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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第一章 海賊
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第十六話 <長老の訪問>

それから一週間程経った。

その間は、部隊を動かさず、操船をローグや少年たちに教わったり、海上の戦闘訓練をしたり、海蛇の海賊船を掃除したりした。

その中でも、一番厄介だったのが、この海蛇から奪った海賊船の掃除であった。

白波の海賊団が保有していた二隻の船は、使い古されてはいたが、整備も掃除も行き届いており、航海に何の支障もなかった。


しかし、拿捕した海蛇の船は、それら二隻より明かに新しいのであるが、とにかく汚い。

豪華な家具や調度品であってであろうものは、何かの飛沫が飛んだように所々染みや黒ずみ汚れがあり、埃をかぶって酷く汚れていた。

また、彼らのベッドに至っては、人の形に真っ黒になっている上に汗臭い酸っぱい臭いと潮の臭い、アルコールの臭いが混じって、嘔吐してもおかしくないほど酷い有様であった。

それに、船倉にはネズミや虫も繁殖していて、とても使い物にならない状態であった。


これを綺麗に掃除して、汚れが酷く使えないモノは焼却処分し、使えるものも掃除や洗濯をした。

こうして、ようやく三隻の船が使えるようになったのだった。




そうこうしているある日、

「白波のお頭はおられるかね?」と、一人の杖をついた老人が訪ねてきた。


報告を受けたヒーナはローグを呼んで応対した。

頑丈そうな木の杖をついた老人は、白い質素な麻布の上下に、虎の毛皮のベストを羽織っていた。

褐色の肌に白髪で、長い白髭を顎に蓄え、顔の皺は深く、白い眉の奥の瞳は鋭い光を放っている様であった。


この老人は若い男を三人と若い女一人を引き連れていた。

女は褐色の肌で赤い髪、切れ長の瞳に、顎と鼻の尖ったエキゾチックな美形である。

右肩から短い麻布を掛けただけのような胸元の大きく開いた服装から、むっちりとした肉感のある体付きをあらわにしていた。


男達は恐らく用心棒代わりといったところか、革の胸当てをして、帯剣しており、事ある毎に腰の剣を気にしていた。


「ロウの息子ローグです、こちらで話を聞きます」

ローグは丁寧に応対し、洞窟の奥、居住区の手前にある応接室へ一行を通した。


ローグが丁寧に応対するのも無理はない。

この老人は白波海賊団からガガリア半島を挟んで南にある一帯を縄張りにする、飛魚海賊団の頭ボルトである。

飛魚海賊団とは、フラン国の海賊団の中でも一番の古株で、頭のボルトは他の海賊団の頭からも長老と言われ慕われる人物であった。


老人は椅子に腰かけると、

「ローグ…お前さん、随分大きくなったねぇ…」

と、しみじみそう言いながら、出されたカップのコーヒーをすすった。


「ところで、生クリームはあるかね?」

老人ははたと思い出したかのように、給仕をしている少年海賊にたずねた。


少年海賊はローグの方を見ながら、「あぁはい、ありますが…」と答える。

「じゃあお願いできるかね?」

と、ボルトはにこやかに言った。


「いやはや、白波のところではミツカイコーヒーを知らぬのかな?ここに生クリームを入れると、ミツカイコーヒーとかいう今流行りの飲み物になるんじゃ」

そう言って老人はウィンクした。


以前、ヒーナは主都プリスで会議に呼ばれた事があった。

それはヒーナから、元の世界の文化や技術を聞き出すという会議で、そこに居た多数の職人や研究者が、根掘り葉掘り辛抱強くヒーナのいた世界の話を聞いては、唸ったり考え込んだり、歓声を上げたり落胆したりしていた。

その時に出されたコーヒーに、ミルクと砂糖とがなかったので、ヒーナがパンケーキに付いていた生クリームを入れて飲んだ。

それが噂になって、プリス中の店で出されるようになったと聞く。


老人の話を聞いたローグが、じっとヒーナの横顔を見つめるので、素知らぬ顔をしたままヒーナはローグの足を踏んずける。

ぐおっと言葉にならない悲鳴を上げたローグが、

「…そ、そんな飲み方があるんですね…」

と咄嗟に老人に言って悲鳴をごまかした。


ボルトは何も気付かず、自慢気に笑っていた。

そんな老人の後ろで、男達は立ったまま座ろうとはしない。

だが、若い女は老人の隣に座って、同じようにコーヒーをすすっていた。


「相変わらず、いいアジトだねぇ」

そう言いながらも、この老人の、ヒーナを見る眼光には鋭いものがある。

「オヤジさんは元気かえ?」

老人の問いにローグは「はい」と答えた。


「見知った顔の者も居ないようだし、白波海賊団は代替わりでもしたのかねぇ?」

そう言いながら老人はローグの様子をうかがった。


「今オヤジは皆と出掛けています。留守の間の用件は俺が聞くようにと、ことずかっています」

ローグの真っ直ぐな答えに、老人はうなずく。

「なるほど…白波はいい跡取りをもって…羨ましい限りだねぇ…」


老人のその言葉を聞き、隣の若い女は悲しそうな顔になり、後ろの男たちもバツが悪いような表情になった。

そんな空気を感じているのか老人は、

「わざわざ市民に化けて、海と陸とで三日もかけてここへ来たのはなぁ…白波のお頭に相談したい事があったんだが…さぁて、どうするかねぇ…」

としわがれた声で言いながら白い髭を撫でる。

そうしてしばらく、ふとヒーナを見て、

「ところでそのお嬢さんは?」

と聞いてきた。


「じつは今、ここを仕切っているのは、このヒーナなんです」

と、ローグが答えると、

「もう嫁さんの尻に敷かれとるのか?」

と言って老人は豪快に笑った。


突然の笑い声に顔を見合わせる二人に、老人は、

「いやいや、夫婦はそれが一番上手くいくかも知れんて…」

と、笑いを噛み殺しながらそう言って、顔により多くの皺を刻んだ。

どうやらこの老人は、ヒーナをローグの妻だと思ったらしい。

確かに年はつり合うし、彼らの対面で左右に並んで座っている様子を見ているのだから、そうとらえられてもおかしくはない。

それは、ヒーナにとっては好都合であった。


「あ、いや…」

と狼狽えて椅子から腰を浮かせるローグの肩に、ヒーナは両手を乗せて下へ引っ張ると、

「あなた、落ち着いて。お客様の前ですよ」

と言って、すました顔をした。


それを見て老人はまた大笑いしたが、他の四人はまだ相変わらず暗い顔をしたままである。


「いやぁ、笑ってすまないねぇ。しっかりしたお嬢さんで、なかなか面白い。それならば、お前さん達に相談しよう。若いという所が不安だが、難しければ、白波のオヤジさんとも相談しておくれ…」

と言う前置きで、飛魚海賊団のボルトは語り出した。


この老人、ボルトは飛魚海賊団の頭を勤めて四十年、海賊家業は五十年をさらに上回るという。

長い海賊家業であったが、余計な殺生はせず、貧しい者からは奪わず、女子供には手出ししない、海賊家業の仁義を貫いてきた。

若く血気盛んなロウに教えを解いたのもこのボルトであった。


飛魚海賊団は三十~四十名の規模であるが、全員が厳しいその掟を守った。

ボルトには息子が居たが、海の事故で亡くしてからは、その息子の娘、隣に座っている二十歳になる孫のファーゼのみが血縁となる。

そこで、もうボルトは老い先短く、そろそろ代替わりしたいと考えていた。


しかし最近起きたフラン軍の海賊討伐で、手下は一気に不安を抱き、代替わりを焦っている。

海蛇の一家がああいう死に方をして、海賊同士連絡を取り合って、海賊の会合を開こうとボルトは考え、四方八方へ使いを出した。


ここの白波海賊団のアジトへ来たのは、もちろんその会合への誘いと、飛魚の跡目の相談の為であった。


飛魚の跡目は、今の海賊団の頭以外の実力者か、唯一の血族であるファーゼの夫になる者が代を継ぐのが通例となる。

一番揉め事もなくすんなりと決まるのは、その実力者とファーゼが夫婦になる事である。


しかし、今の飛魚海賊団の実力者、キースという男は危うかった。

フランが戦争により隣国に領土を削られ続けて衰退し、海運業も不景気になってきた時世と相まって、海賊の仁義を貫かずに、何でも殺して奪うという方向に舵を切りたがっているきらいがある。


そこでもう飛魚海賊団という看板を下ろし、孫娘を白波の跡目や実力者と夫婦にさせて、手下を引き取ってもらおうかと思っていたという。

勿論、その相手はローグが一番いいとは思っていたが、もういい嫁さんがいるのでは、それも叶わない。

と、ここで老人は話を切った。


ファーゼと夫婦にさせてと老人が言った時、ローグがファーゼを嘗めるように見つめたのに気付いたヒーナは、ローグの腕に思いっきり肘鉄を食らわせた。

「な、なんだよ…」

ローグが小声で不満を言った。

「いやらしい目」

ヒーナはすごく冷たい視線でローグを射抜いた。

確かに、卑猥な想像をしながら見ていたローグは「うっ…」と言葉に詰まって何も反論出来なかった。


老人の話を聞き終えたヒーナが

「ファーゼさん…」

と切り出す。

「ファーゼさんはその、キースという人の事はどう思うのですか?」

ヒーナの問いにファーゼは言い難そうに口を開いた。

「おじいさんには…いえ、お頭には悪いのですが…キースは好きではありません…」

よく通る声であった。


「では、他に好きな人がいるのですか?」

ヒーナの突っ込んだ質問に、ファーゼは顔を逸らせた。

「…いえ、キースでなければ、…海賊の頭の孫として、海賊団の為に、お頭のいう通りにしたいのです…」

孫の言葉にボルトはうなずいている。


そこで、急に明るい声で、

「そうか、じゃあ俺の妻になるか」

と腰を浮かせるローグの脇腹に、もう一度肘鉄を食らわせて黙らせたヒーナは、

「ファーゼさん、嘘はいけません…」

と核心を突く。

「その人は飛魚の海賊ですか?」

問い詰める様な視線のヒーナを、ファーゼはぎょっとした顔で見つめた。


「お、お前…」

老人が思わず口を挟む。

「相手は誰なんだ?!」

老人は横を向いて孫娘を見つめた。


暫くして観念したのかファーゼは、

「…セリング、です…」

と申し訳なさそうに答えた。


後ろの男達も驚いた様子でお互いに顔を見合って、

「セリングって、あの…」

「ひょろい小間使いの若造か?」

「お嬢と、あんな奴が…?!」

などと口々に言い合った。


「よりによって、あんな若造か!」

老人は頭を抱えて机に肘をついた。


ファーゼは怒りをはらませた顔で息を吸い込むと、思うところを吐き出す。

「みんなそう言うでしょう?このところ、海賊団の中には、キースが私に言い寄る事に暗黙の了解みたいなのがあったわ。私がどんなに拒んでいても、誰も助けてはくれなかった…。だけどあの人は、セリングだけは私の気持ちを見抜いてかばってくれたのよ」

周囲が唖然とする中、ファーゼはなおも捲し立てる。

「私をかばったせいで、彼はキース達から嫌がらせや暴力を受けていたわ。だけどセリングはやめなかった。理由を聞いたら、今の飛魚団はおかしいと、内部で海賊の仁義に反する事をして、なんで掟を守れるのかと、そう言っていたわ!彼の方がキースなんかよりよほど頭としてむいている。セリングこそ、次の頭になるべき人よ!」

言葉を止めたファーゼは、涙をいっぱいためた目でじっと老人をみつめた。


聞き終わった老人は、瞼を閉じ、深いため息をついて言う。

「これは…このジジイが検討違いだったようじゃ。まったく老いさらばえたもんだて…これはいよいよ、代替わりを急がねばなるまいなぁ…」

そして、立ち上がってヒーナとローグに「すまなかった」と頭を下げると、

「この件は飛魚だけの問題ようだ。今日来た事も忘れておくれ」

と言って帰って行った。


ヒーナは飛魚海賊団の一行をつつがなく見送ると、船を出すように命令し、セルドに出撃の準備をするように指示した。

ローグは少し困惑しながら、

「何をするつもりだ?」

と、たずねた。


「私の考えている事をキースも考えていたとすると、ファーゼさんが危ないわ…」

ヒーナはそう答えた。

ローグはそれを聞いて少し嫌な顔をしながら、

「他所の揉め事に首を突っ込むのか?」

と、きいた。

ヒーナはすました顔で、

「あら?私達の使命は、海賊を殲滅する事じゃなくて?」

と、きき返して、荷物をまとめるべく寝起きしていた部屋へと向かった。


しばらくして、白波海賊団の中型船が南へ向けて出航した。


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