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夜中だが、いくら夜更かししたって寝不足になる心配はない。何故なら俺は死んでいるし、彼らは眠っているからだ。
朝方になると、目が覚めた順に、彼らは夢から出て行った。
何せ、二ヶ月以上も人と話せず過ごしていたのだ。積もる話は山ほどあった。
話しても大丈夫なものかと思ったが、特に口止めもされていなかったので、死んだらこうなるんだぞと、詳しく聞かせてやった。これで、あいつらが死んだとき、俺のように戸惑うことはないだろう。
この科学に染まった世界で、依然、死後の世界や幽霊の存在を信じる人が多いのは、俺のような者から夢の中で教えられるからかもしれない。
他の三人が目覚めたあとでも、俺は夢の中に残っていることができた。夢の中は何でも思いのままにできる。お陰で、二ヶ月半ぶりに、大好きなビールと、芋焼酎にありついた。痛風持ちなので、医者に止められていたが、明太子とイカの一夜干しも食べた。
俺は酒のせいで命を落としたが、死んだくらいで学習するほど賢くはない。その日は、浴びるほど酒を飲んだ。
酒は、生きていたときと同じくらい美味かった。多少は酔っぱらった気もするが、気を抜くと、すぐに酔いが覚めてしまう。そこだけが、酷く残念だった。もう一度、酔いつぶれて、翌朝二日酔いになり、朝から便器にゲーゲー吐いてみたいと思った。
つまらなくなったので、そろそろ、夢から覚めようと思い、
「そろそろ、現実に戻りたいんやけど」
「夢枕回数券ヲ終了致シマス。ゴ利用、アリガトウゴザイマシタ」
電子音声がして、風景が一瞬霧になり、次の瞬間、俺は書斎に戻っていた。
朝の8時だった。
家の中は、昨日までと何一つ変わった様子はなく、働き者の佳織は既に畑に行っていて、高校生の孝道は、そろそろ家を出ようかという時間だった。
そこへ、ガラガラと玄関の引き戸を鳴らして、夜遊びを終えた春人が帰って来た。ただいまも言わず、靴を脱ぎ散らかして家に上がる。
ちょうど、玄関にいた孝道と鉢合わせになった。昨日喧嘩をしたばかりの二人だ。春人は、弟の姿を一瞥すると、チッと舌を鳴らした。
昨夜俺は、孝道に言っておいた。
「俺にとって、お前たち兄弟の仲が悪くなることほど、悲しいことはない。ハルは、精神的に弱いところがあるから、父親の死を受け止めきれんで、少し自暴自棄になってるんやろ。なぁに、根は真面目な奴や。放っておいても、いつかはシャンとするわ。兄さんには、俺からも言うとくから、もう、喧嘩なんてするんやないぞ」
孝道は、涙ながらに何度も頷いて、二度と喧嘩はしないと誓った。
「母さんは、もう仕事に行ったで」。兄の方は見ずに、孝道が言った。「朝帰りとは、ええ身分やな。母親に仕事させといて、跡取り息子はベッドでオヤスミかいな」
俺は、自分の耳を疑った。
おいおい、タカ、約束が違うやろ!もう、喧嘩はせぇへんって言うたやないか。
「なんやと、この野郎」。春人の額に、青筋が浮かび上がる。「やろうっちゅうんかい?」
「上等や!今日は、姉さんは助けてくれへんぞ?!」
孝道がやる気になっていることが分かり、春人は少し怯んだ。
本気でやり合えば、弟に勝てないことは分かっている。
「付き合うてられへんわ」。捨て台詞を残して、スタスタと奥へ行ってしまった。
孝道は、フンと鼻を鳴らして、家を出た。
やはり、一刻も早く、春人に直接話す必要があると考えた俺は、その足で息子の部屋へ向かった。




