【1】敵を蹴散らし、戦車は暴れる
サイレンがけたたましく鳴り響き、その音に誘われる様に野次馬が集まってくる。
野次馬を警察が必死に押し留め、その様子を中継車の前に立ったリポーターがカメラに向かって険しい表情で話しかけている。
ある日のお昼過ぎ、場所は駅前の陽柱銀行。いつも平和だったこの場所が、一つの事件により、ざわめきと恐怖渦巻く危険地帯へと変貌していた。
「銀行強盗だぜ、銀行強盗! これは軽くとっちめてやらないとな」
ついに我慢しきれなくなったのか、危険地帯のど真ん中の少し上で、彼女は自慢のポニーテールを揺らしながら、元気よく両手をグルグルと振り回しだした。遠足直前の小学生の様に、身体全体でテンションが最高潮に高まっている事を伝えてくる彼女。いやいや、相も変わらず仕事前はやる気十分だね。
「当然だろ! こんな時の為に私達がいるんだからな!」
パチポチとキーボードを叩きながら笑う僕に、力強く拳を握り虚空へと放ちながら微笑む彼女。名前は朝倉 風香といい、風に靡くポニーテールが可愛らしい、身長150センチ未満の小学生ボディーを持つ27才。現在は何故か空想した銀行強盗相手にシャドーボクシングを始めている。暇でやる事がないからって、あまり暴れ回らないで欲しいな。場所も場所なんだし、ってまぁ、聞いてないだろうけどね。
「流石、中ボスだな! だが、それならボディーからのアッパーっ! 何だと、これすらも耐えるだとっ!?」
小さくため息を吐き出す僕の事など軽くスルーし、いつの間にか中ボスまで辿りついていた風香ちゃんは、苦悶の表情を浮かべながらも相手に向って次から次へと拳を叩きこむ。おー、低空からの右ストレートに、ガードが下がった所へ顔面めがけて拳を何度も叩きこんでいる。
「なはははは! これが、ウルトラスーパーエクセレントコンボver.2だ!」
ビシッと妄想している銀行強盗が倒れているであろう場所を指差して、勝ち誇った笑みを浮かべる風香ちゃん。随分と盛り上がってるけど、誰もいない場所に向って語っている姿は随分とシュールだよね。
妄想世界の住人となりかけている彼女に、僕は小さく呆れながらも気づいて貰えるようにパソコンを持ちあげ彼女の前へと回る。
本当は暴れるのは控えて欲しいんだけどな。今、一応事件が起きている銀行の真上にいるんだよ?
困った笑みを浮かべながら、僕は今いる場所を見渡す。
今僕たちがいるのは危険地帯の少し上、つまり陽柱銀行の屋根の上だった。こんな所でドタバタしてるのを気づかれたら、また『屋根の上のチビッ子ボクサー』とかいう理解に苦しむ伝説都市が増えてしまう。
「別にいいだろ、暇なんだしさ。明日葉が来るまでの間だって」
悪びれる事なくそう答える風香ちゃん。いや、暇って、今勤務中なんだけどね。ある意味待機時間だけど、もうすぐ仕事も始まるんだからさ。それまで少し我慢しててちょうだいよ。
「もうすぐっていつだよー! 何時何分何曜日だよー」
ゲーム屋前の子供みたいに彼女は駄々を捏ねる。27年の歳月を重ねレベルアップしすぎた駄々の捏ね方は色々と凄まじい。さすがに年季が入っているだけの事はあると思う。
「うるせー。暇なもんは暇なんだって。早く来いよー」
その言葉に我に返った様に素の表情になると、風香ちゃんは諦めた様に上半身だけ起こす。
彼女の様子に僕は小さく苦笑を零す。そして、腕時計で時間を確認してみるが、今はまだ昼の三時を過ぎたぐらい。世間一般ではレストランのランチタイムが終わり、スイーツタイムに変わる程度の時間帯であり、まだまだ世間の皆さまの活動時間圏内である。今、待ち人は休日なのに特別授業とかで学校に行っていますからね。途中で抜け出すにも少し時間はかかるよ。
「中学生ってのも大変だなー。学校帰りに事件解決とは」
青い空を仰ぎながらそう漏らす風香ちゃんに、僕は肩を竦める。確かにそれだけ聞くと、どこの子供向け文庫のヒロインだという感じですか。甘酸っぱい青春とか、甘い恋愛の罠とか美少女戦士とか聞くだけだと随分と楽しそうですけど。まあ、あの人はそんな事鼻で笑いそうですけど。
そう答えながらキーボードの上に乗せていた手を退けて僕は少しだけ肩を竦め、風香ちゃんは小さくため息を吐き出した。
「そりゃそうだだろうな。よっと」
ぴょんっとその場で跳ねる様に立ちあがると再びシャドーボクシングを始める風香ちゃん。右の拳を握りそれを虚空に向って放ち続ける。うん、相変わらずの落ち着きのなさ。風香ちゃんはマグロと一緒で動いてないと死んじゃうんだったね。僕はもう止めるのは諦め、待ち人が来られるのを待つ事にする。
キーボードでパソコンの画面に『もうちょっと待っとこうねー』という文字を打ち込み、風香ちゃ+んはそれを呆れたような目で見ていた。
そんな時だ。
巣で羽を休めていた鳥達が一斉に飛び立つ。
青い空へと羽ばたく鳥達に、僕達は周囲に視線を向ける。そこには、義経も吃驚の身軽さで、ビルの屋上から屋上へと飛び移りながら、物凄い速度でこちらに向ってくる女性が目に映った。どうやら、当主が来られたようですね。
ビルの屋上から屋上へ移動して此方へ向かっている彼女に、僕は小さく微笑みを浮かべた。ただ、あれですけどね。スカートで飛び跳ねるのは止めておいた方がいいと思いますけどね。
「おっ、ようやく来たか。待ってたぜ」
スカートを花開かせながら移動している当主を見て、顔を上げて嬉しそうに笑う風香ちゃん。その声に答える様に当主は、一際大きくビルからジャンプし、僕の背後でとんっという軽い音を発て、屋根の上へと降りたった。
「……ふう。今、到着した。勝虎、さっさと仕事。風香さんも遊んでないで」
凛とした声でそう言ってくる。その声に僕が振り返ると、そこには黒髪の少女が立っていた。
表情を変えずにただ淡々としている少女は、振り返った僕に向って背負っていた鞄を放り投げると、乱れていた息を整え始める。
腰の辺りまで伸ばした髪が綺麗な、ツリ目掛ったその整った顔は、可愛らしいというよりも、美しいという言葉が似合う少女。名前を鎚宮 明日葉。あちらの世界では有名な鎚宮家の当主であり、実質的な僕の上司でもある14才の女子中学生だ。
学校を抜けだしそのまま来た為か、制服姿のまま。下にはスパッツを穿いている様ですがやっぱり制服で飛び跳ねるのは、女性としてはどうかと思いますよ。
「うるさい、死ね」
当主はスカートのまま放たれる当主のハイキックを、パソコンを守る為、僕は半歩下がってそれを避ける。いえ、ですから、制服姿で暴れ回るのはいけませんよ。はしたないです。
「勝虎、お前は一度死ね」
軽く当主を窘めるが、当主はムスッとした表情でそれだけ言う。まあ、とにかくお疲れ様ですよ。何か飲みませんか?
「別に疲れてない。飲まない。死ね。それより、説明」
鞄を直し、ポケットからジュースを取り出す僕を無視し、さっさと仕事の話を進める当主。相変わらず仕事が好きですね。そんなのだから、たまの休日で何をしていいのか分からないお父さんみたい、館を歩き回る事になるんですよ。
「うるさい、死ね。二度程死ね」
僕の戯言などに耳を貸さずそう答える当主に、僕は小さく肩を竦める。そして、鞄から数分前に本部から取り寄せた紙の束を取り出し、ごほんと咳払いをする。
ようやく説明が始まる雰囲気に、先ほどまで架空のラスボスをボコボコにしている風香ちゃんも黙ってこちらを見上げている。さて、ご注目頂きありがとうございます。
二人の視線に、僕は苦笑しながらキーボードを叩く。当主は目で御託はいいからさっさとしろと睨みつけてくる。その冷たい視線に再び苦笑で返しながら、僕は資料に視線を落とした。
さて、では手早く最低限の簡単な説明を始めましょう。
現在の情報では、陽柱銀行に複数の銀行強盗が押し入っています。警察の発表としては詳しい人間像や武装の種類などはまだ特定できていない状態です。ただ防犯カメラには4トントラックが2台も銀行へ突っ込んでいる映像が映っており、中々ファンキーな強盗団という事はわかっておりますね。
現状は、犯人たちは人質を取って立てこもっており硬直状態。要求内容は不明。
更に管理局が確認した情報では、内部の様子を分析したところ、銀行強盗のそれぞれロビーや応接室、倉庫に立てこもっているようです。詳しい位置は改めてデータで送りますね。
まあ、此処までは手口は置いておいたとして、けっこう普通の銀行強盗なんですけどね。
そこで僕は一端、言葉を区切ると当主達を見回す。すると、その意図を理解してくれたのか二人の瞳が一瞬だけ鋭くなった。そんな様子に、僕は小さく頷くとパソコンで動画を映し出す。
映し出されるのは、少し前の銀行の様子。数台のパトカーと、集まっている警察官だった。銀行強盗が立てこもってすぐの出来事だ。銀行強盗に交渉しているのだろう、何やら警官がゆっくりと銀行に近づいていく。
その瞬間、銀行内部から目だし帽をかぶった男が一人飛び出した。
男は飛び出した後、異常な速度で走り出す。そして、パトカーを素手で打ち砕き、それを止めようと包囲しようとする警官を空気圧のようなモノで吹き飛ばす。そして、そのまま異常な速さで銀行の中へと戻っていく。
最後に残ったのは拉げた数台のパトカーと、倒れる警官たちのみ。
見てわかると思いますが、少なく見積もっても人間業ではないのは確実です。それを受けて、警察はこの銀行強盗を『ヒーロー事件』に分類しました。
これにより、この事件はヒーロー管理局が取り仕切ります。
「よっしゃあ、やるかぁ! 銀行強盗退治だ!」
ちょっとだけ連続更新です。




