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セイギノヤカタ  作者: 蝟太郎
首は落ちても、落ち込まず
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【6】首は落ちても、落ち込まず





 さて、それでは僕から説明しましょうか。白い壁に映像を映し出すと、僕はゴホンと咳払いをして、作成した資料へ視線を落とした。


 被害者の名前は織戸利 夏海。織戸利家の次女で両親は健在、五つ年上の姉がいますね。


 首を斬られて生きている事を考えると、間違いなく人外と断定出来きます。彼女の両親に人外登録がされていないので、条約締結前に遺された子供の子孫で間違いでしょう。


 ただ、気になるのは、学校での秘密調査でも人外判定はされていない事。偶然漏れてしまったのか、それとも首を斬られた瞬間に目覚めたのか。

 何方にしても、ヒーロー管理局には連絡を送りましたので、織戸利 夏海もすぐに人外登録されますよ。


「なるほど、よくある人間界に住む人外のパターンという奴ですか」



 ノイズ混じりのラジオが聞こえる薄暗い部屋の中で、僕のパソコンから映し出されたスライドの画像に目をやりながら、眼鏡をかけた男は何とも言えない表情でそう呟いた。僕はその男の表情に目をやりながら、小さく頷いた。


 織戸利家は、いずれは人外の血が完全に消え、完全な人間になる筈だった家系。自分自身が人外である事すら知らず、人間として暮し、人間として死んでいく筈だった人外。

 パソコンでスライドに文章を映し出しながら答える僕に、眼鏡の男は腕を組みながら言った。



「彼女の両親にはこちらから話をつけておきました。後、三日は警察が保護している事になっていので、大丈夫でしょう」

 それは助かりますね。首だけの娘さんを警察が渡しに行ったら、それこそ大事件になりかねないから。そんな事を考えている僕に、男は眼鏡の位置をくいっと調節しながら答える。



「これで、問題は彼女の身体の方だけですね。そちらは今どこに?」



 少し低い声色に変えて話をきりだす男に、僕は小さくため息を吐き出すと、キーボードを叩きスライドの上に世界地図を映し出した。そこには、小さな赤い印が点滅していた。


 ここですね。強盗団が持ち帰った身体だけど、現在はとある街の廃ビルに隠されています。陽柱銀行から827キロ先にあるロシアのウラジオストクですよ。



「……それは、まあ、何と言うか」

 随分とぶっ飛んだ場所に逃走した強盗に、男は絶句してしまう。でも、それも仕方がない。強盗が逃げてからまだ三十分も経っていないのに、この移動距離だ。あの飛行機がジェット機でもなければそんな事は不可能だろう。



 驚きを隠せずに目を見開く男に、僕も同調する様に小さく肩を竦めた。変身能力の所持に、この移動距離。既に分かっているでしょうが、今回の犯人は特殊指定科学力に関する知識を所持していますね。


「いやいや、随分と面倒な事になりましたね」

 困った様な表情を浮かべる男に、僕も少しだけ苦笑を零した。まあ変身能力を所持している時点で十中八九こうなる事を予想していましたけどね。当然ですが、今回の事件は最初から最後までヒーロー事件として扱いますよ。



「そうですね、分かっています。まあ、警察としては人質の人間が無事だった事で既に満足ですし、それなりの協力はさせていただきますよ」

 仰々しく頷く男に、僕はパソコンを弄りながらも小さくため息を吐き出した。



 異常な移動速度や、遺伝子組み換えを行う薬。それだけの移動を可能にしている背景には、特殊指定科学力があった。



 特殊指定科学力について説明するには、ヒーローについて少しだけ語らなければない。

 そもそもヒーローとは、巷で噂されている悪の組織とかに襲われた時に、颯爽と助けにくる様な格好いい存在ではない。ヒーロー管理局という世界機関が定める法に従い、人間と人外の摩擦で生じるトラブルを解決する役割を担っているのがヒーローという存在だ。



 では、何故その様なヒーロー管理局がこの世に存在しているのか。



 それは世界の平和を守る為でも、当主の様に『世に平穏と安定を。笑うべきモノに笑顔を』など高尚な理由でもない。人外の存在を人間へ知らせない為だ。

 数十年程昔の事だ。まだ人間達が二度目の世界戦争を行っていた頃、人外は人知れず人間に恐怖を覚えていた。今まで自分達よりも弱かった存在が、武器を持ち、知恵を使い、鉄を空へと飛ばし、爆弾一つで都市一つを破壊するまでに成長したのだ。



 しかも、その科学力は衰えるどころか、日夜ネズミ算式に膨れ上がっていた。



 人間という存在は下手をすれば、自分達を皆殺しにしかねない。人外の長達はそう考えていた。

 しかも、人間からしてみれば、人外という存在は、人間が何をしてもその影響が殆どこちらに漏れだしてこない世界に住んでいる。彼らからしてみれば、資源も実験場所も何もかもを手に入れる事が出来る御馳走の様な世界なのだ。この世界の存在に気づけば、人間が手を出さない筈がなかった。



 これに危機を覚えた人外の勢力は、まだ自分達で太刀打ちが出来る内に、人外の長達は大戦で疲弊している人間に向けて極秘裏に話し合いを行った。


 その結果、生まれたのが不可侵条約であった。


 不可侵条約とはもう一つの世界への一切の攻撃を禁止し、一部を除いた人間には、人外が存在する事や、もう一つの世界がある事を秘匿する事だった。そして、それ以上の科学力拡大を抑える為に、一部の科学を除き、その強大な科学力を民衆へ公開する事を禁止したのだ。


 戦争を終えたばかりの人間の長達はその条約を飲むしかなかった。戦争で疲弊した戦力では、自分達とは全く違う能力を持つ集団と戦う事が出来なかったし、人外が裏で色々と動いていたからだ。



 その結果、人間の科学力は上層部を除き、本当にゆっくりとした速度で公開された。そして、その様な科学力でも民衆はそれを然したる異和感も感じずに受け入れ、現在の停滞した科学が支配する世界が生まれた。


 自動車は空を飛ばないし、天気も自在に操る事すら出来ない。おまけに自律型ロボットすらまだ発明されていない停滞した科学の世界である。



 民衆はそれを受け入れた。



 しかし、科学の発展自体は止まる事はなく、一般には公開されないまま、ずっと数十年の間を研究され続けていた。人間は科学が止まるのを頑なに拒否し続けていたし、人外達も人間に逆襲されぬ様に強大な科学力を得ようとしていたからだ。人外や異世界という概念を発見した人間たちは、人外達の強力により更に強大な科学力を得る事に成功していた。


 だが、その所為で人外が人間世界に頻繁に出入りする事も多くなり、日常的なトラブルが発生する事も多々生まれるようになってしまった。それは些細な問題から、大きな問題まで様々だ。更には既に人間の世界に住んでいた人外とのトラブルもある。



 そうった問題を解決する為に生まれたのが、ヒーロー管理局であった。ヒーローはそこに所属し、日夜人間と人外の交易摩擦についての問題解決に勤しんでいるのだ。

 まあ最も、世界にはもっと昔からヒーローと呼ばれる存在が日々、人類の平和を望み秘密裏に活躍していた時代もあったが、そういった誰かの為にという概念だけで活動するヒーローはいなくなってしまったけどね。



 つまり何が言いたいのかと言うと、特殊指定科学力とは人間が一般に公開していない研究の事なのだ。ちなみに、風香ちゃんのベルトや、当主のチョーカー等も、この特殊指定科学力によって作られた逸品だったりする。



 今回の事件においては、ヒーローに変身する薬、異常な速度で移動する飛行機などの道具がまさにそれだろう。間違いなく人間が秘匿している特殊指定科学力を所持している筈だ。



 改めて考えると本当に、面倒ですよね。

「そうですね。ですが、面倒な事をするのが私達の仕事ですよ」


 僕は再び小さくため息を吐き出し、眼鏡の男はそれを見てそう呟くように言った。そして、話題を変えるように一度大きく伸びをするとこう話し始めた。



「さて、そちらの状況は分かりました。では次は此方の番ですね」



 その言葉に僕は男に向って視線を向ける。その視線に男は小さく微笑みで答えると、取り出した資料を僕に手渡した。



「逮捕した銀行強盗達の尋問が一通りですが完了しました。あまり芳しくありませんでしたがね」


 男は資料をペラペラとめくりながら、そう説明していく。


「まず、基本的な情報ですが、奴らの組織名はアポカリプス。彼方此方で犯罪を行っているギャング崩れとでも言えば分かり易いですかね。そこらの組を追われた人間や、若気の至りを拗らした青年なんかを吸収し肥大化した新勢力です」



 淀みなく喋っていく男の説明に耳を傾けながら、僕は資料へと目を通していく。逮捕した銀行強盗達の身元がある程度載っているのだが、皆出身もバラバラで共通しているのは全員が二十歳前後という所だろう。しかし、これでは。



 少し考え込んでいる僕を見て、眼鏡の男は小さく肩を竦めた。


「言いたい事は分かります。私もヒーローの活躍映像を見させて頂きましたからね。ギャング崩れにしては動きに統制が取れ過ぎているという事ですよね」


 ヒーローが乗り込んでくるという状況下で、ほぼ全員がまともに動けていた事実を思い出し、僕が頷いた。すると、男は真剣な表情でこう答えた。



「逮捕者全員から、特殊な機器が検出されました。脳へ特殊な電波を流し、統制のとれた行動を行わせる物の様です。これも特殊科学力で作られた物ですね」



 あらら、随分と簡単に、特殊科学が手に入れれる時代になったもんだね。眼鏡の男の言葉に、僕は呆れながらそう考える。


「最近は人間も人外も騒がしいですからね。どこで誰が不穏な動きをしているのか、誰も把握しきれていませんよ」



 そう言って男はラジオを指差した。そこでは大規模なテロ組織が捕まったというニュースをキャスターが凛々しい声で述べていた。これは確か、どこかの国のヒーローが関わった仕事だったかな。壊滅させるのにヒーローが二人も倒されると程の大規模な組織だったとか。


 思い返している僕に、眼鏡の男はため息を吐き出しながら大きく首を振る。


「どこからか、一部の特殊指定科学力が漏れだしているという話です。そのニュースもその口らしくてね。面倒な連中が増えているんですよ」


 なるほど、随分と物騒な時代になってきたモノだね。そろそろ車が空を飛ぶ時代も本当に来るのかもしれないね。キーボードを叩きながら答える僕に、眼鏡の男も大きく頷くと言った。



「全く困った物ですよ。必死に特殊科学力を守っている私達が馬鹿みたいですよ。最近ではテロ組織だけでなく、民間にも渡っているらしいですから世も末ですよ。聞いた事ありませんか、名無しのヒーローを」


 さてね。聞いた事のない言葉に僕は首を傾げる。そんな僕に、男は小さく笑うと答える。



「いえね、ここ最近有名になってきた管理局に属していないヒーローなんですよ。漆黒の姿で夜の街を駆け巡る。名乗りもしないから名前が分からず、ついた名前が名無しのヒーロー」

 知らないなと首を横に振る僕に、男は少し残念そうに小さく肩を竦めた。



「まあ、こちらとしても勝手に事件解決してくれるのは嬉しいんですが、管理局に属さずにヒーロー活動をしている奴は犯罪者ですからね。そちらの面子にも関わる事ですし」


 確かにそうだね。男の言葉に僕は興味無さげに頷いた。そんな僕に、男は小さく微笑むと答える。


「科学力の発展は結構ですが、それを皆が気軽に使える様になればいいかどうかは、別の問題ですよ。まあ、私も何が正しいのかなど知りませんがね」



 大袈裟に肩を竦める男に、僕は小さく苦笑を零しながら何も答えない。そんな僕に男は少し困った様な表情を浮かべながら言った。


「さて、脱線はここまでにしましょう。確か強盗はロシアのウラジオストクでしたよね。向こうの警察にも話をつけましょう。ただ向こうとの兼ね合いもありますから、出動は早くても今夜になると思いますがね」


 分かりました。出動が可能になったら連絡を下さい。僕はキーボードを弄り、それだけ答えると渡された資料を鞄の中へと直す。そんな僕を見て、眼鏡の男はくいっと眼鏡の位置を調節しながら、小さく笑った。


「最近は物騒ですからね、そちらのヒーロー達にも気をつける様に言っておいてください。元ヒーローさん」



 その言葉に僕は何も答えずに、肩を竦めるとパソコンを持ち、部屋から出て聞く。



「全く無口な方ですね」



 扉を閉める時に、そんな声が聞こえてきた。



 その言葉に僕は苦笑を洩らしながら、薄暗い廊下を歩き、少し急ぎ気味にセイギノヤカタを目指す。さて、当主はどうしている事やら。拗ねて無ければいいんですが。


 風香ちゃんに奈緒が、どうにかしてくれている事を祈りながら、僕は大きくため息を吐き出した。





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