魔女の恋人篇 7話 『夏場に着るゴスロリは 絶対に暑い』
ああ、リア充の朝はすがすがしいぜ!
と、過度にテンションが上がったわけもなく、僕はいつも通り起床し、いつも通り朝食を食べ、いつも通り服を着替えた。
夏休みの宿題はとっくに終わらせてしまったし、勉強の類に関しても、教科書の内容を一言一句全て暗記してしまったのだから、する必要がない。両親も妹も用事があるらしく、早々に出かけてしまった。
何が言いたいかというとつまり、暇なのだ。
英蘭に電話か、あるいはメールをしてみようかと思ったが、よく考えたら僕はあいつの電話番号もメールアドレスも、住所さえ知らない。もちろん、僕から向こうに住所その他を教えたこともない。
ならば何故、英蘭は昨日うちに出店の商品を転送することが出来たのか?魔法を論理的に解明しようとするのは、野暮というやつだろう。きっと、彼女が魔法を使えば、僕の住所くらい一瞬で解明して、なんならネット上に晒すことも可能なのだ。それは止めてほしいがな。
ともあれ、向こう側から僕の情報を特定可能ならば、こちらからアクションを起こす必要性は皆無だ。英蘭から何か連絡があるまで、部屋で漫画が小説でも読んでおこう。
そう決めて、僕が部屋の隅に積まれた少年ジャンプに手をかけようとした時だった、庭先からどさりという音が聞こえた。二階から人が落ちたときほどには、大きな音だった(二階から人が落ちる音の大きさ関しては、僕の経験則によるものだ)。
巨大な鳥か何かが墜落したか、あるいは英蘭が僕の庭先に何かを転送したか。そんなところだろう。安心して庭に出ると、そこには人が横たわっていた。
「は?」
心に思っただけのはずだったが、ついつい口からそんな気の抜けた声が出てしまった。仕方がない。何故ならその人物が、黒のゴスロリ服で全身に纏った少女だったからだ。
秋頃によく実った稲よりも艶やかな金色の髪は、ギブゾンタックにくくられており、金と黒との対比された美が、夏の朝日の中で燦然と輝いていた。
「痛っっっ」
庭先に墜落した何者かは、強打したであろう臀部をさすりながら、のそりと起き上がった。
「ああもう、まさか朝一番からあんな強風が吹くなんて思いませんでしたわ」
やけに格式の高そうな語尾を使うその少女は、そんな文句を言いながら、体についた草や土を払った。
そして彼女は、やっとこちらに気が付いたのか、僕を見た。
「あら失礼、決して怪しいものではありませんわ。お気になさらず」
「いや待て、夏休みの清々しい朝に、庭先にゴスロリ姿の少女が横たわっていたら、十分事案だぞ」
むしろ夏だからか?夏だから頭の中が南国のようなやつが出没するのか?
「ゴスロリはまあ、趣味なのでともかく……。貴君の家に不法侵入をしようとしたわけではありませんのよ。ちょっと、家を探していまして。それで手違いでこんなことに……」
「家を探している?」
「ええはい。望月さんのお宅を探しておりまして。この付近にありませんの?」
「いや、望月家ってここだし。僕も望月だけど」
まだ状況の読めない僕が困惑しつつ答えると、少女の顔がぱあと明るくなった。
「なんという巡りあわせ。これはまさに紅茶の神の思し召しですわ。では、この家に望月来津さんという方はいらっしゃって?」
「ああ、僕だけど」
紅茶……イギリス……そして僕の名前を知っている。ああ、何だか状況が読めてきた。
「……貴君が望月来津さんで?」
「そうだよ。間違いない」
「それはそれは……まあ……ふーん?」
少女は僕を品定めするように、上から下までじろじろと見た。失礼なやつだ。そして一しきり見終わると、少女は僕へぺこりと頭を下げた。
「ご紹介が遅れました。私の名前はアリシア・ブラックフォード。あなたがよーく知っているであろう、英蘭伊里栖の親友ですわ」
そんなことだろうと思った……。だから今の僕は、彼女の正体に驚くことはなく、夏場に着るゴスロリは暑いだろうなー、とくだらないことを考えていた。
「それで?、僕に何の用で?」
「ああ、そうでした。望月来津さん、早速ですが――」
「早速、なんだ?」
「死んでいただけませんか?」