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第十四話

 その後、私とアーロンさんはショーのメンバーが搬送された病院の名前を聞いてから、痩せぎすの男性と別れた。

 痩せぎすの男性は警察の現場検証が終わり次第、焼け跡から使えそうなものを拾うのだという。


「アーチボルトの旦那が戻ってきた時に、一日でも早くショーを再開できるようにしませんと!」


 と息を巻いていたが、果たしてあの怪我でアーチボルトさんが復帰できるのかは疑問である。



 アーチボルトさんが運び込まれた大病院に行っても会うことは出来ないだろうと踏み、私とアーロンさんは他のメンバーが搬送された小さな町病院へと向かった。


 その病院はテラスハウスが立ち並ぶ街中にひっそりと佇んでいた。

 あまり高度な医療設備は無さそうに見えるが、軽度の火傷の治療には問題ないのだろう。

 先日の高級住宅地にある診療所とは違い、ドアは開いていて、勝手に中に入れるようになっていた。



 二階に上がると、階段のそばのソファに見慣れた二つ頭の人影を発見する。


「あ! 昨日の火事の時にいた人!」


「どうしたの? 怪我? 病気?」


 そう言いながら、双頭の兄弟のトビーとフィンはぴょんとソファから飛び下りた。


「あなた達の様子を見に来たのよ」


 率直に伝えると、兄弟は揃って嬉しそうな笑みを浮かべる。


「お見舞いだ! オイラたちのお見舞いだ!」


「こっちこっち! ガストンとネリスは奥にいるよ」



 そう言って、双頭の兄弟は奥へと走り出し、廊下の突き当たりの扉を忙しなく開けた。


「ネリス! お見舞いだよ!」


「ガストン! お見舞いだよ!」



 双頭の兄弟の後に続いて部屋に入ると、三つあるベッドのうち二つに人が横たわっていた。

 痛々しい包帯姿の人魚の女性と、異食の男性である。


「えっと……ネリスさんに、ガストンさん。お加減はどう?」


 突然の来訪に萎縮しながら問いかけたが、ネリスさんもガストンさんも笑みを浮かべて歓迎してくれた。


「おみまい、うれしい」


 ガストンさんはそう言って、大きな口をにぃと横に広げる。

 口周りの拘束具が火を妨げたのか、全体の火傷に対して口周りの肌はかなり綺麗だ。


「昨日来ていただいたお客様ですよね、お気遣いありがとうございます」


 そう言いながら、ネリスさんは身を起こそうとし、すぐに苦悶の表情を浮かべる。


「ごめんなさい、寝たままでも構わないかしら」


「勿論よ! 楽にしていて!」


 私の言葉にネリスさんはホッとしたように体の力を抜いた。


 改めて自己紹介をした後、私は部屋にいる四人に向き直る。


「さっき火事の現場に行ってきたわ。その……」


「サイラスさんの件は、非常に残念に思うよ。心から同情する」


 私が口ごもっている間に身も蓋もない言い方をするアーロンさんを横目で睨む。

 アーロンさんは私の視線に気がついていないかのように平然とした顔をしていた。


「そう……そうよね……やっぱり……」


 ネリスさんは噛み締めるように言葉を紡いだあと、下唇を噛んで俯く。


「サイラス、死んじゃったの?」


「座長は? ショーはどうなるの?」


 トビーとフィンは困ったような顔をしてバタバタと足を動かした。


「カイサン、ありえる。ざちょう、やけど、ひどい」


 二人の言葉にたどたどしくガストンさんが答えると、トビーとフィンは揃って肩を落とす。


「こんな時に本当に申し訳ないのだけれど……火事の前、サイラスさんはアーチボルトさんの部屋に向かっていたのよね? どうしてアーチボルトさんだけ逃げられて、サイラスさんは逃げ遅れたのかしら」


 私の言葉に、トビーとフィンが揃って同じ方向に首を傾げた。


「座長の部屋はテントの一番奥だったから、たどり着くまでにすれ違ったのかも?」


「テントの裏側は物があり過ぎて、お互いを見つけられなかったのかも?」


「裏側に出口はなかったの?」


 重ねて質問すると、トビーとフィンはぴょんと跳ねる。


「あった! 裏に出口! 座長の部屋がある方向!」


「でも火が裏の方から回って来てたから、反対側に逃げた!」


「なるほど、だから裏口を使わずに正面の入口まで逃げたのか」


 トビーとフィンの証言に、アーロンさんは頷いた。


「じゃあ、火は座長さんの部屋の辺りから発生したってこと?」


「ただしいばしょ、わからない。でも、だいたい、あってる」


 ガストンさんが頷いて同意を示す。


「そう……座長さんの部屋にライムライトみたいな、火元になりそうなものはあった?」


 私の言葉にネリスさんが首を横に振った。


「いえ、ライムライトは全て舞台袖にあったはずです。裏側にはないかと。光源として小さなランプ程度ならあったと思いますが」


「そう……」



 だとすれば、テントの裏手から上がった炎の火元はなんだったのか、と私は思案する。


 あれだけの規模の火災が突然起こったのだ。

 油に引火したか、はたまた炎自体が勢いよく燃え上がったか、何かしら強力な火元があると見るべきだろう。



「ねえ、サイラスはどうして死んじゃったの?」


「サイラスは火傷がひどかったの?」


 トビーとフィンが私の袖を引いて尋ねてきた。

 なんと答えるべきか迷ったが、誤魔化すのもはばかられて、重い口を開く。


「ステージ裏に置いてあった木箱に登って火から逃れようとしたけれど、一緒に落下したみたい。木箱の中に入っていた刃物で致命傷を負ったのか、怪我をして逃げられなくなったのか。そのあたりについては調査中らしいわ」


「刃物の入った木箱?」


「それって座長の部屋に置いてあったやつ?」


 トビーとフィンは先程と反対の方向に首を傾げた。


「木箱は座長さんの部屋に置いてあったの?」


「ええ、適当に置いておくとトビーとフィンがひっくり返しかねないので、必ずアーチボルト様の部屋に置くようにと言われていました」


 トビーとフィンの言葉を補足するようにネリスさんが言葉を続ける。



「なるほど……?」


 これまでの全員の発言を振り返りながら悩む私に、躊躇いがちに声をかけたのはネリスさんだった。


「あの……火事の現場に、木彫りの人形が落ちてませんでしたか?」


「人形?」


「ええ、これくらいの……」


 といって、ネリスさんは手でマッチ箱くらいの大きさを示す。


「ごめんなさい、見ていないわ。大切なものなの?」


 問いかけると、ネリスのかわりにフィンとトビーが元気よく口を開いた。


「サイラスが作ったんだよ!」


「僕たちみんなの人形を作ってくれたんだ! ほら!」


 そう言ってトビーとフィンは、首から服の中へと下がっているチェーンを引っ張り出す。

 チェーンの先には兄弟にそっくりな木彫りの人形がぶら下がっていた。

 そのあまりの精巧さに、思わずまじまじと見つめてしまう。


「すごい、これ手作りなの?」


「そう! サイラス、手先が器用なんだ!」


「みんなでお揃いだったんだよ!」


 トビーとフィンが誇らしげに胸を張る。


「残念だけど、木彫りなら火事で燃え尽きてしまっている可能性が高いね」


「そう……ですよね……」


 ネリスさんが悲しそうに目を伏せる。


 どうしてこの人、こういう時に人を慮った言葉を選べないのかしら。

 肘で小突くと、アーロンさんは小馬鹿にするように鼻で笑った。


「火事の現場は入口番の方が整理するって言っていたから、もしかしたら見つけてくれるかもしれないわ」


 慌てて補足すると、ネリスさんは暗い顔のまま、取り繕うように微笑んだ。


「とにかく、どうか皆様ゆっくり静養してください。また面白いショーができる日を、心から楽しみにしています」


 締めくくるように告げられたアーロンさんの言葉に、トビーとフィンは嬉しそうに微笑み、ネリスさんとガストンさんは複雑な表情を浮かべた。



 ――



「さて、名探偵」


 病院から一歩外に出た途端、アーロンさんはそう言って私の方を振り返る。


「あらかた証拠は出揃ったんじゃないかな?」


「そっちこそ、本当はもう分かってるんじゃないの」


 睨みつけて問えば、アーロンさんは肩を竦めた。


「私はただの理髪師だからね。謎を解くのは君の仕事だろう?」


「白々しいったら」


 文句を言いつつ、私は首を捻る。


「でも、どうしてそんなことをしたのか、それが分からないわ」


「まあ、君には理解できないだろうね」


 私の言葉に飄々と返すアーロンさん。

 訳知り顔なのが腹立たしくて、私は唇を尖らせた。


「何それ、アーロンさんには分かるってこと?」


「そうじゃないよ」


 くすくすと楽しそうに笑って、アーロンさんはこちらを見つめる。

 漆黒の瞳が甘い色を帯びて私を映し、思わず心臓が跳ねた。



「そういう考えを持たない君だからこそ、私は君を買っているんだ」


「……どういう意味?」


「さあね」



 この話はおしまい、と言わんばかりに数度手を打って、アーロンさんは首を傾げる。


「改めて、どうする名探偵?」


「……犯人に、話を聞きに行きたいわ」


「いいとも。じゃあ、行こうか」


 そう言って、アーロンさんは心底嬉しそうに目を細めた。

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