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 そして、最終局がやって来た。

「オーラスや」。言って、俺がサイコロを振る。

 最後の親は俺だった。親の俺が上がれば、連荘れんちゃんと言ってゲームは続くが、それ以外の誰かが上がると、それで、今回のゲームは終わってしまう。

「ヒダリッパ」

 石原が、八つ数えて山を割る。

 曽山たち三人の前に十三枚。親の俺の前には十四枚、手牌が並んだ。

 曽山が、自分の手牌を見て、表情を変えるのを、俺は見逃さなかった。

 正直な奴だ。大学時代から、何も変わっちゃいない。

 俺が、手牌から一枚選んで捨てた。

「どうした、曽山。ええ手でも入ったんか?」

「え?」。不意を突かれ、弾かれたように顔を上げる。

「落ち着かない様子やからよ」

「そ、そうか?」。下手なポーカーフェイスで誤魔化す。

 無論、曽山の手は、俺が仕込んだものだった。マンガに出て来るヤクザの代打ちのような、イカサマのテクニックを使ったのではない。これは、俺が見せている夢の中だ。

 国士無双。一筒待ち。

 雪の夜、曽山があがった思い出の役だ。

 死んでしまった俺にできる、精いっぱいの礼だ。

 夢とは言え、忘れてしまうとは言え、楽しんでもらえれば…。楽しかったあの頃を思い出してもらえれば…。

「なぁ、曽山」

「なんだ?」

「ありがとうよ」

「何の話だ?」

「俺の息子を、叱ってくれたやろう?」

「……」。曽山は黙った。

 そして、少し考えを巡らせた後、「見てたのか」

「お前、俺のことが嫌いなんやってな?」

「ああ」

「嘘やろ?」

「ああ」

 石原と松村は、俺たちの話が大切なものだと感じ取ったらしく、俄然、喋らなくなった。

石原が牌を捨てる。俺が、牌を引いた。

 自分の手牌にある役満と、俺の態度を見て、曽山も何かを察したらしい。

「純平。まさかお前、この麻雀が終わったら…」

 俺は何も答えず、自嘲気味にフッと笑って、今しがた引いた牌を、そのまま場に捨てた。

 一筒だった。

 曽山が、これを見て「ロン」と言えば、思い出の国士無双が出来上がる。

 ゲームは終わり、俺は…。

 しかし、曽山は上がらなかった。松村が牌を引いて捨てる。

 曽山も、引いた牌を、そのまま場に捨てた。

「こんなの無いぜ、純平。こんなの、残酷過ぎる。どうして…」

「お前に、引導を渡してもらいたいんや」

 俺の番。引いて、そして捨てる。

 一筒だ。

「気にすんな。俺はもう、死んだ身や」

 曽山は、これも無視した。

 俺は次の順目、一筒を捨て、そのまた次も、一筒を捨てた。

 しかし、曽山は上がらなかった。

 麻雀では、一種類につき、牌は四枚しかない。これで、国士無双は成らなかったことになる。

 だが、次の順目、俺はまた一筒を捨てた。曽山はむきになって無視したが、俺はその次も、次の次も一筒を捨てた。

「ふざけるな!」。曽山が怒鳴った。

 片膝を立てて立ち上がると、机の下に手をかけて、こたつ机ごと麻雀牌をひっくり返した。

 しかし、こたつ机は空中で二回転して、俺たちの前に着地した。宙を舞っていた麻雀牌も、まったく元の通りに並んで落ちる。

 石原と松村は、驚いて目を丸くしたが、曽山は、それどころではない様子で、立ったまま、肩でフーフーと息をしていた。

 窓から差し込む夕日が、曽山の紅潮した顔を、なおさら赤く照らしていた。

 背中に夕日を背負った俺の姿は、シルエットになっていただろう。

「俺は死んだんや。曽山。死んだ人間が、いつまでもいてたって、しょうがないことが、ようやく分かったよ。お前が、あがろうが、あがるまいが、俺は行く。楽しい時間は永遠には続かへん。人生と同じや。どこかで見切りをつけて、先へ進まなあかんのや。俺のことを思うんならよ、曽山、幸せになってくれ。俺が、短いながらも幸福な人生を送れたんは、お前のお陰や。あのときぶん殴ってくれた、お前のお陰なんや。さっきも、ああやってハルのバカ野郎を叱ってくれた。いくつも借りを抱えた俺が幸せの内に死に、肝心のお前がこんな状態じゃ、不公平や。俺は、死んでも死に切れへん。幸せになってくれ、曽山。なれるよ。お前は、まだ、生きてるやないか」

 俺は、親指を使って、握りこんだ一筒の牌を飛ばした。

 背が竹でできた麻雀牌は、ゆるく回転しながら、一直線に曽山の方へ飛んだ。

 曽山が、それをキャッチする。と同時に、曽山の手牌が端から一枚ずつ、ひとりでに倒れた。

 国士無双の完成だった。

「時間や」

 俺が言うと、辺りがスーッと、白い霧に包まれた。

 曽山の顔が、石原の、松村の顔が、思い出の部屋が霧に飲まれて見えなくなった。

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