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卒業記念舞踏会

 入学式や卒業式なども行われる、卒業記念舞踏会のために飾り付けられた学園の大広間は、普段とはまるで別の場所のように見えた。


 高い天井から下げられた幾つもの魔法灯が、夜空に浮かぶ星のような淡い光を降らせ、壁際には卒業を祝う白と金の花が惜しみなく飾られている。騎士科を卒業する生徒達も、制服ではなく正式な礼装を身に着けているものの方が多いようだ。貴族科の令嬢達も思い思いのドレスをまとって、まるで色とりどりの花が会場中に飾られているようだった。


 私もこの日のために仕立ててもらった淡い水色のドレスを着て、アラン様の腕へそっと手を添えながら会場へ入る。

 先ほど待ち合わせた時、アラン様は私の姿を見るなり何か言おうとして口を開き、けれど上手く言葉が見つからなかったように一度閉じてから、「すごく綺麗だ」と真っ直ぐ伝えてくださった。その時の照れたような表情を思い出すたび、胸の中に温かなものが広がっていく。


 最近はカレン様のことで何度もすれ違い、アラン様と向き合うことそのものに疲れてしまいそうになる時もあったけれど、今夜は卒業をお祝いする特別な夜だ。アラン様にとっても、三年間努力を重ねてきた学園生活の締めくくりになる。

 できることなら、今夜くらいは余計なことを考えず、二人で穏やかに過ごしたいと思っていた。


「アシュリー、足元は大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」


 階段を下りる時には歩調を緩め、私のドレスの裾が引っ掛からないよう気遣ってくださる。そういうところを見るたび、アラン様はやはり優しい方なのだと思うし、この方となら、これまで上手く伝わらなかったことも少しずつ話し合っていけるのではないかと思いたかった。


「アラン」


 アラン様や私の知り合いに挨拶をしながら会場を歩いていると、不意に声をかけられた。視線を向けると、深紅のドレスをまとった背の高い女性が立っていた。

 一瞬、誰なのか分からなかった。

 艶のある生地をたっぷり使ったドレスは腰の辺りで細く絞られ、騎士科の制服では目立たなかった身体の線をはっきりと見せている。短い髪も今日は丁寧に撫で付けられ、普段はほとんどしていない化粧も、切れ長の目を強調するよう濃く施されていた。

 ドレスでは珍しくこちらへ大股で歩いてくる姿を見て、ようやく、それがカレン様なのだと気付いた。


「カレン……?」


 アラン様も、私と同じように驚いたらしい。目を丸くして、その姿を上から下まで見ている。


「何だよ、その顔。あたしがドレス着てたらそんなに変か?」

「いや、変というか……お前がそういう格好をするとは思ってなかったから。騎士科の制服で参加するって言ってただろう。それに、ドレスは嫌いなんじゃなかったのか?」

「あたしだって嫌だって言ったんだけどさ。母さんが卒業の舞踏会くらいお願いだからって、勝手に送りつけてきたんだよ。しょうがないから一度だけ着てやっただけ」


 口では仕方なく着たように言っているけれど、化粧も髪もかなり時間を掛けて整えたように見える。化粧や着付けには、こういった大きな舞踏会やパーティーがあると家から人を呼び寄せたりサロンを予約したりする必要がある。

 ドレス自体もカレン様の背の高さや鍛えられた体つきを美しく見せるよう作られていて、これまでご本人は馬鹿にしてきたドレスが、とてもよく似合っていた。


「とてもお綺麗です、カレン様」


 素直にそう伝えると、カレン様は私を一度だけ見て、「そう?」と短く返した。それからすぐにアラン様へ向き直り、胸元へ下げた小さなペンダントを指で持ち上げて見せる。


「これ、お前からもらったやつ。ペンダントにしてみたんだ。似合うだろ」


 透明に近い青色の小さな魔石が、銀の枠へ収められていた。

 カレン様に装飾品を贈ったのか、と胸がチリリと鋭く痛む。

 アラン様は隠した私の内心に気付かないまま、少し首を傾げながらそれ見ていたが、すぐに思い出したように頷いた。


「武神殿へ行った時に、班の全員へ買ったお守りじゃないか」

「お前がくれたのは本当だろ?」

「騎士にご利益がありそうなものを人数分配っただけだ」


 私はその言葉を聞いてちょっとホッとした。アクセサリーを贈ったのではなく、お土産のお守りをカレン様がペンダントに加工したということらしい。


「でも、結構似合うだろ?」

「まあ……ドレスの色とは合ってるんじゃないか」

「褒め方が下手だなあ、お前」


 カレン様はそう言いながらも、満足そうに笑っていた。

 班の皆様へ同じものを買ったという話なら、カレン様だけに贈った特別な品ではない。そう分かっているのに、わざわざ私の前で「お前からもらったもの」と言い、今日のためにペンダントへ仕立てて身につけてきたことに、胸の奥が僅かにざわついた。

 けれど、その小さな違和感を膨らませないようにした。今夜は卒業を祝う日なのだから、カレン様も同期のアラン様に姿を見てもらいたかっただけなのかもしれない。


「それじゃ、あとでな」


 カレン様はひとしきり話すと、別の騎士科の友人に呼ばれてそちらへ向かっていった。

 その背中を見送りながら、アラン様はまだ少し不思議そうにしている。


「本当に、あいつがドレスを着るとは思わなかったな」

「よくお似合いでしたね」

「そうだな。でも、何となく落ち着かない。制服とズボン姿しか見たことがなかったから」


 その言い方には、女性として着飾ったカレン様へ見惚れたような響きは少しもなかった。ただ、いつも男友達のように付き合っている相手が突然見慣れない格好をして現れたことに、驚いているだけに見えた。

 そのことに少し安心しながら、私はアラン様と最初の曲を踊った。

 剣を振ることには慣れていても、ダンスはあまり得意ではないらしく、アラン様の動きは少しだけ固かった。けれど私の足を踏まないよう真剣に気を配り、曲が終わった時には無事に踊りきれたことへ、二人で顔を見合わせて笑うことができた。

 その後も何人かの方へ挨拶をし、壁際で飲み物をいただきながら次の曲を待っていた時だった。


「痛っ……」


 すぐ近くで小さな声が上がり、振り返るとカレン様がそこにいた。苦しそうに片足を浮かせて、縋るように手をアラン様の方に伸ばしている。


「どうした?」


 アラン様がすぐに声を掛けて手を貸すと、カレン様は困ったように顔をしかめた。


「この靴、普段履いてるものと全然違うからさ。さっきから踵が痛かったんだけど、とうとう歩けなくなったみたいだ」


 ドレスの裾を僅かに持ち上げると、履き慣れない華奢な靴の踵近くへ、赤く滲んだ跡が見えた。


「靴擦れですわね。すぐに救護の方をお呼びします」


 私が周囲へ視線を向けると、カレン様は慌てたように手を振った。


「いや、そんな大げさにしなくていいって。少し休めば歩けるようになるから」

「出血していますし、傷口へ靴が触れ続ければ悪化してしまいます。女性の係の方に手当てをお願いした方がよいと思います」

「こんな小さな怪我で医者や救護係を呼んだら、騎士科の連中に笑われるよ、やめてくれ」

「では、私がお手伝いいたします。控室まででしたら、肩をお貸しできますから」


 同じ女性である私なら、カレン様を支えて控室へ入り、そのまま靴を脱がせて傷の確認もできる。

 そう考えて申し出たのだけれど、カレン様は私のドレスを見て首を横へ振った。


「その格好で? あたしの体重を支えたら、二人とも転ぶだろ」

「それでしたら、近くの係の方を何人かお呼びします。係の方に個室まで運んでもらって、私がそこで傷を見ますわ」

「だから、そんな騒ぎにしたくないんだって。控室まですぐそこなんだから、アランが運んでくれれば一番早いだろ」


 カレン様は当然のように言って、アラン様の腕を掴んだ。


「分かった。肩を貸すから、掴まれ」


 アラン様が隣へ立ち、肩へ腕を回すよう促す。けれどカレン様は片腕を上げようとして、途中で顔をしかめた。


「このドレス、肩のところがきつくて腕が上がらないんだよ。無理に動かしたら縫い目が裂けそうだ」

「では、やはり係の方をお呼びしましょう」


 私がそう言うと、カレン様は露骨に不満そうな顔をした。


「アシュリーって、本当に融通が利かないな。アランがあたしを横抱きにして控室まで連れていけば、それで済む話だろ?」


 横抱きなんて……。

 アラン様が、ドレス姿のカレン様を腕へ抱き上げる。そんな光景を想像しただけで嫌だと思ったし、何より、ほかに方法がいくらでもあるのに、どうしてわざわざそれを選ばなければならないのか分からなかった。


「……その必要はないと思います」


 以前の私なら、胸の中で嫌だと思っても、我慢して笑っていたかもしれない。

 けれど今は、自分が嫌だと感じたことを、自分の心が狭いからだと考えて無理に押し込めなくてもよいのだと分かっている。


「私は、カレン様に何もしないと申し上げているのではありません。救護係や女性の使用人へお願いすれば、傷の手当ても含めて適切に対応していただけます。アラン様が横抱きにして運ぶ以外にも方法があるのですから、そちらを選ぶべきですわ」


 はっきりそう伝えると、カレン様は一瞬だけ目を細めた。


「でも、その係を呼んでくるまで、あたしはここで痛い思いをして待たなきゃいけないんだろ?」

「私が一緒に待ちます」

「すぐそこの控室へ運ぶだけなのに、そこまで嫌がる意味が分からないよ。怪我してる仲間を見捨てるのか? あたしのことが嫌いだから、怪我してても助けたくないわけ?」

「そ、そんなことは申し上げていません」


 今度は、迷わず言い返すことができた。


「カレン様をきちんと手当てしていただける方法を提案しています。けど、アラン様がカレン様を抱き上げるのが嫌だと申し上げているだけです。怪我人を見捨てることと同じにしないでください」


 カレン様の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。けれどすぐに、今度はアラン様へ困ったような視線を向ける。


「アラン、お前もそう思う? こんな小さな怪我で大勢呼んで騒ぎにするより、さっさと運んだ方が早いだろ」


 アラン様は私とカレン様を見比べ、迷うように眉を寄せた。

 私がなぜ嫌がっているのか、以前よりは分かってくださっているはずだ……だからすぐにカレン様の要求を受け入れず、私の方を見て考えてくださったのだと思う。

 けれど、カレン様の踵に滲んでいる血をもう一度視界に入れた。


「まったく、こんな時までトラブルを起こしやがって……控室までは、ここからすぐだよな」

「ああ。廊下を出て、角を一つ曲がったところ」

「アラン様……なら私も一緒に行きます」

「なあ、大げさにしたくないってあたし言ったよね? 連れて行くだけなんだから、最少人数のアラン一人でいいだろ?」


 二人きりにしないためについていくことすら拒絶されて、私は縋るようにアラン様を見た。


「アシュリーまで付き合う必要はないよ。せっかくのドレスを汚したら大変だし、パッと置いてきてすぐ戻るから」


 私が見捨てろと言っているわけではないことは、先ほど説明したばかりだった。それでもアラン様は、カレン様の願いを叶えてしまうのか。


「暴れるなよ」

「分かってるって」


 アラン様はカレン様の背と膝の裏へ腕を差し入れ、その身体を持ち上げた。

 深紅のドレスの裾がふわりと揺れ、カレン様は先ほどまで「腕が上がらないから肩を組めない」と言っていたはずなのに、ごく自然な動作で両腕をアラン様の首へ回して笑顔を浮かべた。

 その光景を見た瞬間、胸の中に冷たいものが落ちる。


「すぐ戻るから、待っててくれよ、アシュリー」


 アラン様はそう言い残すと、カレン様を横抱きにしたまま廊下の方へ向かって歩き出し。私は……返事をすることができなかった。

 会場には大勢の人がいて、その中には今のやり取りを聞いていた方もいるのだろう。誰かの視線がこちらへ向けられているような気がして、顔を上げることもできなかった。

 見捨てようとしたわけではない。私が手当てをするとも言った。ほかに方法があるとも、抱きかかえて行くなら一緒について行くともきちんと伝えた。

 それでもアラン様にとっては、私が嫌だと訴えたことより、怪我をしたカレン様を本人が望む方法で助けることの方が大切だったのだ。



     ◇



 控室へ入ると、アランはカレンを壁際の長椅子へ下ろした。


「ここで待ってろ。女性の係を呼んでくる」

「ちょっと待って」


 すぐに立ち去ろうとする腕を、カレンは掴んだ。


「このドレス、苦しくてさ。背中の編み上げを少し緩めてくれない?」

「俺が?」

「今ここには二人しかいないだろ。他の誰に言うんだよ」


 カレンは背を向け、うなじにかかっていた髪を片側へ寄せた。

 露出した首筋から背中へ続く肌と、きつく締め上げられた編み紐が見えているだろう。アランがそこへ目を向け、きっと、今まで女として意識していなかったカレンの身体へ初めて気付くのだ。その瞬間を想像して、ここまで準備してきた。

 けれどアランは、編み紐へ手を伸ばすどころか、すぐに入口の呼び鈴を鳴らした。


「女性の係が来たら、緩めてもらえ」

「これくらい、お前がやれば早いだろ」

「友達でも、婚約者のいる男が女のドレスを脱がせるような真似はまずいだろ。カレン、さすがにお前も少しは考えろよ」

「でも、あたしはお前にとって男友達みたいなもんなんだろ?」

「だからって、実際に男になったわけじゃない。俺が気にしなくても、そこは別だろ」


 カレンが何か言い返すより先に、扉が叩かれ、女性の使用人が入ってきた。


「係の者が来たから、あとは任せる。俺はアシュリーを待たせてるんだ」

「もう少しくらい、ここにいてくれても――」

「傷の手当てに俺がいても役に立たないだろ。じゃあな。手当てをしてもらったらお前も楽しめよ」


 アランは迷いなく控室を出ていってしまい、カレンは閉ざされた扉を呆然と見つめた。説明も自分でしろということらしい。

 怪我を口実に二人きりの控室へ連れ込むところまでは、思い通りだった。このために華奢なヒールにあて布もしないで痛い思いをして履いてたのに。

 ドレスも化粧も、胸元へ下げたペンダントも、今までとは違う女としての姿を見せれば、アランは少しくらい意識すると思っていた。

 けれど実際には、背中へ触れることさえ拒まれ、最後にはアシュリーを待たせているからと、ほとんど逃げるように帰ってしまった。


「お嬢様、いかがなさいましたか?」


 使用人から声を掛けられ、カレンは苛立ちを隠しながら無言で靴擦れを起こしている足を振って靴を脱ぎ捨てるとオットマンの上に乱暴に乗せた。

 まだ終わったわけではない。

 あれは、アランが真面目すぎただけだ。婚約者へ義理立てをしようとして、自分の気持ちに蓋をしたのだろう。

 ……そう思わなければ、これまで信じてきたものがすべて崩れてしまいそうだった。




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― 新着の感想 ―
んあー 続きがとっても気になります アシュリーがんばえー(´;д;`)
 (;っ ॑꒳ ॑c)ワクワク アラン(とカレン)の運命や如何に…。
まきぶろ先生がじっくり出汁を取ってらっしゃるのでどうなるのかとても楽しみです
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