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わたあめ  作者: 天月 和宙 -sora-


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19/20

第19話:灯火をあずかる手


 源さんを看取ったあの冬の夜から、季節は巡り、再び柔らかな光が街を包む春が訪れていた。


 源さんが旅立ったあとのクッションの前に、私たちは今も毎日、新鮮なお水とお花を絶やさずに置いている。


 ハルと黒猫は、時折そのクッションの匂いを嗅いでは、まるでそこにまだ大好きな仲間がいるかのように、のんびりと日向ぼっこをしていた。


 「命を最期まで見届ける」という経験は、私たちの活動に、より深い覚悟をもたらした。


 それをきっかけに、私たちの保護活動は新しく「看取りのボランティア」という、特別な形へと動き出していた。


 動物ボランティアの現場には、病気や高齢のために、もう新しい里親が見つかる可能性が極めて低い犬や猫たちがいる。


 ただ施設で最期の時を待つしかない彼らを、私たちの家に迎え入れ、残された時間を家族として穏やかに過ごさせてあげること。


 それが、今の私たちが担う大切な役割になっていた。


「この子、名前は『サクラ』っていうの。もう腫瘍が全身に転移していて、余命はあと数週間って言われているのだけど……」


 ボランティア団体の真壁さんからそう紹介されたのは、ガリガリに痩せ細った、15歳の三毛猫だった。


 サクラは、自分の運命を受け入れているかのように、静かで深い瞳をしていた。


「私たちの家へいこう。美味しいご飯と、暖かいお布団を用意してあるからね」


 私はサクラを優しい布で包み、我が家へと連れ帰った。


 人間の病院で看護師として働く日々の中でも、私は多くの「看取り」に携わっている。


 医療の力ではどうにもできない限界が訪れたとき、私達看護師ができることは、苦痛を少しでも和らげ、その人がその人らしく、尊厳を持って旅立てるよう寄り添うことだけだ。


 人間の医療現場で培ったその知識と技術は、サクラのような動物たちに対しても、そのまま活かされた。


 どこが痛むのか、どうすれば息が楽になるのか。


 言葉を持たないサクラの小さな身体のサインを、私は看護師としての視線で見守り、彼はサクラが少しでもリラックスできるよう、部屋の温度を整え、お気に入りの音楽を小さな音で流した。


 サクラと過ごした日々は、わずか一ヶ月足らずだった。


 けれど、その一ヶ月の間、サクラは私たちのベッドの真ん中で、ハルや黒猫に見守られながら、まるでずっと昔からそこにいた家族のように、喉をゴロゴロと鳴らして甘えてくれた。


 そしてある日の明け方。


 サクラは私の手のひらにそっと顔を預けたまま、最後にもう一度、深く息を吸い込むような仕草をして、静かにその生涯を閉じた。


「サクラ、お疲れ様。うちに来てくれてありがとう」


 涙が頬を伝う。


 過酷な世界で傷つき、見捨てられかけた命が、最期の瞬間だけでも「愛されていた」という記憶を持って旅立てたのだとしたら、私たちの存在には、確かな意味があったと思えるからだ。


 サクラを看取った日の夜、私は一人、あの古いわたあめ機の前に立っていた。


 ゴトゴト、ゴトゴト……。


 静かに回り出す回転皿。


 ザラメを入れていない機械から、ほんのりと熱が立ち上り、白銀の糸がふわりと部屋の空気に溶けていく。


 あの日、物理準備室であの青年が遺していった、命の熱。


 それは今、私の手を通じて、源さんへ、サクラへ、そしてこれから出会うであろう多くの「消えゆく命」へと手渡される、優しいバトンになっていた。


「お疲れ様」


 後ろから、彼が私の肩にそっと手を置いた。


 その手のひらの温かさに、私は深く息を吐き、寄り添う。


「ねえ。私、看護師になって、そしてこの活動を始めて、本当によかった」


「うん。お前がその手で救って、寄り添ってきた温もりは、みんなに届いていると思うよ。そしてあの日からずっと、あの青年にも、ちゃんと届いていると思う」


「……ありがとう」


 胸の奥がじんわりと温かくなり、私は彼の手に自分の手を重ねた。


 一人では抱えきれなかったかもしれない命の重みも、別れるさみしさの胸の痛みも。


 隣で共に悩み、手を差し伸べ、一緒に歩んできてくれた彼がいたからこそ、ここまで来られたのだ。


 この人と出会い、共に命と向き合える日々があることに、心からの感謝が込み上げてくる。


 私は彼のぬくもりに背中を預けながら、窓の外の夜空を見上げた。


 春の夜空の向こうで、あの青年がいつものように悪戯っぽく笑っている気がした。


 命はもろい。


 いつか必ず終わりが来る。


 だからこそ、その灯火が消えるその瞬間まで、私たちは温もりを送り続ける。


 


(全19話・終わり)


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