第十七話 <飛魚の海賊>
ガガリアの町は、主都プリスの南に位置し、ガガリア半島という南西に突き出した小さな半島の先端にある港町である。
プリスとの海運の拠点となる他に、半島の東西や南の沖合いで採れる魚を、乾物や塩漬けにしたものの産地としても知られる。
鰯の塩漬けはガガリア産が有名であり、鰯の塩漬けと言えばガガリアから来たものが当たり前であった。
ガガリア半島が南西に突き出た半島であるために、その先端にある町は、北、西、南の三方が海に面し、ガガリアの港は北、西、南の三区画に分かれている。
北側の港は漁港となっており、夕方には大小様々な漁船が停泊し、朝方になると一斉に居なくなる。
停泊しているのはガガリア漁業ギルドが漁を許可した者が所有する船だけである。
ここには水揚げされる魚から、おこぼれに預かろうとするカモメや野良猫などが多い。
一方、西側の区画の港は、朝から夕、或いは夜まで、ひっきりなしに船の出入りがある。
主に軽い荷物や乗客を運ぶ船と、ガガリア管理外の船が利用する港で、停泊する船にはその停泊日数に応じて代金の支払いが求められる。
南側の区画には、貨物の運搬を主とした中型から大型船が停泊し、荷物の運び出し、運び込みがひっきりなしに行われ、大型の倉庫が建ち並んでいる。
三つの港はそれぞれ風景が違い、三様の景色があって面白い。
ボルトが去った後、ヒーナ達は急いで昼食を済ませ船に乗った。
それから一夜を船上で過ごし、翌朝早くにガガリアの西の港に着いた。
そして、町に乗り込んで飛魚一行がいないか、宿屋やカフェ、酒場を中心に探索した。
しかし、町中の宿を訪ね回っても、老人と若い女性の五人連れという客はどこにも滞在していなかった。
そのままガガリアの宿で一泊した翌朝、町を出て、飛魚海賊団のボルト一行がやって来ているのか、キースたちの待ち伏せ隊がいるか探索の範囲を広げた。
しばらく街道を行ったが、昼過ぎまでボルトたちの行方はようとして知れなかった。
すぐに見付けられると思っていたヒーナは少し焦り始めた。
取り合えずヒーナたちは昼食を取り、街道沿いから街道の周囲にも探索の範囲を広げた。
夕方頃になって、ようやくボルト発見の報が入る。
発見した少年海賊が言うには、街道を出て西に行った海岸線に老人達が倒れているという。
夕日のまぶしい穏やかな海に向かってヒーナ達は駆け出した。
海岸と言っても砂浜ではなく、ごつごつとした岩の隙間に砂があるような岩場で、所々に流木や漁の網、ボトルなどのゴミが打ち上げられている。
ヒーナたちが現場に駆け付けると、少年海賊の言う通り、確かに老人と供の者二人が倒れているように見える。
「ボルトさん!」
慌てて抱き起こすと、老人はまだ息があるようだった。
ローグたちが倒れていた二人、供の男たちを見ると、すでに事切れていたようで、首を横に振っている。
「おぉ…白波の…ファーゼが連れて行かれた…孫娘を、助けておく…れ…」
その一言のあと、老人は暫く苦しそうであったが、何も喋れなくなった。
そして、日没後に、ヒーナたちの応急手当ても虚しく息を引き取った。
苦しげな老人の姿を見て、悲痛な顔をして涙を流しながら声を掛け続けるヒーナを、ローグたちは止める事は出来なかった。
その間、ローグは海賊少年とともに、この近くに船を持ってきて停泊させた。
兵達は周りを探索し、供の残り一人が居ないか、ファーゼが隠れてないか、キースの手下が居ないかを確認した。
ヒーナの予想はある程度当たっていたのだ。
しかし、子細に食い違いが幾つもあった。
救いは、キース側がファーゼを生かすという作戦を取っているという事だ。
今の状況から察するに、このまま飛魚のアジトに着き次第、ファーゼと夫婦になって頭に就任するであろう。
供の男が一人消えているという事は、その一人が元々キース側の人間であったのか、襲われて寝返ったか、逃げ出したかで、ファーゼとその供の者の遺体がないのであろう。
しかし、ファーゼが素直に言うことを聞くとは思えない。
ボルトを殺害してもファーゼに言う事を聞かせる材料が何かある。
だから大人しく連れていかれたのだろう。
ヒーナたちは老人の冥福を祈った後、遺体を船に乗せて飛魚のアジトへ急いだ。
海岸近い岩場に、幾つもの小屋が建ち並ぶ。
ここはガガリアの町の東、飛魚海賊団が生活する村である。
その中で一番大きな建物の周りには、幾つものかがり火が燃え盛り、陽が落ちようとする頃から宴会が始ろうとしていた。
忙しなく女共が出入りした後、豪勢な料理の乗った大きなテーブルの真ん中奥の席に座っていた男が立ち上がった。
それなりに整った顔立ちの男であるが、右の眉の上に親指くらいの大きな黒いイボがある。
その男の隣に、真っ白なドレスに身を包んだ若い美しい女が、悲壮な顔で座っていた。
「皆の衆、集まってくれてご苦労だった!」
立ち上がった男がしゃべり始める。
「飛魚海賊団の頭ボルトは、白波の卑怯な闇討ちに会って命を奪われた。たまたま迎えに行った俺達がお嬢、いや、ファーゼを救う事ができたが、供をしていたデイアス以外の二人は殺されてしまった…」
男は下を向いて悲しそうな顔をした。
「だが安心して欲しい!必ずこのキースが、白波に復讐し、頭の無念を晴らす!」
握りこぶしで力説する男キースがテーブルの上にその拳を降り下ろした。
ガンという音と共に料理が少し飛び上がる。
「だが今日は、前の頭ボルトの冥福を祈ろう。そして、我ら二人の夫婦の門出、新しい飛魚海賊団の門出を祝って、飲んで騒いでくれ!」
そう言ってキースが酒の入ったカップを握りしめた。
その時、
「待ちなキース!」
と、末席にいたデイアスが立ち上がった。
この男はボルトに付いて供をしていた三人の内の一人であった。
揚々としていたキースの顔が、にわかに曇る。
「みんな聞いてくれ!頭を殺したのはこのキースだ!」
突然の事に宴席はざわめいた。
キースの顔に少し焦りの色がうかがえる。
「白波に跡目の事で相談した帰り、俺はお頭に、『キースが襲って来て殺られると思った時は、奴等側に寝返ってファーゼを助けてくれ』と言われていたんだ!」
デイアスという男は生真面目で義理難い男と定評があった。
その男が寝返った事でキースは余計に、時勢は自分にあると思ったのである。
だが、実際は死せるボルトの策にはまっていたのである。
「デイアス、貴様…」
この生証人を生かして置いたことは失敗だった。
歯軋りをするキースは、ふと、隣に座るファーゼに目を落とした。
そうだ、まだこの娘がいる。
「デイアス!白波の奴等を手引きしたのは貴様だったのか!」
キースは大ぎょうに言って驚いた。
そして、
「みんな、こいつこそ、飛魚団の裏切者だ!なぁ、ファーゼ?」
と腰の剣を抜いてファーゼに訪ねた。
普通ならファーゼは、ここぞとばかりにキースに反論するはずである。
だが、当のファーゼは目を伏せて押し黙ったまま、何も答えない。
キースの手下達数名も立ち上がり、キースに同調してデイアスを罵る。
宴会場にいる他の海賊たちは戸惑った。
そしてもう一人の生証人、ファーゼの言葉を待った。
「さぁファーゼ、妻として最初の仕事だ!夫の俺と共に頭の仇を討つぞ!」
キースが勇んでファーゼに言葉を促す。
「お嬢…」
デイアスはそう呟いて立ち尽くした。
その時、宴会場の扉がけたたましい音を立てて開いた。
何事かと扉の方を見ると、そこには何人もの武装した男達、少年と少女、その真ん中に全身アザだらけの痩せた青年が立っている。
慌てて会場の全員が立ち上がり、壁に立て掛けてある武器を手にする。
機先を制したのはファーゼであった。
「セリング!」
ファーゼはそう叫んで椅子を蹴って飛び上がり、ドレスの裾を掴んでアザだらけの細身の青年の元に一目散に駆けて行った。
人の多いテーブルの両横は通れないと判断してか、料理にも純白のドレスにも構わず、テーブルの上を必死で走って行くファーゼの姿に、会場の海賊達は武器を手にしたまま呆気に取られた。
「セリング…無事で良かった!」
ファーゼはテーブルからセリング目掛けて飛び付き、抱き締めた。
「さぁ、これでお嬢を脅す事は出来ないぞ!」
デイアスが時を得て糾弾する。
「皆、よく聞いて!おじいさん…いえ、頭ボルトを殺したのはキースです!」
ファーゼはすかさず、キースの罪を叫んだ。
もはや疑う余地はない。
キースが飛魚海賊団の乗っ取りを企んでボルトを殺した事をここにいる誰もが理解した。
「待て…このまま飛魚団がどうなっても良いのか!」
などと虚しい抵抗をしていたキースであったが、手下共々、激怒した海賊達にその場で斬殺された。
その結果を見届けたファーゼとデイアスは、セリングの両横にいる少年と少女、ローグとヒーナの前に、深々と頭を垂れて膝まづいた。
「ありがとう…今度の事で白波の皆様には面倒をお掛けしました。またご助力頂いた事、この通り深く感謝致します」
ファーゼはそう言って涙を流した。
しかし、ヒーナも悲痛な顔で、
「私も、ボルトさんを助けられなかった事を謝らないといけません…本当にすいません…」
と言いながら涙ぐんで、ファーゼに膝まづいた。
二人は手を取り合って悲しみを共有した。
真っ暗な海からは、波の音が聞こえるだけであった。




