本編
第一章
「この世界ではこのように、たくさんの生き物が暮らしているのです。
私たちが普段目にしない世界でも、たくさんの生き物が暮らしているのですよ。
それでは、あなたが好きな人について、考えてみてください。」
青い光の中、ラルは考えた。
隣では、サラが考えている。
サラは僕のことを考えているのだろうか?
そんなことを考えていたら、飼育員さんがパンパンと手を叩いた。
「それでは、隣の人に、あなたが好きな人のことを話してください。」
サラは隣に僕が居ることに気づいて、そのかわいらしい目を大きく開けた。
「ラル、ラルも水族館に来てたんだね。私も水族館に来てたんだ。」
どうやら、僕に喋らせたいようで、サラの目から僕は目を離せなかった。
「やあサラ、君も来てたんだ。不思議だね。えっと、好きな人だよね。」
サラは、僕の心を掴んで離さなかった。けれど、目の前には僕を待つサラがいる。
こんなことを考えている間にも、サラはより一層かわいくなっていて、僕はどうかしていく。
「そうだな、僕の好きな人は、サラかな。今目の前にいるからかも。」
サラは目をぱちくりさせて、そこからクスリと笑った。
「なにそれ。変なの。私もラルが好きだよ。」
僕の心は、どうかしている。
楽しいときはあっという間に過ぎるとは言うけれど、こんなにも覚えていないことはない。
暗くなった夜の中、僕は沈んでいた。
せっかく奇跡がやってきたのに、僕はその奇跡に泥を塗ってしまった。
家の灯りが見えてくるのに、僕はまだぐちゃぐちゃになった紙のようだった。
一歩一歩、とぼとぼと歩く。
けれど一歩一歩、家は近づく。
今日は気分が乗らないので、家の前を通り過ぎようかなと思っていると、目の前にはサラがいた。
「変な顔。」
僕はどこか、そのサラにいら立ってしまったのだ。
「うるさい。あっちに行って。」
サラは目を大きくすると、ぱちくりとした。
僕は、僕が恥ずかしくなって、急いでそこから逃げていた。
星が瞬く夜に、僕は枕を眺めている。
枕を眺めているのに、僕はサラを考えている。
目に水が溜まっているのに、僕は何も言えないでいる。
サラにひどいことをしてしまった!
そんな言葉が、僕の心を渦巻いている。
そんな言葉が、僕を責め立てる。
「ねぇ君、大丈夫?」
どこからか声がした。
声の方向を探してみるけれど、誰も見当たらない。
気のせいかもしれないが、涙はとっくに止まっていた。
サラに謝らないと!
そんな気持ちが、僕の心で蹲っていた。
雪が降っていた。
そして僕の体を打ち付けてくるのだ。
こんな日だけれど、こんな日だからこそ、サラに会いたい。
そう思う一心は、ペダルを動かしていた。
「こっちだよ。」
そう呼ぶ声がして、僕は無心とそちらに向かって漕いでいた。
僕は無心に、その海を肌で感じていた。
第二章
毒が広がっていた。
いや、カラフルな世界だった。
目に映る世界の端から端まで、僕を笑っているようだった。
この時期の海は冷たいと、お父さんが言っていた。
「ーーーー!」
僕は此処にいることを忘れ、声を上げ、水を飲んだ。
脳が危険だと訴えているのに、僕はこの先にサラがいると思った。
いつの間にか、暗い所に来ていた。
こんなところにサラがいるはずがない。
いたとしても、僕にはサラが見えない。
この世界には、光がないからだ。
いくばくかの時を歩いていると、この世界の光を見つけた。
その家は、僕が通り過ぎたところに現れた。
懐かしい匂いだった。
木の匂いだ。それと、磯の匂いと、僕の大好きな匂い。
そこではいつも、お母さんが僕のことを考えていた。
たまに帰ってきたお父さんは、僕に泳ぎ方を教えてくれていたっけ。
今ではこんなに、泳ぎがうまくなってしまった。
弟は、僕よりちょっと泳ぐのが下手だった。
ここが海の中だから、僕は恥ずかしくなかった。
「ところで皆さんは、今度のお祭りにはいきますか?
今から、大切なルールのプリントを配ります。なくさないようにしましょう。」
カクレクマノミの先生が、僕に束を渡した。
僕が後ろに渡そうと振り返ると、サリン君はいつものように笑わせようとしてきた。
けれど、僕が笑うと、先生に怒られる。
みんなにあんな目で見られるのはごめんなので、僕は笑わなかった。
第三章
いつしか、僕の隣にはサラがいた。
僕が泣いていたら、サラも泣いてくれた。
僕が怒られているのに、サラも一緒に怒られていた。
僕はそんなサラが羨ましくって、妬ましくって、大嫌いだった。
サラが少しの間、僕から離れた時があった。
僕はいい機会だと思って、サラの筆箱を隠した。
サラが戻ってくると、みんながクスクス笑っていた。
それに合わせて、僕もクスクス笑っていた。
サラは長い時間をかけて、僕の筆箱を見つけてくれた。
僕は惨めで、嫌になって、サラと一緒に泣いた。
その夜、僕はサラとお別れすることを決めた。
第四章
この世界には、たくさんの生き物が暮らしているらしい。
ずっと昔に、だれかから聞いた言葉だ。
暗い海を漂っていると、小人を見つけた。
小人は、とても小さな言葉で、何かを言っていた。
僕には聞き取れなかったけれど、隣の■■が僕の代わりに答えてくれた。
「こんにちは、小人さん。探し物なら、あっちで見かけましたよ。一緒に行きますか?」
僕はその子がすごく好きで、すごく魅力的に見えた。
小人は、サリンと名乗った。
第五章
道中、いろいろなものを見かけた。
大きな口を開けたクマのような魚。
絶え間なく泡が噴き出ている山。
かなり苦い味がするブドウ。
サラは、「これは食べないほうがいいよ」と言っていた。
小人さんの落としたものは、筆箱だった。
「どうもありがとう!助かったよ。」
と言って、僕とサラに飴を一つずつくれた。
そうして、小人さんは錆びた自転車に跨って、
キィキィ音を立てながらどこかに消えてしまった。
第六章
「僕はどうにも、あの小人が気に食わなかったんだ。」
僕は小さな声で、誰にも聞こえないように言った。
「私はあの人、いい人だと思ったよ。大きいお鬚だったし。」
サラはどこまでも優しい心だから、僕はドキドキする。
「サラ、あのね、」
僕がそう言いかけると、急な光に包まれた。
第七章
青い光だった。
キスは甘い味というけれど、それはかなり鉄臭かった。
サラが僕を突き飛ばした。
僕は何か分からないまま、サラに土下座で答えた。
「サラ!ごめんなさい!許してください!」
周りの魚たちが、僕たちを見ていた。
サラは真っ赤な顔になって、小人は僕たちを囃し立てていた。
少しすると先生がやってきて、サラをどこかに連れて行った。
サラの顔は、涙でぐしゃぐしゃの紙のようだった。
第八章
「なんであんなことをしちゃったんだろう。サラに...」
そんなことを呟きながら、帰り道を歩いていると、クジラが僕の目の前にいた。
「ラルー、お前俺様にぶつかっておいて謝罪もないのかー?」
僕は小さくなって通り過ぎようとしたけれど、クジラの隣には小人がいた。
「そっちが、3人で道をふさいでるからでしょ!道を開けてよ!」
僕がそういうと、クジラは赤くなって、僕の顔をぶった。
第九章
気づけば、クジラはいなくなっていた。
僕は、グルグル回る頭を押さえながら、家に向かっていた。
「変な顔。」
誰かが僕にそう言った。
第十章
そこにはサラがいた。
僕は、この景色を見たことがある。
「うるさい。あっちに行って。」
サラは目を大きくすると、ぱちくりとした。
僕は、この顔も見たことがある。
このままでは行けないと思った。
脳はグルグル回って、言葉が口をついた。
「サラ、僕、ファーストキスだった。」
サラはもう一度ぱちくりとして、クシャッと笑った。
「私も。」
第十一章
世界が、どんどん流れていった。
「私も連れて行って。」
サラと一緒に、流れる世界を見ていた。
第十二章
「ところで皆さんは、今度のお祭りにはいきますか?
今から、大切なルールのプリントを配ります。なくさないようにしましょう。」
先生が僕に束を渡した。
僕が後ろに渡そうと振り返ると、サリン君はいつものように笑わせてきた。
僕が笑うと、先生は顔を赤くした。
人一倍大きな声で、僕の悪い部分を次々と挙げていく。
クジラも、小人も、僕をクスクス笑っていた。
けれどサラが僕を庇ってくれた。
「みんな!ラルのことを笑わないでよ!おかしいよ!」
いつの間にか、サラは泣いていた。
グシャグシャの顔だった。
第十三章
この世界には、たくさんの生き物が暮らしている。
それは、同じ人間でもいろいろな人がいるのと同じだ。
少なくとも、僕はそう思った。
第十四章
僕がそこから見つけたのは、僕の筆箱だった。
それは、僕の筆箱であり、小人の筆箱ではなかった。
それは、僕の筆箱であり、サラの筆箱ではなかった。
みんながクスクス笑っているのに、サリン君は笑っていなかった。
サリン君が、初めて人に見えた。
第十五章
サラが、海に飛び込んだ。
僕はそう聞いて、自分のせいだと思った。
僕を止めるお母さんが、敵のように見えていた。
その日は強い雪の日だった。
未来の話だ。
第十六章
ファーストキスは、鉄くずの味でした。
クジラに殴られた時も、同じ味がしたっけな。
そんなことを考えながら、僕はその先へ向かっていた。
下では、僕が自転車を漕いでいた。
第十七章
そんな僕を追い越して、僕はだれかを探していた。
海の近くには、クジラがいた。
クジラの手には、クシャクシャの紙が握られていた。
クジラが手を高く上げて、丸めたその紙を海に投げた。
そうすると、サラが海に飛び込んだ。
第十八章
僕は、クジラに阻まれていた。
サラを助けたいのに、クジラは僕を通さない。
「ラル。サラならここにはいないぜ。他を探しな。」
僕は、初めてクジラを殴っていた。
クジラが、小人になった。
第十九章
小人の横には、誰もいなかった。
小人一人しかいなかったのだ。
僕は、サリン君を思い出していた。
今頃きっと、彼もサラを探している。
そう思うと、僕は勇気が湧いてきた。
僕は、海に飛び込んだ。
第二十章
サラはまだ見つけられるところにいて、僕はそれを陸へと上げた。
サラは息をしていなかった。
今度は、鉄の味はしなかった。
第二十一章
サラが息を吹き返した。
後ろでは僕と自転車が海へと飛び込んでいた。
サラは目の前にいる僕を見て、目をぱちくりさせて、それから泣いた。
サラが持っていた紙を渡してくるので、僕はそれを広げた。
「ラルに、書いたの。」
第二十二章
「ラルへ。」
第二十三章
僕は手紙を読み終えると、なんだか涙が溢れてきた。
グシャグシャの顔になって、声をあげて泣いた。
「変な顔。」
そう言って、サラも泣いた。
僕たちは二人で、声をあげて泣いた。
ラルのポケットは少し、膨らんでいた。
サラのポケットも少し、膨らんでいた。
完




