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Coward and Coward

 毎度読もうとしていただきありがとうございます。

 次話が書けたので勢い余って掲載してしまいました。はい。

 だからと言って、「次は再来週だ!」なんてことにはならないと思います。はい。断言できませんが。


 今回、物語は戦争に入ります。とはいえこの1話限りの戦争なので大した規模ではないです。さらに、今回は晴以外の視点からの描写も試みたので若干読みづらいかも分かりません。できればご容赦いただきますようお願い申し上げます。

 ちなみに、サブタイトルを英語にしたのは、ただ恰好つけたかったからです。すみません。


 それでは気を取り直して。第9話、Coward and Cowardをお楽しみください。

 土煙を巻き上げながら現れた大軍は、川の向こうから真っ直ぐ野営地へと突き進んでいた。

 

 ただ、ただ唖然とするしかない。目の前の光景に、目から、耳から、皮膚から、感じ取れるもの全てにただ唖然とするしかない。目を見開き、口を半開きにし、出ない声を絞り出しながら、ただ茫然とするしかない。人が、馬が、群れを成して襲い掛かってくる。隙間なく並んだそれらは、一見壁のようにも思え、今にも押しつぶさんと向かってくる。

 

 不思議なことに、晴には彼ら一人ひとりの顔が驚くほどによく見えるような気がした。しかし、その一方で、そのどれもが、誰をとっても同じ顔にしか見えなかった。彼らは一様に眉にしわをよせ、鬼のように目を吊り上げ、人間のそれとは思えない声で叫び、ただ殺意だけを携えて走っている。止まることなく、振り返ることなく、ただ眼前の相手を睨みつけながら向かってくる。

 晴は背筋に悪寒が走るのを感じ取った。

 これは戦争じゃない、ただの蹂躙だ。圧倒的多数で、少数を蹂躙するのみで、そこに慈悲だの、優しさだのいった生易しいモノは一欠片も存在していない。

 気付けば、晴は最初にいた位置から随分と遠くまで移動していた。目の前の圧倒的な威圧感に知らず知らずのうちに足が後退を選んでいたのだ。一歩後ずさり、二歩後ずさり、なおも後ずさりして、少しでもこの目の前の重圧から逃げようとしていたのだ。

 立ち向かえなどしない。今、目の前に迫る殺意の大群に立ち向かえるわけなどない。

 周りでは、奇襲じみた突然の敵の襲来にあたふたとしながらも、剣を手に取り、槍を手に取って向かいくる敵を迎え撃つ準備をしていた。ユリウス総帥が大声で周りに指示を出している。その指示に従って全員が一様に後退すると、さっきまで辺りを照らさんと燃えていた炎が今度は壁となって目の前にそびえたった。しかし、それでも所詮焚火の炎だ。低すぎる。あれなど走っている人は多少足止めできても、騎馬には易々と越えられるだろう。

 今すでに大軍は、前方にある川に差し掛かっていた。今度は水しぶきを上げながら人馬が川を横切る。

 その間も、晴は着実に後退を重ねていた。恐怖が、臆病さが、晴の肢体を動かし、回らない頭はただ警告のみを発している。

 川を越えた人馬の先頭が、些末な炎の壁に差し掛かろうとした時だった、ユリウス総帥の号令と同時に一斉に何かが火の壁に向かって投げつけられた。音を立てて炎の壁が一気に大きくなる。

 先頭を走っていた人間は炎にたじろぎ、馬は炎を避けようと大きくのけ反る。先頭が急に止まったせいですぐ後方を走っていた集団は先頭集団に突進するように追突する。一瞬の隙だった。


「かかれっ!!!」


 空気を切り裂くかのようなユリウス総帥の号令が轟く。と同時に、剣や槍を携えた冒険者たちが怯むことなく目前の大軍へと突撃した。ついに戦争が始まった。

 剣が肉を切り裂き、槍が骨を砕く。甲冑と肉とが激しくぶつかり合い、命を削りあう。うめき声を上げて倒れる仲間を踏み台にして前へ進み、刃についた血を拭うことなく殺しあう。これが戦争だと言わんばかりに、戦争とはこういうものだと言わんばかりに刃を突き付けあう。そこでは命の価値など無いに等しかった。

 晴はその様子を背中に感じながら走っていた。悲鳴を上げる四肢を動かし、少しでも遠くへ行こうと無我夢中で逃げていた。

 分かっている。痛いほど痛感している。俺は臆病だ。臆病な弱虫だ。情けないくらいに、小心者だ。それでもいい、俺はそれでもいいから、死にたくない。後ろ指を指され、笑われ、罵られたとしても、俺は死なないために逃げるのだ。生きるために走るのだ。

 恐怖に背中を押されて走る。まだ声が聞こえる、殺しあう音が聞こえる。そう思うえば思うほど足は前に進んだ。

 肺が破れそうだ、それでも息を吸い込む。

 足が千切れそうだ、それでも足を上げる。

 腕が鉛のようだ、それでも腕を振る。

 意識が遠のきそうだ、それでも晴は走った。

 空気を吸い、足を上げ、腕を振って走り続けても、結局は限界がある。しばらく走ると、晴はそれ以上走れなくなり、倒れるようにその場に座り込んだ。

 のどが焼けるように熱く、肺は割けるかのようだ。足は痙攣し、力が入らない。かろうじて動く手は体を支えるだけで精一杯だった。

 晴は耐え切れず、仰向けに寝転がった。

 もう動けない。仮に敵に会おうとも、もう逃げることすら叶わないだろう。あわよくば誰にも出くわさないのを願うしかない。

 どうやら晴は森の中にいるようだった。生い茂った木々の葉が晴の上に影を落とす。体の痛みと、遠くから聞こえる喚声を除けば、陽気なとある休日の午後だ。暖かな日差しに目を細め、葉が擦れ合う音に耳を澄ます。力と言う力を抜いて、脱力した状態で寝そべる。そんな一日だ。ただ、やはり今の状況はそんな呑気さを許してはくれないのだ。遠くから聞こえる喚声は葉の擦れ合う音をかき消し、体の痛みは日差しに目を細める暇さえ与えてはくれない。

 晴は痛む体に鞭を撃つようにうつぶせになり、近くで一番大きな木の根元まで這っていった。その木の裏手に回ると、隠れるにはちょうどいい空間が空いていた。背の低い木々や草に囲まれて、そこだけポッカリと空いている。晴はそこに隠れるように木にもたれかかった。

 ここならとりあえずは安心だ。ここならまず見つかることはないだろう。よほど念入りに探さない限りは見つかりやしない。それに、あの大軍が木々の生い茂る森の中まで入ってくるとは思えない。とりあえずはここで休んで、それから――。

 安心して疲れがどっと溢れたのか、体がひどく痛むのにも関わらず晴の気は遠くなっていった。


 *


 目の前に迫る大軍にユリウスは目を細めていた。予想していた数よりもずっと多い。このままぶつかれば炎の障壁程度では大して相手を崩すことが出来ないのは明らかだった。しかし、だからといって何か策を施す暇があるわけでもない。軍勢は目の前に迫っているのだ。こうして頭を捻っている時間さえ惜しい。

 ユリウスは周囲で待ち構えているギルドのメンバーのうちの数人を適当に選んで呼びつけた。

 緊張した顔で走り寄ってきたところで指示を出した。

 指示を理解したのか彼らは頷くと、足早に荷物をまとめた荷車まで駆けて行った。そこから棘が付いた針金である薔薇線の束を取り出すと、テントの柱を支柱に薔薇線を柵にするように広げていく。あっという間に、出来合いではあるが第2の障壁とも言うべき柵が出来上がった。

 しかし、これが精一杯だった。もう何かを施している暇はない。


「後は……わしの残された仕事を全うしようかのう――」


 ユリウスは一人そう呟くと、前の方で腰が引けながら剣を両手に構えているイレーネに近づいた。イレーネは気づいていないのか、ブツブツと小声で何事かを呟いている。

 ユリウスはイレーネの背後に忍び寄ると、その突き出した尻にそっと手を当てた。


「ひゃぁっ」


 そう言ってイレーネが飛び上がり尻を隠すように両手で覆った。はずみに剣が手からこぼれて地面に落ちる。


「な、何をするんですか!」

「何をって、触ってほしそうに突き出しておったからのう」

「突き出してません!」


 イレーネが総帥を睨みつける。緊張がほどけたのかは分からないが、少しは冷静になっただろう。ユリウスは真剣な表情を作ると、イレーネをひたと見据えた。


「な、何ですか……?」

「お主に頼みたいことがあるんじゃが、引き受けてくれんか」


 ユリウスは懐から一枚の封書を取り出してイレーネに手渡した。


「これを女王陛下に届けて欲しいんじゃ」

「で、でも……」

「分かっておる。お主が早くこの国の一員だと認めて欲しいと思っておるのは重々承知じゃ。それでも、この封書を任せられるのはお主しかおらん」


 それでも、イレーネはまだ納得がいかないように眉間にしわをよせる。イレーネの背景を考えればこの反応は頷けなくはないことだった。

 イレーネの一家が帝国から移住してきたとき、他にも帝国から多くの家族が移住してきた。彼らは王都から少し離れたところに、住居を構え、村を作った。無論、国王の許可があってのことだったが、それでも納得しない者が多くいた。その多くは一般階級の人々であり、何の力も持たない庶民であった。彼らは帝国からの移住民を忌み嫌い、侮蔑的な意味を込めて『トルケット』と呼び蔑み、それは彼らが多くを占めるギルド内でも同じことだった。帝国からの移住民はそれゆえにウエスターナの民とは極力関わろうとはせず、自らで作った村の中で細々と暮らしていた。そんな中一人ギルドに入ったイレーネが差別され仲間外れにされるのも必然だった。そして、歴史が好きで、過去に差別を覆してきた人達が多く存在することを知っているイレーネが、この差別も覆せるかもしれないと考えるのは当然のことだった。

 そう考えると、イレーネにその機会を与えてあげたいとも思う。しかし、それはここではない。少なくとも今ではないのだ。

 ユリウスは封書を半ば無理やりイレーネに渡した。


「さて、愛しのイレーネはその封書を女王陛下の下へ届けてくれるのかな?」


 手を組んで受け取らない意志をユリウスが表すと、イレーネは観念したようにため息をつき「分かりました」言った。


「それでこそイレーネじゃ。わしはイレーネのそういうところを好いておる」

「別に総帥に好かれたいから届けるわけじゃないですから」

「分かっておる。それじゃ、頼んだぞ」


 ユリウスが最後に真剣な顔つきでそう言うと、イレーネも真剣な顔つきに戻り一礼すると、その場を後にし、来た道を引き返すように小走りに戻っていった。

 イレーネが去るのとほぼ同時に特級士の一人であるイエル=アードルフが近寄ってきた。


「仕込み終わりました」

「そうか、ご苦労。各自合図を待つように言っておいてくれんか」

「分かりました」


 イエルは踵をそろえて一礼すると、走る様に持ち場に戻っていった。

 さて、とユリウスはイレーネが去っていった方を振り返った。


「頼んだぞ」


 誰にともなくユリウスはそう呟いた。恐らくそれはイレーネにであったろうし、もう逃げ出したであろうハルカワにでもあっただろう。ただ、ユリウス自身、はっきりとは誰に呟いたのかが分からなかった。先の2人にだったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。


 頼んだぞ


 ユリウスはもう一度、今度は言葉に出さずに呟いた。

 この先、この国に起こるであろうことを考えたら、自分の命がここで尽きるというのはむしろ幸運だったのかもしれない。そう思う一方で、ユリウスはこうも思った。この国の民の身に起こることを考えたら、自分はもう少し抗う必要があるのかもしれないと。

 しかし、どうだ?この老いぼれの命を長らえたところで何になる?何が変わる?

 命を長らえようとすればそれなりの代償を伴う。そして、今回の場合それは時間であろう。命を賭してここを最前線に仕立て上げることでこそ時間を稼げる。そうしてこそ民が逃げる時間を稼ぎ、王が軍を整える時間を稼げるのだ。そして、その時間を稼ぐためにギルドを引き連れて早々にここまで来たのだ。それならば、自分の命題は時間を稼ぐことであろう。

 ユリウスは向き直り、向かってくる大軍をひたと見据えた。

 恐らく……いや、間違いなく、この戦争の幕が引かれた時に自分は屍となりこの地に伏しているだろう。それでもよい。それでこの国の民が、民の命が多く救われるのならそれでもよい。

 眼前の大軍が川に差し掛かった。


 願わくは、この国の民が苦しまぬように。

 願わくは、今戦わんとする我が子供たちの命が一つでもその火を消さぬように。

 願わくは、残した希望の種が花開き咲き誇らんことを。


 帝国軍旗が翻り、描かれた双竜がユリウスに吠える。

 ユリウスは敵軍を睨みつけた。

 かかって来い、血も涙もなき蛮族よ。腕をもがれようとも、足を落とされようとも、この命が果てるまでわしは引かんぞ。

 手に持っている杖を強く握りしめると、ユリウスはそれを頭上に掲げた。

 一気に空気の密度が高くなる。心臓が音を止めたかのように、耳から音が消える。

 帝国軍が川を越え、炎の障壁に差し掛かろうとしている。


 今だ。


 ユリウスは息を大きく吸い込むと、高く掲げた杖を帝国軍向けて勢いよく振り下ろした。

 そして――


「かかれーーーっ!!!!」 

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 今、奇跡的に時間が空いてしまったと言う方はもう少しお付き合いお願いします。


 今回は晴視点の戦争、ユリウス視点の戦争と2つの視点から書いてみましたが、そこにそれぞれの戦争への思いだとかを少しは乗せれたかなと思っております。ただ、戦闘シーン等はなく、敵軍とぶつかる直前までだったりと、幾分盛り上がりに欠ける内容だったかなと少し反省もしております。


 次回は戦場からいち早く逃げた晴のお話になります。無論、主人公的位置づけなのでまだ死ぬことはありません。ですが、逃げた先で晴のこの先を左右する人と出会うことにはなります。逃げた晴は誰と出会い、どうなるのか。ユリウスに託されたイレーネはどうなったのか。死を覚悟したユリウスはどう戦ったのか。気になる方がいらっしゃいましたら引き続き足を運んでいただきますようお願い申し上げます。


 それでは自己満足の後書きはここらへんにさせていただきます。

 何かの拍子に思い出した際には、ちらっとでもいいので覗きに来ていただけることを願って。

 それでは失礼します。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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