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 やはり、曽山と石原は、以前見た夢のことを覚えていないようだった。

 俺は、俺が既に死んでいることと、ここが夢の世界であることを、ざっと説明した。

「さぁ、時間がない。悪いけど、半荘だけ付き合うてくれ。それが終わったら、お前たちは、もとの世界に戻る。俺は、今度こそ腹を括る。二十何年前と一緒だよ。最後の麻雀や」

「いいわねぇ…。あの頃みたいに麻雀?私、ワクワクしちゃうわ」

「ちょっと待て、純平。腹を括るってのは、どういうことだ?」。曽山が言う。

「気にすんな。大したことやない」

「まさか、この勝負の結果如何によって、何かがあるわけやなかよね…」。石原が心配そうに言った。

「バーカ、何にもねぇよ。忘れたのか?最後の麻雀は…、」

「…何もかけない」。松村が台詞を引き継いだ。

「ただ、楽しみたいだけや」


 俺がサイコロを振って、麻雀が始まった。

 ずっと打っていなくても、手が、体が覚えている。慣れた手つきで山を積み上げると、最初の局が始まった。

 『親』は松村で、そこから反時計回りに、牌を引く順番が回ってくる。二段重ねに積まれた『山』から牌を取り、必要ならば、手牌と入れ替えて一枚『川』に捨てる。誰かが、手牌を揃えて『あがる』まで、それを延々繰り返すのが麻雀だ。半荘、つまり1ゲームが平均すると、だいたい90分。長いときには、十時間以上も、そうしている。

「よく分からんな。…とすると、オイたち三人は、同じ夢を見ていることになるとか?オイとソーヤンは、今、同じ電車に乗っとる。その二人が、たまたま同じ夢を見るだけでも奇跡やとに、福岡にいる松村まで同じ夢を見るとなると、こりゃあ、とんでもないことばい」

 石原が、牌を選びながら言った。一枚、川に捨てる。

「ああ。それは、そうなんやけど、たいていは覚えてないらしい。覚えていても、断片的なものやったり、起きてしばらくすると、やっぱり忘れてしもうたりして、結局お前らは、これを夢としか思わへんよ」

 俺は、山から引いた一枚を、そのまま捨てた。ツモギリという。

「実は、曽山と石原には、一度夢を見せたことがあるんやけど、覚えてるか?」

 二人は顔を見合わせて、かぶりを振った。

「そうやろ?偶然二人が、夢の出来事を完璧に覚えているっちゅうのは、けっこうな確率や。まずあり得へんな」

「ねぇ?そもそも純平は、どうやって私たちに夢を見させているわけ?死んだ人なら、誰でも、それができるの?」

 俺は夢枕回数券のことを教えてやった。

「へぇ…、十枚綴りの…。それは、どうしたの?神様にでも貰った?」

「市役所から支給された」

「市役所から?!」。石原が、素っ頓狂な声をあげた。「いっぺんに、話が胡散臭くなったとな」

「俺もバカバカしいとは思うが、実際にそうなんやから、仕方ないやろ。だいたい、俺がお前らに嘘をついて、何の得がある?」

「そうやな。それに、死んだ身としては、閻魔様も怖かやろう」。言いながら、石原が牌を捨てた。

「あ、それよ」。松村が手牌を倒す。「ピンフ、イーペーコー。2000ね」

「いきなりかよ…。まったく、リーチばかけんのは、昔と変わらんとね」。ブツブツ文句を言いながら、石原は卓上に点棒を投げ出した。

 山を崩して、ジャラジャラと牌を掻き回す。

「死後の世界なんて、無いもんだと思っていたな」。曽山が、しみじみと言った。

「俺もや」。言いながら、或いは、無かった方が良かったかもしれないと思った。

「ねぇ、死んだ後のこと、いろいろ聞かせてよ」

 松村が言ったので、俺は、思い出さなくても良いようなことを次々に思い出してしまった。

 川原に引っかかった自分の抜け殻。俺が死んだと聞いたときの、家族の悲しみ様。誰にも、何に対しても影響できない無力感。現実逃避の世界旅行…。

「辛気臭い話ばかりや。人が一人死んで起きること、為されること。それらを、ひたすら客観的に見ているだけと思えば、だいたい合うてる」

「へぇ…、そんなもんですか」。松村は、分かったような分からないようなという顔で、山を積んだ。

「俺の話は、もうええよ。どの道、お前らは夢から覚めたら忘れてしまうんや。それより、お前らの話を聞かせてくれ」

「オカマの身の上話ほど、聞いてつまらないものも、無いでしょう?」

「社会に適合できず、仕事と髪を失った。…それだけばい」

「……」。曽山は、何も言わなかった。

「連れへん奴らやなぁ…。せっかく、二十年ぶりの同窓会を開いてやってんのによ」

「そんなもんよ。人間、四十五年も生きてれば、思い出したくないことの一つや二つ出て来るわ。私みたいな人生を送ってれば、余計…ね。無遠慮に訊くもんじゃないわ…よっ」と、松村がサイコロを振る。「ウロクよ」

 俺には無遠慮に訊いたくせにと、少し鼻白む。

 曽山が、六つ数えて山を割り、

「純平は死んだとは言え、幸せな人生を送ったみたいだからな。思い出したくないことなんて、無いんだよ」

「こいつは単細胞だから、悩みなんて無いのよ」。松村が異論を唱え、

「だから、髪が残ってるんだよ」。石原が、補足する。

 言いたい放題言いやがって…。

 俺が口を尖らせると、曽山がプッと噴出した。それを引き金に、石原と松村も笑い出した。俺もなんだか可笑しくなって、ケラケラ笑った。

 そして俺たちは、何が可笑しいのかも分からないまま、腹を抱えて笑い転げた。

 笑うのに、理由なんていらない。そこが楽しければ、笑いは自然にこみ上げて来るのだ。

 そんなことも、忘れていたとは…。

 いつの間にか、話題は思い出話へと移っていき、リズミカルに牌の音が響く中、楽しい時間は過ぎて行った。

「マツがフラれた日のこと、覚えてるかよ?」。俺が言った。

「ああ、みんなで集まって残念会したな」。曽山が思い出してニヤリとした。

「こいつ、ヤケクソになって、焼酎のボトルを一気飲みしたんや。ほんで…」

「急性アルコール中毒。死ぬかと思ったわ。救急車が来たわね」

「そうそう。そしたら、パニクッた石原が、救急隊員に『自殺未遂です』って!」

 喋りながら、笑いを堪えきれなくなった俺は、腹を抱えて後ろにひっくり返った。

「バ、バカ!オイがあんとき救急車呼ばんかったら、たいへんなことになっとったやもしれんとぞ!」。石原が抗議した。

 曽山も笑った。当事者である松村と石原は、恥ずかしそうに、やっぱり笑っていた。

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