第52話 孕み袋
沈黙が部屋の中を包んだ。
聞こえるのはつけっぱなしのテレビから流れて来る声。その声が妙に響いて聞こえる。そこまで音量は大きくは無いのにだ。
『1中尉と元帥を交換するなど、君は正気かね?』
『良かろう。ワルシャワの前面に展開する部隊に進撃停止を命じたまえ』
『本当にあの男は死んだのか? あの男だと言う遺体を徹底的調べたまえ。それと地下防空壕とその周辺もだ。いや、待ちたまえ。ドイツ中を、いやいや、世界中を徹底的に調べるのだ。良いかね? 徹底的に調べるんだ』
〝その男が微笑む時、ソビエトの人口は確実に減少した〟
『スターリンの微笑み 絶賛公開中。その国で生き残るのは容易な事ではない……』
へえ~ 面白そうだな、観に行くか?
でも確か息子の中尉と元帥の捕虜交換をドイツ側から提案された時、正気か? じゃなく、馬鹿か? って言ったんだよな? 映画だから少し言い回しを変えたのかな? いやまぁ良いや、今はこのちんちくりんだ。
「お前今、何でもするって言ったな?」
「な、何でもする! あ、いや……。やはり何でもするのは無しじゃ……」
バカめ! 一度吐いた言葉を無しに出来るとでも? 残念ながらそれは聞こえないな。
「そうか……。何でもするのか。なら……」
「ち、ちょっと待て! だからそれは無しじゃと、無しじゃと言うておろう」
「ハァ? お前何か言った? 聞こえないんですが? そうか。何でもなぁ……。なら『ちょ、ちょっと待て悠莉よ』黙れ原因女! 今すぐひん剥いてやろうか?」
「ちょ……」
ちょ、じゃねーよ。人を女に変えやがった原因女めが、もしこのまま元に戻らなかったらどうするつもりだ。本当腹立つなこのちんちくりん。反省の色一切無しか。そうかそうか、なら俺ももう容赦はしない。
「お前分かってるよな? お前がやった事は許されざる大罪だぞお前。しかも反省の色一切無しと来たもんだ。ならお前には罰が必要だな」
「本当に本当に反省してるからぁ~。なぁ悠莉、ゆ、許してくれ~」
「ん? 良いよ」
にっこり微笑みながら言ってあげよう。何故ならその方が絶望の度合いが上がるからね。そしてアレクシア君、キミ……、俺が微笑んだからって、だから許されたって一瞬思っただろ? バカだなぁ……、何時もなら俺のこの微笑みこそ危険だって分かるはずなのに、それなのに何を安心してるのかなキミは? 多分そんな余裕すら無い位に焦ってるし、一言で言えばテンパってるって事なんだろうけど。
「えっ? 本当に許してくれるのか?」
希望が見えた、そんな顔をしてるけど、そんな訳無いだろ。希望の後の絶望こそ最も罪深いか。パンドラの箱だな。
パンドラの箱の最も、そして一番の罪は最後に出て来た弱々しい光の希望って言うもん。
希望があるから、だからこそ人はより絶望が深くなる。希望が無ければそれはむしろ、ある意味救いでもある。希望が無ければ諦めがつくし、そうだな、ある意味真理だよ。
「良いよ、許してやる。但し……」
「おい、言葉を途中で止めるなよ。何なんじゃ? なぁ、但し? その続きは?」
ほーら、中途半端に助かるかも、今のこの最悪の状況から抜け出す事が出来るかも、そう思った後の絶望はさぞかし美味なのだろうな。砂漠のただ中で口にする甘露ってとこかな?
「なーに簡単な事だよ。俺が男に戻ったら、その時はお前を孕ませてやるよ。それでチャラにしてやるよアレクシア。良かったな、俺が寛大な人間で。お前もママになれるし、良い事尽めだ」
「ふざ、ふざけるなよお前ーーー! な、何が孕ませるじゃ!!! ま、ママにじゃと??? お前意味が分かっておるのか? 何を言うてえる? は? えっ? 何コレ? えっ、夢?」
バカだなぁそんな訳あるか。今、これは、全て現実だよ。
「現実逃避するのは勝手だが、マジでやってやるからな。と言うかふざけてるのはお前だよ、何が女になってしまえだ? あの神は面白そうだと思ったら本当にやるに決まってるだろ。いい加減学習しろアホタレが。あー心配しなくても、子供の親権は俺が貰うから、だから大丈夫だぞ。と言うかお前に子育ては絶対無理だろうし、お前みたいな奴に育てられたら子供が可哀想だよ。まぁ良いや、お前は中身はドブ以下のポンコツダメダメ女だけど、見た目だけは、そう、見た目だけは悪くないからな、だから子供も多分可愛らしくはなるだろうな。そうだな、俺がきっちり育てて立派な子にしてやるよ、分かったか孕み袋」
「お前、だ、誰が孕み袋じゃ! 悠莉お前……。何を言っておるか本当に分かっておるのか? お前、お前……。わらわを孕み袋扱いとは、お前はゴブリンか?」
「ハァ? 誰がゴブリンだ?お前口の利き方に気をつけろよ。と言うかお前はこっちの世界の創作物に毒され過ぎ。あっちの世界のゴブリンに人を孕ませる事何て出来ないし、それ以前に向こうの世界のゴブリンはそんな事しないだろうが。お前はアニメ脳過ぎるんだよ。大体だな、お前のせいで俺は今現在、女にされちゃってるんだけど、分かって無いの? チッ……。すぐ調子に乗るよなお前って。そんなんだから俺の家に初めて来た時、『我見参』とか言っちゃうんだよ。何が我見参だよ? お前の一人称は妾だろ? 我見参って……。お前どーせ、テンション上がってつい口走ったんだろうけど、我見参って……。スベってたからな」
「・・・」
今更思い出して恥ずかしがっても正に今更だよ。
まぁ何だ、一応は恥ずかしがって顔を真っ赤にしてるから、一応、そう、一応は羞恥心みたいのはあるんだな。ちょっとビックリだよ。お前に羞恥心なんて物がカケラとは言えあるって事にな。
「おい、黙って無いで何か言って貰えますかアレクシアさん? なぁ、我見参さん、何か言って貰えませんか?」
「う……、うるさい! べべ別に良いではないか。ち、ち、ちょっと色々と滾っただけじゃし」
ふーん、滾ったんだぁ。へぇ……。
「滾ったってそれアレだろ? いやらしい意味でって事? だからあんな痴女みたいな格好で態々こっちに来たんだ? 毎回思ってたけどアレ本当に魔王の正装なの? 戦闘服兼防具とか言ってたけど、アレって俺の事を誘ってたの? 目眩く快楽に俺を誘おうとしてたんじゃないの? お前はサキュバスか? だから初めて俺ん家に来た時真っ裸になったのそうなの?」
えっ、何コイツ。何で信じられないって顔してんの? 何コイツは被害者みたいな顔してんだろ? 俺は只事実を述べてるだけなんだけど。
「そんな訳あるかぁ! あの服は、アレは本当に正装じゃと、代々受け継がれた物じゃと言うておろう。それとお前、やっぱりわらわの裸を見たんじゃな? 何が見ていないじゃ? やっぱり見たんではないか」
「見たよ、だから? 別に初めて女の裸を見た訳じゃあるまいし、何をたかが裸位で俺が喜ぶと思ってんのお前? 童貞じゃあるまいし。と言うか俺は中学生か? 見ていないって言ったのは俺の優しさだよ。そんな事も分からないの? 孕み袋の分際で……。お前と一緒にするな、俺はある程度人生経験積んでるんだよ、お前みたいなダメダメ女と一緒にするな、アホが。口の利き方に気をつけろ」
マジでこのアホは自分がどれだけやらかしたかを、一切、そう、一~~~切! 自覚無しか。もう良いや、今更だし言っても仕方ないし、話が進まん。
「お前……。次から次にポンポンポンポンと良く喋る事が出来るな。何なんじゃお前は? それとわらわを孕み袋言うな、悠莉よお前まさか本当にわらわに……」
「えっ? 孕ませるって事?」
「・・・」
冷や汗が凄いねアレクシア。
「俺が男に戻るのを楽しみにしておけ、アレクシア」
「お前……。一応言っておくが、わらわこの身体ではまだ子を成せぬからな」
「あー、大丈夫大丈夫。神に言ってお前を元々の身体に戻して貰うから。だから大丈夫」
「ちょっ、お前……」
当たり前だろうが。大体だな、お前の今の身体つきで子供を作る以前の問題として、そんな気すら起きんわ。まぁ……、元々の身体に戻ったらいけるだろ。
「お前自分が言ってる意味が分かっておるか? 大体じゃな、あの神がそんな願いを聞き入れるとでも思っておるのか?」
「えっ、お前こそ何を言ってんの? あの神だぞ、面白そうだと思ったらやるに決まってるだろ。むしろやらないとでも思ってんのお前?」
ああやるね、あの神なら面白そうだと思ったらやるだろうな。何を思ってやらない等と思っているんだコイツは? お前のそれ、希望的観測って言うんだよ。
「お前ヤメろ! 本当にそうなったらどうするんじゃ? シャレにならぬぞ」
「どうするも何も、そうなったら孕み袋にするけど。さっきからそう言ってるだろ?」
「アホかぁ! 孕まされてたまるか! 嫌じゃそんなの。大体じゃなお前、子供は欲しくない、結婚すらする気が無いと言うておったじゃろ? 脅しはやめい」
そうだね、確かに俺はそう言ってたし、そう思ってたよ。でも……。
「いやぁ~、何か女になったら、母性本能って言うの? 女の本能か、子供欲しいなぁって、何かそう思ったんだ。でも俺は男に戻るつもりだし、ならお前に産ませれば良いかなって、そう思ったんだ。だから大人しく諦めろ、孕み袋」
生物の本能か女としての本能か、子供作って育てるのもアリかと思ったんだよね。でも俺は作りたくないし、産むのも嫌だから、なのでコイツに産ませれば良いかとそう思ったんだ。子供は欲しいけど、産むのも作る行為も嫌だと思うのは、女にされても俺が男だって事を改めて実感したね。
「何が本能じゃ。わらわ作らぬし、産まぬわい。それ以前に子作りなぞしたくは無いわ!」
「孕み袋に選択権は無い! それと俺はそれなりに経験があるから、初めてでもそんなに痛くは無いし、一応は慣れてるから心配するなアレクシア」
「アホかぁ! 心配しかないわ! お前……。わらわを手込めにするつもりか? そんな事が許されるとでも思っておるのかお前は?」
「うん。だってお前、孕み袋だろ? なら良いんじゃないか? それと手込めでは無い! 子作りだ。言い方に気をつけろ、手込めって人聞き悪いなぁ。子供を作る神聖な行為だぞ。大丈夫大丈夫」
「大丈夫な事あるか! お前……。人はそれを手込めと言うんじゃ。それとわらわを孕み袋扱いするな。お前女になってから何かおかしいぞ。あの神に何かされたのではないか?」
おかしいも何も、そりゃ……。
「女にされたからじゃないか? 男の時とは違うし。大体だな、さっきから言ってるけど、俺がこうなった原因はお前なんだけど、まだ分かっていないのお前? お前な、もし、もし俺が男に戻られなかったらどうすんの? アレクシアお前は、さっきからその内戻るじゃろって言ってるけど、戻らなかったらどう責任取るの?」
「・・・」
で、又だんまりか? こんな事になったのもお前のせいだろうが。ふざけてるのはどっちだって話だよ、俺に言わせればな。
くっそ~、しかし嫌な未来予想図だな。本当に元に戻らなかったらどうしよう? 無いなぁ、うん無いわ~。何としてでも男に戻らなけばならない。ん?
「はいもしもし。どうしたのばあちゃん?」
『あっ悠莉ちゃん? 今電話大丈夫?』
「うん大丈夫だよ、どうしたの?」
うーん……。今ばあちゃん、俺の事を悠莉ちゃんって言ったよな? コレ……、認識も改変されてるな。だって何時もは俺の事をちゃんじゃ無く、君呼びだもん。それなのにちゃん呼びってそう言う事だよな? 至れり尽くせりだなあの神。嫌な気遣いだなぁ。
『悠莉ちゃんどじ◯う掬い饅頭と、カ◯チーをたくさん送ってくれたでしょ? それでね、お礼の電話したの』
「あー、アレね。ネットで注文したついでだから。ちょっと送った量多かったかな?」
どじょ◯掬い饅頭も、カズ◯ーもついでとは言えかなり大量に送っちゃったもんな。ちょっとやり過ぎかと思ったけど。
でもまぁお裾分けするだろうし、静にはお裾分けとは別で食べさせるだろうと思って大量に送った訳だけど、多分じいちゃんばあちゃんの二人ならそうしただろうな。
『あー、大丈夫よ。ご近所さんにお裾分けしたし、静ちゃんもアレ大好きだから。静ちゃん大喜びだったわよ、美味しい美味しいって言って大喜びで食べてたの。それでね、フフッ』
あーやっぱそうしたか。静の奴アレ大好きだもんな。食い過ぎた様な気もするが。
『でね、静ちゃんたらおかしいの。悠莉ちゃんの事を男だって突然言い出してね、私が悠莉ちゃんは生まれた時から女よって言ってるのに、悠莉ちゃんは男だよ、どうしたの? 今日はエイプリルフールじゃ無いよって言うの。私が女じゃないのって言っても凄く不思議そうな顔をして何度も聞き返してね、えっえっ、って言いながら首を傾げて不思議そうな顔してるの。何だかその仕草が可愛くて可愛くて。静ちゃん寝惚けてたのかしら。 でもそんな不思議そうな静ちゃんも可愛いかったの。可愛い顔してあの子あんな仕草で……。フフフッ』
「・・・」
いやいやいや、何で静の奴は俺が男だって認識してんの? おかしいだろ? あの神の力で認識を改変されてるんだぞ。実際ばあちゃんは俺が女だって認識してんのに、何で静の奴は認識改変から逃れてるんだ? 意味が分からん。
おっと!
「うひぃ」
こんのちんちくりんめ、何をしれーっと逃げようとしてんだ。気付かない訳無いだろ。電話中だ、騒がれたら面倒だな。身体だけじゃなく、口も縛るか。糸で猿轡代わりに噛ませよう。
「モガモガモガ」
『ねえねえ悠莉ちゃん。静ちゃんがね、悠莉ちゃんとお話したいって言ってるんだけど、良いかしら?』
「あー……。又今度ね。とりあえず又って事で。ばあちゃん、ゴメンだけど、今ちょっと立て込んでるんだ。又電話するから」
『あらゴメンなさい。分かった、又ね悠莉ちゃん』
「うん、又ねばあちゃん。じいちゃんにも宜しくね」
さて……。
「おいコラちんちくりん。お前は何逃げようとしてるんだ? 俺から逃げられる訳無いだろ?」
「モガモガモガ……」
コイツは何を暴れ倒してるんだ? 糸で身体をグルグル巻きにしてやってるのに、逃げる事何て出来る訳が無い。ムダな抵抗だよ。
「おいアレクシア。糸を解除するから逃げるなよ。ムダな事をするな」
「モガモガモガモガモガモガ」
更に身体を捩って暴れやがって。
どうしよう、とりあえず口周りの糸だけ解除するか。
「プファ! ヒッ! て、手込めにされる……。嫌じゃ~、は、孕まされるのは嫌じゃ~。わ、わ、わ……、わらわ犯される~」
「お前本当アホだろ? 今の俺の身体でどうやってもそんな事出来ないよ。やっぱお前真性だろ? 頭沸きまくってんなお前」
まぁ……、道具を使えば出来ん事もないけど、それは違うからな。しかしコイツは何でこんなんなんだろう? コイツの相手したら俺の方が頭沸きそうだよ。
「おいアレクシア、糸を解除するから落ち着け。それと逃げるなよ、無駄だから」
「嫌じゃ~。孕み袋は嫌じゃ~」
「うるさいなぁ……。だから! 今の俺の身体では出来ないって言ってるだろ、話を聞けポンコツ女が」
「ほ、本当か? わらわを手込めにせぬか?」
「だ~か~ら~! 女同士でどうやって子作り出来るんだよ。落ち着け。もう!」
本当にコイツの相手は疲れる。しかしコイツこっちに来てから直ぐテンパる様になったな。向こうに居た時はもうちょっとマシだったと思うんだけど、気のせいか?
「悠莉! お前何で突然わらわを糸で縛った? グルグル巻きにしおって……。わらわ蓑虫では無いんじゃぞ。しかも口まで縛りよって……」
「何でもクソも、お前が逃げようとしたからだろ。お前は自分の行動に原因があるってもしかして、全く思っていないの? お前そこまで行くと怖いよ……」
本当に自分に都合良く考える奴だよ。ここまで来ると怖いな。まぁ今更だけど。
「本当に本当にわらわを手込めにせぬか? 本当じゃな?」
「うるさいなぁ、何回も同じ事言わせんなよ。例えしたくても、女のこの身体じゃ物理的に出来ないだろ。面倒だなお前」
何回同じ話をさせるんだよ。これでわざとじゃ無いってのが恐ろしい。
「本当じゃな?」
「しないよ、とりあえず話を聞け」
今は、って言葉は飲み込んでおこう。じゃ無いと堂々巡りになる。
「クッ……。思いきり縛りおって……」
「おい、くっ殺みたいに言うな。まぁ良いや、話が進まなくなる。それよりお前が前に元々の姿に戻された時に買いに行った服あるだろ? スキニーデニムとピンクのカットソー。あれ、お前のアイテムボックスに入ってるよな? 後、Tシャツを幾つかと、靴も出してくれ。靴は古新聞を出すからそこに置いてくれ」
「へっ、何でじゃ?」
「試着だよ。服買いに行かなきゃ行けないけど、ジャージは暑苦しいから嫌なの。お前が前に買ったやつを着て買いに行く」
「お前、お前わらわの服を着て何をするつもりじゃーーー!!!」
又なの? 面倒クセ~なコイツ。




