマントと羽根付き兜、革ベルトの付いたヒーナの小剣を持ってきた。
ヒーナの準備が整ったのを確認したローグは苦々しい顔で、
「すまないがお嬢様方、できの悪い息子が戻って来たらここで待っているように言っておいてくれないか」
そう言うと馬車の馭者席に座って鞭を入れた。
馬がいななくやすぐに、馬車は街道を西へ向かって走り始めた。
その左右には少年の騎兵が一騎づつ着いて行った。




