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娘の佳澄が嫁いだのは、車で15分くらいのところだった。幸い、近かったので、母親のことを心配して、毎日のように顔を出してくれた。初孫の顔を見ると、佳織も幾分元気になったように見えた。
意外だったのは、不良息子の孝道だ。孝道は、俺の生前、心配をかけ続けていたことを、心底反省し、悔いていた。ある日、何を思ったのか、悪い仲間たちとはスッパリ手を切り、参考書なんかを買って来て、猛勉強を始めたのだ。
俺は、息子の頭がおかしくなったんじゃないかと、本気で心配した。孝道が勉強している姿なんて、あいつの17年の人生で、一度も見たことが無かったからだ。
ある日、孝道が仏壇に向かってこう言った。
「俺、弁護士になるよ。父さん、いつか言うてたよね。『お前は、短気で馬鹿やけど、正義感だけは強い』って。みんな、俺をただの悪ガキとしか見てくれへんかったけど、父さんだけは分かってくれてたんや。俺、この正義の心を世の中の人のために役立てようと思うんや」
そんなこと言ったっけ?それに、正義の心って、お前…。
俺は、仏壇に向かって目を輝かせ、息子が告白するのを、後ろ側で胡坐をかき、赤面しながら聞いていた。
身内が死んでセンチメンタルになるのは、分かる気がする。だが、死んだ本人は、案外冷めた気持ちでそれを見ているのだ。
俺は若い頃、遠距離恋愛をした経験があるが、いつも別れ際、どういうわけか、去る側より去られる側の方が、名残惜しい気分になる。それと似ている。
とはいえ、タカの悪事は、俺がいなくなった世界で、最も心配していたことだったので、これで、佳織も幾分楽になるだろうと安心した。
本当に問題だったのは、長男の春人だった。
春人は、弟の孝道とは正反対に真面目な性格で、勉強でもスポーツでも、そつなくこなす。顔も佳織に似て色男で、高校時代、バレンタインデーには、デパートの紙袋に二杯もチョコレートをもらって来たものだ。彩香ちゃんという彼女がいなかったら、もっと貰ったかもしれない。
反面、気が弱いところがあり、ちょっとしたことで、すぐ落ち込んだりする。
父親の死は、このガラスのハートに甚大なダメージを及ぼしたらしかった。
俺が死んでからの春人は、一切仕事に行かなくなった。
「畑に行くと、父さんのことを思い出して、やるせない気持ちになるんや」
これを、孝道が言ったのなら、働きたくない口実なのであるが、春人が心の底からそう思っていることは明らかだった。
佳織も、それを分かっていたから、息子に何も言わなかった。だが、3.5haもある蜜柑畑を、女一人で世話できるものではない。何人か雇うことになった。
蜜柑農家は、人を雇って採算が合うほど、儲かる稼業ではない。家計は日に日に苦しくなっていった。
しかし、それでも、俺は見守るばかりで、何もしてやることができなかった。妻が暗くなるまで働いて帰宅し、それから、せっせと夕食の準備を始めるのも、 その母親を横目に、遊びに出かけるいい歳をした長男の姿も、何も言わず、黙って見ていることしかできなかった。
そんなときだ、あのハガキを見つけたのは。