60年後
私用で明日の掲載ができないので、一日早めて掲載させて頂きます。
また、時間の都合上前書き・後書きともに省略させていただきます。
それでは第11話、60年後をお楽しみください。
「運命……ハルだったな、お前は運命と言うものを信じるか?」
男は何か思うところがあるのか、深くため息を吐くかのようにそう言った。晴に尋ねているというわけではなさそうだったので、晴は何も答えずに耳をすましていた。
「まあ、お前が信じようが信じまいがどうでもいい。俺にとってはな。言っておくが……俺もまだ全部は信じちゃいねえ。信じようがないというか、あまりにも突拍子な話なんでな、信じきれねえんだ」
少し自嘲気味に男は笑った。反対を向いてる晴からは分からないが、恐らく強面気味の男の表情は苦悩に歪んでいただろう。
男は「それでも」と口を開いた。
「それでもよ、お前がここに来ちまった以上、全て嘘だと決めつけることもできなくなった。全く、厄介なもんだよ。嘘みたいな話なのに、信じきれないわけでもねえ」
やはり男は自嘲気味に笑いながらそう言った。
「俺の兄貴がユリウス=アンダートンだってことは言ったよな。不思議なことに、アンダートンの血族ってのは何かと不思議な能力を持つことが多くてな、兄貴も例外じゃなかった。俺が7歳の時だ、兄貴は俺に未来を見えたと言ったんだ。アンダートンに限って言えば、別に未来が見えることは大して特別なことじゃねえ。過去に何人もそういう人間がいたし、多少なら未来にいじくることができるっていうやつもいたくらいだ。未来が見えることそれ自体は珍しいことじゃなかった。ただ、兄貴は違った。兄貴に見えたのは60年後の未来だった。……いや違うな、まだ断定はできない。兄貴は60年後の未来を見たと言ったんだ」
60年後の未来……それは信じるにはあまりにも難いものだろう。数時間先が見えると言われても信じる人は限りなく0なのだ。それが60年後だと言われたら信じないのが当然だろう。
「俺も最初は信じなかった。今でさえ半信半疑だ。当時、見たという60年後を兄貴は事細かに俺に話して聞かせたが、俺はそれを信じることはなかった。当たり前だ、60年後の未来を見たなんて馬鹿でも信じる話じゃねえ。ましてや、60年後までの59年間も、60年後以降の何年、何十年先も兄貴は見ることはなかった。兄貴が見たのは60年後の未来だけだ。60年後の1年間の未来だけだった」
男はそこで言葉を切ると、何か飲み物をすすった。
この話は俺に関係があるのだろうか。いや、恐らくあるのだろう。俺に話すということは俺に関係があるということなのだろう。そして恐らく、それは俺にとって喜ぶべきことではないはずだ。少なくとも、元の世界に帰られるといった類の話ではないだろう。男の口調がそう語っていた。
「別に信じることを強要するつもりはない。何年も前から知っている俺だって信じ切れていない話だからな、初めて聞かされて信じられないのも無理はないだろう。だから別に信じろとは言わない。ただ、聞いてくれ。これから話す兄貴の見た60年後の――これから先の未来の話を聞いてほしい」
男はそう言うと、また一口すすった。その音が、無音の中にただ一つ響く。
晴は微動だにせず、ただ目の前にある窓の外をじっとに睨みつけていた。
「今のところ……と言ってもつい最近なんだが、兄貴の見た未来は間違っていない。帝国が領土を拡大し、周辺諸国がそれに巻き込まれる。ウエスターナも例外なくだ。そこの過程は細かい説明は必要ないだろう。知らなくても問題はない。重要なのはここからだ。兄貴の話ではウエスターナが滅びるそうだ。それも帝国軍人ではなくウエスターナ自身の手によってな。どうやって滅びたかは兄貴は言わなかったが、ただ一言『できれば見たくはなかった』と言っていたから相当ひどかったんだろう。ウエスターナが崩壊した後、帝国の矛先は周囲を帝国に囲まれる形となったハンゼンブルクへと向かう。これは一方的な虐殺だったそうだ。帝国軍とオーデュによる圧倒的な兵力による駆逐だと言っていた。人を人として見ず、命ほど軽いモノはないと言わんばかりの大虐殺。兄貴はそう言っていた。その後、帝国は同様にウエスターナの下に位置するノーデルラントを占領するらしい」
頭の中で大まかな地図を描きながら晴は耳を傾けていた。
やはりどうにも信じられない。そうも簡単に一国というのは潰れるものだろうか、それほどまでに国というのは脆いのだろうか。それに、内容があまりにも現実離れしすぎていて、余計に不信感を抱いてしまう。
「そうすれば、このアントラ大陸はほぼ全領土がトルカ帝国のものとなる。そこには慈悲も情けもない。従わねば殺され、従えば命が長らえる代わりに隷属となりトルカの民に尽くさねばならぬ。兄貴は言っていた、トルカの治める天下では、石ころと同じように屍が道端に転がっていると。まるで道具であるかのように人が酷使されていると。そして、その世界においては人の命ほど軽いものはないとさえ思えてくると。兄貴はそう言っていた。だから、俺は変えなければならないとも。未来を知る俺が、未来を知ってしまった俺がトルカの支配する未来を変えなければならないと。少なくとも自分が見た世界よりは、人が人らしく生きられる世界を作らなければならないと、そう兄貴は俺に言った」
この男はどうしようというのだろうか。この話を信じ戦うのだろうか、それとも虚言だと言い放ち無視するのだろうか。どちらにしろ、俺には関係のない話だ。
晴はじっと窓の外を見つめていた。ぼんやりとだが、月明かりだけが照らしだす木々が静かに晴を見つめ返しているように見えた。
男は大きく息を吐くと、「しかし」と続けた。
「しかし、どうしてこうも当たるかね、兄貴の見た未来ってのは。言われたとおりに死に物狂いでこの小屋まで来てみたら本当にあいつがいやがるんだもんな、それにお前も来た。そろそろ信じてもいいんじゃねえかと思えてきたよ」
「あいつ」とはあの外で煩かったやつのことだろうか。
それにしてもまだ謎が残る。百歩譲ってユリウス総帥が未来を見たという話は信じたとして、なぜこの男は俺にそれを話したのだろうか。ユリウス総帥は未来の中に俺を見たのだろうか、それならば俺が無能であることも分かるはずだ。それに仮に未来の中に俺を見ていなかったとしても、戦場から全力で逃げてきた俺は無能であるということに気付くはずだ。それなら、どうしてこの男は俺にこの話をした。俺にどうしろというのだ。
晴は男と話そうと、体に走る痛みに顔をしかめながら上半身を起こして男の方を向いた。
晴はティーカップ片手に木製の椅子に座っている髭面の男と正面から対峙した。
「なんで俺に話したんですか?」
晴が聞くと男はフッと笑った。
「そう急くな。まだ終わってないんだ。いいから聞け」
男はそう言うと、手に持っているティーカップの中身を飲み干してから話し始めた。
「兄貴が見たのは何も悪いことだけではなかった。ほんの一欠けらの希望も60年後の未来の中に見たんだ。それがあいつ――アルスだった」
「アルス?」
「ああ、お前はまだ知らなかったな。今この家にいる、トルカの死んだと思われていた皇子だ。臣下の裏切りが発覚した時に当時の国王が密かにここに逃がしたらしい。詳しいことは直接聞いてくれ。とにかく、俺が兄貴に言われてここに来たときあいつがいたんだ。そして、兄貴はあいつを、アルスを希望だと言った。起こりうるトルカの最悪に対抗できうる希望だと」
「それと俺に、何の関係があるって言うんですか?」
いい加減うんざりしてきていた。俺に関係があるのなら、直接そう言えばいい。妙に遠回しのような気がして苛立ちが募る。
晴が若干の怒気を含んだ声色で尋ねると、男ははっきりと晴を見て言った。
「兄貴はもう一人、鍵となるやつがいると言った。それがお前だ、ハル」
晴は男を睨みつけた。どうして俺がそんな役割を担わなければならない。ついこの前、こっちに来た俺が何故そんなことを言われなければならない。
「嘘を言わないでください。俺は総帥から何も聞いてないんですよ」
「それでも、確かに兄貴は見たと言っていた。ここにもう一人、鍵となるやつが現れると」
「俺か分からないじゃないですか!」
「お前しかいない!他に誰がいるっていうんだ!」
男は椅子から勢いよく立ち上がった。その拍子に手からティーカップが落ち、地面にあたって砕けた。
「まだ来てないだけかもしれない!少なくとも、俺はそんなものは背負いたくない!」
「ふざけるな!これはお前一人の問題じゃないんだ!」
「勝手に押し付けないでください!それに俺は異世界人だ!この世界がどうなろうと知ったこっちゃない!」
晴が躍起になって大声を出すと、男は深くため息をついて椅子に座り、そのまま頭に手を当ててうなだれた。
晴も落ち着こうゆっくりと呼吸をし呼吸を整える。
突拍子過ぎる。60年後の未来ではアルスという子供が世界を救う希望となり、同じ場所に居合わせた人間がキーパーソンとなる。あまりにも突拍子過ぎるのだ。そしてそのキーパーソンが俺だなんて信じられるわけがない。百歩譲って俺がそのキーパーソンだとしても、俺がこの世界のために動く義理もなければ、得すらない。そんな自ら戦地に赴くようなマネをしたなら死期を早めるだけだろう。
男はまた大きくため息をついた。
「もういい。お前じゃなくて鍵となる奴が他にいることを期待するよ。悪かったな邪魔して。体が治るまでこの家にいていいから、ゆっくりしてってくれ」
男はそう言うと、うなだれながら部屋を出て行った。
晴は倒れこむようにベッドに仰向けになった。
どこか居心地の悪さが残っている。それでも、自分の選択は間違っていないと思う。
仮に男の話がすべて事実で、ユリウス総帥の見た60年後の未来というやつも本当だとして、俺に何ができる?戦場から背を向けることしかできなかった俺に何ができる?俺がいたところで何かが変わるのだろうか?俺の選択は間違っていない。この世界の運命を背負うには俺の背中じゃあまりにも小さすぎる。
晴は体を窓の方に向けた。いつの間にか部屋を照らしていたロウソクの火は消え、窓の外、夜のとばりの中に佇む木々がはっきりと見える。
「俺は間違っていないよな」
晴は誰にともなくつぶやいた。それに答えが返ってくるわけがなく、ただ妙な居心地の悪さだけがずっと残っていた。
お疲れ様でした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は来週の金曜日に掲載させていただきます。
それでは、短い後書きですが失礼させていただきます。
またのお越しをお待ちしております。




