第十五話
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窓もない部屋で目を覚ます。
白い天井が目に入り、それと同時に耐え難いほどの苦痛が体を蝕んだ。
否、と――は思う。
こんな苦痛は、――にとっては苦痛のうちに入らない。
生まれてから常に針のむしろにいるような気分だった、――には。
生まれてすぐ、母親は――を捨てた。
人生のほとんど全てを、――はあの狭いテントとともに過ごした。
あのテントは、牢獄だ。
どこに行っても、どの街に立ち寄っても、結局自分はあのテントからは逃れられない。
火傷で変わり果てたこの姿になっても、それは変わらない。
きっとこれからもずっと、自分の人生は地獄だ。
だからせめて、住む地獄は選びたい。
ふと、ショーのみんなと見たマジックランタンを思い出した。
ガラスに描かれた小さなイラストに光を当て、壁に大きく映し出すマジックランタン。
それを見て目を輝かせていた、愛しい仲間の姿を。
ガチャリ、と扉の開く気配がして、――はそちらに視線を向ける。
薄暗い部屋の中で輝く空色の瞳と目が合う。
ああ……あの瞳は、あの夜にも見た。
もし神様がいるなら、きっとこういう目をしているのだろう。
雲ひとつない青空のような、一点の曇りも許さない目。
その目を見つめ返しながら、――は息を吐いた。
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「お加減はどうかしら」
私の問いかけに、目の前の男性は答えない。
ただ、瞼が焼けた目をぎょろりとこちらに向けた。
否、答えないのではなく、答えられないのかもしれない。
全身を血が滲む包帯で覆われた姿はあまりにも痛々しく、生きているのが不思議なほどだった。
この様子では喉も焼かれているだろう。
「勝手に喋らせてもらうから、反応はしなくて大丈夫よ」
そう前置きして、私は目の前の男性をしっかりと見据えた。
「テントに放火したのはあなたよね……サイラスさん」
男性は何の反応もなく私を見つめる。
「あなたは座長さんと入れ替わるために一連の事件を起こした」
「ほう、入れ替わりトリックか。いいじゃないか」
後から部屋に入り茶化すようなことを言うアーロンさんを無視して、私は言葉を続けた。
「あなたはまず座長さんを殺害した後、部屋にあった刃物で座長さんの遺体をバラバラに切断した。その上で自分の三本目の腕も切断し、座長さんのバラバラになった遺体に混ぜ込んだ」
感情のない瞳は私を見つめ続けている。
「そして座長さんの部屋に火を放った。遺体を焼いて身元を分からなくした上で、自らも火傷を負って、誰が誰だか判別できないようにするために」
「随分リスキーな賭けに出たね。そもそも、大して火傷を負わずに、入れ替わりに失敗する可能性もあったのに」
アーロンさんが不思議そうに首を傾げるのを横目に、私はその疑問に答えるために口を開いた。
「ええ、だから遺体だけでなく自分にも、油をかけていたと思うわ」
脳裏に火事の現場が浮かぶ。
全身に火傷を追った男性は、まさしく火だるまといった様子で現れた。
しかし、人間の体はその多くを水分で構成されているため、基本的に可燃性は低い。
髪や服が燃えおちたあとも火だるまになっていたのは、あまりにも不自然だった。
周囲の人が水をかけた瞬間に、一瞬火が強まったように見えたのも、熱された油によって水蒸気が広がったと見るのが妥当だろう。
「狙い通りあなたは大火傷を負い、座長さんの遺体はバラバラの状態で焼け焦げた。その状態ならあなたの腕が一本無くなろうが、遺体の腕が一本増えようが誰も気づかない。腕の多い方がサイラスさんと判断されるだけだわ」
ひゅー、ひゅーと空気の漏れるような音が目の前の男性から聞こえてくる。
「しかし私たちは、刃物が入った木箱に乗って火から逃れようとしている人影を見たよね?」
「それは恐らく、サイラスさんが作った自分にそっくりの人形だと思うわ」
そう言って、私はマッチ箱くらいの大きさを手で示した。
「ネリスさんから聞いたの、あなたがショーのメンバーの木彫りの人形を作っていたこと。恐らく、自分の分も作っていたんじゃない?」
ひゅー、ひゅーと空気の漏れる音は徐々に大きくなる。
「あなたは座長さんを殺害して火を放った後、自分の形をした人形を小さな箱の上に置き、その下にライムライトを設置した。火が回ればいずれライムライトが着火して、その光が人形の影を作る」
「でもそれじゃあ、できる影は小さいものにならないかい?」
アーロンさんがわざとらしく顎に手をやって首を捻った。
「ええ、だからレンズを使って影を拡大したんだと思うわ。マジックランタンみたいに」
マジックランタン。
ランプの光がレンズを通ると、レンズに描かれた絵が大きく浮かび上がる機械だ。
一度だけ、孤児院のシスターに連れられて行ったショーで見たことがある。
恐らくそれと同じ原理で、サイラスさんは自身の人形の影を大きくテントに浮かび上がらせた。
木でできた人形は、時間が経ち、炎の勢いが強まれば、やがて足元の箱ごと焼け落ちる。
「そうして、あなたはあたかも火事で取り残された遺体はサイラスさんだと誤認させた」
「そして座長と入れ替わって、ここに入院しているわけだ」
アーロンさんはパチパチと手を叩いた。
「うん、見事な推理だ。この推理なら座長のところにいたはずの三本腕の人物だけ黒焦げになって死んでいた理由も、座長の部屋付近にライムライトと割れたガラス片が転がっていた理由にも説明がつく」
だが、と続けて、アーロンさんは目を細める。
「それらは全部状況証拠だろう?」
「……ええ、まあ。私の推理を裏付ける証拠は、何も無いわ」
唇を噛みながら答えると、目の前の男性の瞳が揺れたような気がした。
自分の悪事が暴かれることはないと知って、安心しているのかもしれない。
でも、と私は口を開いた。
「あれだけ凄惨な火事だもの。警察はきっと遺体を検死解剖に回すわ。そうなったら、いくら体表が黒焦げでも、内臓にある証拠は隠せない」
びくり、と男性の体が跳ねる。
「火事の最中に死んだか、あるいは前もって死んでいたのかは肺を調べればすぐに分かることよ。もし肺に煤の一つも見つからなければ、遺体は火災より前に死んでいたと判断される。そうなれば警察だって、殺人事件としてより慎重に捜査するはず」
そこまで言って、私は言葉を区切って目の前の人物を睨みつけた。
「もちろん、火災現場から丸焦げで現れたあなたの身体検査も、ね」




