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ムラキさん

 *


 目の前に巨大な門がそびえたつ。


「さあ、着いたよ」


 唖然としている晴をおいて、男は馬車から降りると城門の傍に立っている兵士に歩み寄っていく。兵士と何事か言葉を交わすと、重々しい音を立てて、ゆっくりと城門が開いた。


「大きいですね」


 馬車に戻ってきた男に、晴は思ったことを漏らした。


「そうだね。確か高さが7メートルくらいあったはずだよ」

「7メートル!?」

「うん。まあ、それでも最近じゃ20メートルの門とか建ててる国もあるぐらいだからこれでも小さい方だよ」


 晴は20メートルの門を想像してみたが、それが何のためでどんな意味を持つのか理解することはできなかった。


 馬車が門を抜けると、後ろで門が閉じられた。途端に静けさが辺りを包む。


「静かですね」

「これでも一応城下町なんだけどね」


 男は苦笑気味にそう言うと、「戦争中だから」と続けた。


「みんな地下に避難してるんだ。下手に巻き添えはくいたくないからね」


 戦争と言われてもピンとこない。晴にとって戦争は教科書やテレビ画面の中でしかなく、すぐ目の前に現れるようなものではなかった。

 辺りの静けさが、逆に晴の恐怖心を煽る。

 巻き添えをくらいたくないということは、ここも戦場になるんだろうか。あの角から突然兵士が現れて銃を突き付けられやしないだろうか。

 空想が空想を呼び、不安が襲い掛かる。


「あの、大丈夫ですよね?」

「ああ、大丈夫だよ。ここまで攻めて来たら警鐘で分かるから」


 そうは言われても根本的な不安は拭えない。

 鼻歌を歌い始めた男をよそに、晴は城に着くまで、終始聞き耳を立てていた。それでも結局、聞こえてくるのは男の鼻歌だけだった。



 何事もなく城に着き、最初の門よりはやや小さい門をくぐり、広い庭園を通り抜けて、城内へと入る。

 そのまま兵士に案内されて、机を挟んで向かい合わせになったソファーが置いてあるだけの質素な部屋に通される。


「……何もない部屋ですね」

「そうだね。まあ、女王の性格からすると金目の物は全部売ってしまったんだろうね。あの人は実用性のないモノにはとことん厳しいから」


 男の言うとおりだった。ざっと部屋を見回してみても必要最低限のものしか置いてない。申し訳程度に絵画が数枚飾ってあるだけだ。


「しばらく待つことになるかもしれないね」


 男は独り言のようにそうつぶやいた。

 別に待たされることに問題はない。どちらかというと、待つことになるのは晴にとって望ましいことだった。


 今までにないくらい、晴は緊張していた。


 これから会うであろう女王陛下という未知の存在に対して緊張していた。

 今からこの国で一番偉い人に会わなければならない。礼儀作法は大丈夫だろうか、失礼はないだろうか。どんな人だろうか、優しい人だろうか、気性の荒い人だろうか。

 様々な女王陛下像が浮かんでは消えていく。そのどれもが当てはまるような気がする一方で、そのどれもが当てはまらないような気もする。


しばらく待っていると、突然晴たちが入ってきた扉の向こうで歓声が上がった。


「うおぉぉぉーーーー」


 暑苦しいまでの男たちの歓声と叫び声にも似た喚起が聞こえてくる。


「どうしたんですかね」


 晴は隣に座る男に尋ねた。

 男は耳を押さえながら何度かうなずいた後、「戦争に勝ったみたいだね」と言った。


「勝ったんですか?」

「うん。さっき領土の一部譲渡及び賠償金を条件に相手からの停戦の申し入れを受諾したんだって」


 男はそう言うとまた耳に手を当てて何度かうなずく。

 そんな男を見ながら晴は考えていた。


 この男は一体何者なんだろうか。

 言われるがまま、男の親切に甘えてここまで来たが、俺はこの男のことを何も知らない。

 知ってることと言えば、アキヒトと呼ばれ、村でも大きい方の家に住んでいるということぐらいだ。

 何を考え、どんな理由で俺を連れてきたのか。

 どんな地位にいて、何の仕事をしているのか。

 何一つ俺は知らない。

 耳に手を当て小声で話している相手は誰なのかも。

 

 そう考えると、晴は急に不安に駆られた。


 ただの親切心からなのだろうか。何か裏があるんじゃないだろうか。俺を助けることでこの男にどんな利益があるのだろうか。

 一度渦に飲み込まれてしまった思考は、絶えず堂々巡りを繰り返す。

 この男は信ずるに値するのだろうか。

 確かにあの時はこの男にすがるしかないと思った。何も知らない世界で差し出された手を素直に掴もうと思った。

 でも、本当にその手は俺を助けてくれるんだろうか。俺を谷底へと突き落す手じゃないのだろうか。

 そう思ってしまうと、この一見優しそうに見える男の奥底に残忍な悪魔が潜んでいるように思えてきた。

 耳に手を当て、誰と何を話しているんだろうか。その向こうにはどんなやつがいるんだろうか。

 思考がめまぐるしく回り、不安に拍車をかけ続ける。

 男の一挙一動が気になって仕方がない。

 

 不意に男が晴の方を振り向いた。


「どうかした?」

「い、いえ」


 男から目をそらし、不安をひた隠す。

 まだ扉の向こうでは騒がしい声が聞こえる。

 晴が不安を押し殺してしばらくすると、扉が開く音がした。


「お待たせして申し訳ありません」


 凛とした女性の声が響く。

 すると、男がソファから立ち上がり、声のした方を向いて頭を下げた。

 ワンテンポ遅れて、晴も男にならう。


「頭をお上げください」


 声に従って頭を上げると、澄んだ青い髪色をした若い女性が立っていた。

 装飾の施された銀の甲冑に身を包み、赤い羽根飾りをつけた兜をわきに抱えている。


「このような格好で申し訳ありません。どうぞ、お座りください」


 そう言い、女性の方も晴の向かいにあるソファに座る。


「初めまして、フェリーナ=ウエスターナと申します」


 青い瞳で晴をひたと見据えながら、目の前の美しい女性はそう言った。


「お忙しい中、お時間を作っていただき誠にありがとうございます」


 そう言って、頭を下げる男にならって晴も頭を下げる。


「そちらのお方が?」

「はい。先日、転移門を通ってこちらの世界に来たようです」

「そちらのお方、お名前を教えては頂けないでしょうか」

「えっ、あ、はい。ハルカワ ハルです」

「ようこそハルカワ。あなたにとってこの世界に来てしまったことは望ましくないことかもしれませんが、我々はあなたを心より歓迎いたします」


 胸に手を当てて女王が頭を下げる。


「あ、いえ。ありがとうございます」


 あわてて晴も頭を下げる。

 それとほぼ同時に、勢いよく扉が開けられた。


「女王様、そろそろお時間です」


 赤い甲冑を身にまとった兵士が、戸口に膝をついている。


「分かりました。ありがとう、カトレア。下がっていいですよ」


 カトレアと呼ばれた赤い甲冑の兵士は、膝をついたまま軽く頭を下げて扉の向こうへ消えて行った。

 女王は晴の方を向き直り申し訳なさそうに口を開いた。


「もう少しお話をお聞きしたいのですが、私の方も戦争の事後処理が残っていますのでこれで失礼させていただきます。こちらにギルドへの招待状を用意いたしましたのでどうぞお持ちください」


 そう言って、女王は一枚の紙を晴に差し出す。


「それでは、今日がよき旅立ちの日となり、立ち行く者に幸あらんことを」


 女王はそう言うと、立ち上がり、一礼をして扉の向こうに消えていく。

 女王が立ち去るのを見届けた後、晴は大きく息を吐いた。

 一気に緊張の糸が途切れるのが分かる。緊張の糸が途切れ、緩んでいくと、それが男にも伝わったのか

男は「緊張したね」と晴同様大きく息を吐きながら言った。

 晴はそれに頷くと、ソファの背もたれに体を預け天井を仰いだ。

 

 とりあえず、男に対する不安もただの取り越し苦労で終わったようだし、一応は万事うまくいっているのだろう。

 見えない未来への不安は拭えないものの、大きな仕事を終えたような不思議な安堵が晴の中を流れていた。

 横を見ると、男も晴と同じような格好をしている。

 男も緊張していたという事実に、さっきとはうって変わって妙な親近感を覚えてしまう。


「立派な方でしたね……」


 今ならこの男と気兼ねなく話せるような気がして、晴は口を開いた。


「そうだね。でも、ああ見えて彼女まだ19歳なんだよ」

「え、ホントですか。同い年には見えないなぁ」

「まあ、しょうがないところもあると思うよ。小さいころから王権争いに巻き込まれていたみたいだからね。そりゃあ、立派にもなるよ」


 自分の背よりも随分と高い天井を二人でしばらく仰いだ後、男が「そろそろ行こうか」というのに促されて、入ってきた扉を出て、二人は外に停めてある馬車へと向かった。

 戦争に勝ったせいか、来た時よりは騒がしく浮ついた空気の城内を歩く。


「そういえば、まだ名乗ってなかったね。ムラキ アキヒトと申します」


 男はそう言って横を歩くハルに手を差し出した。

 晴はその手を握り返した。


「ハルカワ ハルです。見ず知らずの人間なのに親切にしてくれて、ありがとうございました」

「いや、僕の祖父も異世界人でね、あまり他人事には思えなかったんだ」

「あのう、お祖父さんは自分の世界に帰れたんですか?」

「残念ながら帰ることはできなくてね。この世界で寿命を全うしたよ」

「……そう、ですか」


 やっぱり帰ることはできないのだろうか。それはもう覆し難い事実なのだろうか。

 不安が顔に現れたのか、ムラキは晴に気を使うように「でも」と言った。


「でも、今までがそうだっただけで、これからもそうだとは限らないからね。技術が日々進歩するように、元居た世界に帰れる日が来るかもしれないよ」


 そう言って明るい声を出すムラキに晴も明るい声で言葉を返す。


「それもそうですね。それに期待することにします」


 そうは言っても、現状それは現実味のない話である。今までがそうだったように、これからもそうである確率の方がずっと高いだろう。

 ただ、わずかでも可能性がある以上その可能性をあきらめたくはないし、手を伸ばし続けていたい。その結果死ぬことになろうとも、俺はそれでも構わない。実際に死に直面した時にそう言うことができるかは分からないが、今はとにかくそう思う。


「そういや、ムラキさんって何をやってるんですか?」

「一応表向きは農家だよ。まあ、幅広くだね。畜産にも手を出してるし、手の空いてるときには町に行商に来ることだってあるよ」

「あの、昨日言っていた選択肢っていうのは……」

「ああ、あれはギルドのことだよ。農家になるにしても、商人になるにしても、ギルドに所属しなければならない決まりなんだ。僕の場合、メインギルドが生産職ギルドでサブでいくつかのギルドに所属している感じだね」

「ギルドには絶対に入らなきゃいけないんですか?」

「まあそうだね。一応義務付けられてるから。それにギルドに入ったら何かと融通が聞くことも多いし、横のつながりも増えるし、入ってて損はないからね。ただ、毎年ギルドに一定額上納しなきゃいけなくて、それが滞るとギルドからの脱退、場合によっては国外追放にもなりかねないんだ。まあ、滅多にそんな人はいないんだけどね」

「そうなんですか……」

「まあ、そんなことより」


 不意にムラキが立ち止り、晴に向き直る。


「僕はまだここに少し用事があるんでね。ハル君は先にギルドマンションに行っててよ」

「ギルド……なんですか?」

「ギルドマンション。門の前の通りを左に曲がって少し歩いたら右手に見えるから。三つの輪が重なってる看板が目印ね。まあ、城下町でもいっとう高い建物だから問題はないと思うんだけどね」

「はあ……」

「僕も後で行くから。それじゃあね」


 ムラキはそう言うと、傍にあった階段を一段とばしで登って行った。

 と思ったら、いきなり階段の手すりから身を乗り出した。


「着いたら受付の女性に女王の紹介状を見せてね。それじゃ」


 それだけ言うと、また階段の向こうに消えた。

 今までのいい人感というか、親切な人感というか、そんな感じのものが今ので台無しになった気がする。掴みどころがないというか、よく分からない人だ。

 ムラキが消えて行った階段の方を見ながらしばし呆然とした後、晴はムラキが教えてくれた道をたどってギルドマンションへと向かう。


 城内を出て、庭園を通り抜け、門をくぐり城下町へと出る。

 戦争が終わったからか、城下町にもまだまばらではあるが、ちらほらと人影を確認することが出来た。

 門を出てすぐ右に曲がり、赤褐色の建物や木造の建物が立ち並ぶ道を進む。

 よく見ると、どの建物にも木製の看板が掲げられている。傾いて中身がこぼれているグラスを描いた看板や、鎖に繋がれた竜の絵の看板、傾いた塔を描いた看板など多種多様な看板が掲げられ、そのどれもが必ずと言っていいほど、面白く一見変わった看板だった。

 さらには絵が動いてる管板も見受けられ、それがさらに晴の興味を誘った。

 そうやって看板を見ながら歩いていると、二つの輪が重なった看板が目に止まった。


「これか?」


 確かに外観は目立つ。建物の高さは周囲の建物より少し高いだけと、さして目立つものではないが、何と言ったって牙をむいた獣が建物の壁からはみ出しているのだ。さすがに飾りではあるとは思うが、その迫力は目を引くものがある。

 その他にも、爪や牙だと思われるようなものがいたるところに装飾として施されている。

 中に入るのがためらわれるような外観だが、輪が重なってる看板である以上、ここがギルドマンションなんだろう。

 しかし、どうも入るのが躊躇われる。

 建物の扉が開け放たれているため、これ幸いにと晴は中を覗き込んでみた。

 ところが、中が薄暗くてどうもよく見えない。それでもと首を伸ばしたり、頭だけを入れてみたり、試行錯誤していると、後ろから声をかけられた。


「おや、どうかされましたか?」


 晴が振り返ると、白い燕尾服を来た細見の若い男が立っていた。


「私の店に何か御用で?」

「あ、いや、ギルドマンションとやらを探してるんですけど……」

「ギルドマンション?」

「はい……」

「それなら、こちらとは反対方向になりますね」


 男はそう言いながら方眼鏡を押し上げる。その姿がやけに様になっていて、余計に不気味に感じる。

 この男とこの店はあまりにも釣り合わな過ぎる。晴はそう思った。

 そう思ったからこそ、晴は「ありがとうございます」という言葉だけを言い置いて、その場から立ち去ろうとした。

 それにも関わらず、男が晴の腕をつかむ。


「こうして会えたのも何かの縁です。遠慮せずにどうぞいらしてください」


 柔らかなもの言いとは裏腹に、男は思いのほか強い力で晴を引っ張っていく。


「え、ちょっと、待ってください。俺ギルドマンションに行かなきゃ……」

「ええ、少しの間だけです。美味しいお菓子もありますので」


 そう言い、男は晴を連れて店の中へと入っていった。


 

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