第二十七話
公園を出て数分ほど歩いたところに、そのティールームは店を構えていた。
レンガ造りの二階建ての建物で、表には看板で"花と紅茶"と、店の名前らしき文字が書かれている。
その名の通り、店の前には鉢植えが並べられ、色とりどりの花が咲き誇っていた。
「ごめんください」
アーロンさんが扉を開け、中に声をかける。
「いらっしゃいませ」
朗らかな声に迎えられ、アーロンさんと共に店の中へと足を踏み入れる。
ふわりと優しい紅茶の香りに鼻を擽られながら、店内を見回した。
木製のカウンターと座席が数席あるが、昼時を過ぎたばかりなのもあり、店内に人は多くない。
カウンター内に中年の男女と、カウンター席に女性客が一人、それと床掃除をしている若い女性が一人いる。
「どうぞお好きな席へ」
カウンター内にいる中年女性が微笑みを浮かべて店内を示した。
アーロンさんは窓際の座席に行って椅子を引く。
私が席に座ると、アーロンさんも対面の席に腰掛けた。
カウンターから出てきた中年女性に手渡されたメニュー表には、簡単な軽食と飲み物のセットが数種類記載されている。
アーロンさんがハウスブレンドティーとサンドウィッチを、私がミルクティーとカスタードプディングを頼むと、中年女性は愛想良く微笑んでカウンターへと戻って行った。
改めて部屋の中を観察する。
クリーム色の壁には等間隔で花の絵が飾られ、テーブルには花の刺繍の入った白いクロスがかけられている。
店内は静かで、お湯を沸かす音や食器の音だけが小さく響いていた。
次いでカウンター席に目を移すと、カウンター席に座っていた女性と目が合った。
手足がスラッと長いつり目の女性で、同性でもドキッとしてしまうような色気がある。
体のラインが出るような短めのドレスを着ており、少々目のやり場に困っていると、女性はこちらにひらりと手を振った。
「はぁい、可愛いお嬢さん。この店ははじめて?」
少し訛りのある口調で女性が話しかけてくる。
私が頷くと、女性は猫のように笑った。
「ふふ、デートにはピッタリのお店よね、ここ。素敵な彼氏と一緒で羨ましいわ」
彼氏、と音を載せずに唇だけで呟いて、私はアーロンさんに視線を向ける。
アーロンさんは女性の方を見て苦笑を浮かべた。
「いえいえ、私はこの子の養父です」
「あら、随分お若いお父様ね。それにとびきり男前」
そう言うと、女性は私に視線を移し、目を細めた。
「ねえ、あなたのお父様に私が声をかけたら迷惑かしら」
「ちょっとヴィヴィアン」
奥から中年女性が顔を出して、カウンターに座る女性に声をかける。
「お客様にちょっかいをかけるのはやめてちょうだい」
「やだ、怒らないでよマーガレット。だってとんでもないイケメンがいたんだもの。声掛けなきゃ損よ」
ヴィヴィアンと呼ばれた女性は肩を竦めて、同意を求めるようにこちらに視線を送った。
マーガレットと呼ばれた中年女性は紅茶と軽食の載った盆を手にこちらの席に歩み寄ると、苦笑しながら料理をテーブルに並べる。
「ごめんなさいね、彼女海外の出身だから、ちょっと変わったところがあるのよ」
「海外?」
私が首を傾げると、ヴィヴィアンさんは得意げに胸を張った。
「そうよ、私新大陸出身なの」
「新大陸……」
新大陸。
確か海を越えた遠いところにある国だ。
歴史の本では、革命や独立についての話がよく載っている。
広大な自然を開拓して作られた国なので、自由闊達な雰囲気である、とも書かれていた。
改めてヴィヴィアンさんを見ると、意志の強そうな瞳や堂々とした態度、少し派手な衣服も、なるほど確かに、異国文化を感じさせるところがある。
「向こうで舞台女優をやっていて、結構有名なのよ。ここで有名になるのはもう少し先になると思うけどね」
そう言って、ヴィヴィアンさんは頬杖をついた。
「だから、あなたが私の国に来たとしても、少なくとも当面の生活は心配しなくても大丈夫よ」
ヴィヴィアンさんは怪しげに伏せた目でアーロンさんを見つめる。
「素敵なお誘いですが、あいにく今はこの子のことで手一杯です」
アーロンさんはにこりと外向けの笑顔を向けた後、ヴィヴィアンさんから視線を外し、カップに口をつけた。
私もアーロンさんに倣ってミルクティーを一口飲む。
ふんわりとしたミルクティーの味わいの中に、微かに花の香りのような華やかさがある。
スプーンを持ってカスタードプディングも一口。
とろりと舌の上で品のある甘さが蕩けた。
思わずアーロンさんに視線だけで美味しさを訴えると、アーロンさんは優しく微笑んだ。
その様子を見ていたヴィヴィアンさんは大仰にため息を吐く。
「なるほど、そういう感じね……理解はしないけど、応援はしてあげるわ」
「さて、何のことやら」
飄々と返すアーロンさんにひらひらと手を振り、ヴィヴィアンさんが立ち上がる。
5フィート7インチ(約170cm)はありそうな高身長の彼女は、立ち上がるだけで迫力がある。
アーロンさんと並んだらさぞかしお似合いのカップルに見えるだろうな、と考えてから、私は首を横に振った。
他人で勝手にそんなことを考えるなんて、想像の中だとしても失礼だ。
「また来るわ」
そう言ってカウンターにお金を置いて、ヴィヴィアンさんは店を後にした。
――
その後、私とアーロンさんも食事を終えて店を出た。
「さっきの人、すごく綺麗な人だったわね」
帰路に着きながら尋ねると、アーロンさんはこちらを見下ろした。
「そうかな」
「あっ、またどうせ美人なんか見慣れてるとか言うんでしょう」
じとりと睨むと、アーロンさんは首を傾げた。
「そんなこと言ったかな」
「言ってたじゃない、サーカスの後に。綺麗なものは見慣れてるとかなんとか」
「ああ、それ」
アーロンさんは何故か視線を逸らし、明後日の方向を向いてしまう。
「……そういう意味じゃないんだけどね」
「何か言った?」
ぼそぼそと何事か呟いているアーロンさんに聞き返したが、アーロンさんは緩慢な動作で首を振っただけだった。




